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【完結】5年続いた男女の友情、辞めてもいいですか?  作者: たちばな立花


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4-①

 アウルは部屋で一人項垂れていた。


(失敗した……)


 アウルは先日の夜会を思い出す。

 初めて、マデリンが隣に立った夜会だ。

 それは突発的にやってきた。

 マデリンは社交場があまり好きではなかったから、ひとりで行くつもりだったのだ。しかし、どういうわけか、マデリンは一緒に参加した。

 彼女は責任感が強い。

 ひとりで行こうとするアウルを不憫に思ったのかもしれない。

 アウルは少しだけ浮かれていたのだ。


(あんなこと言うんじゃなかった)


『一曲どうだ?』


 アウルは思い出して、頭を抱えた。

 彼女の驚いた顔を思い出す。

 婚約者となった今なら。そんな気持ちだった。


(ダンスが嫌いだって知っていたのに)


 余計なことをしてしまったと今なら思う。

 婚約者になったからといって、二人の関係が大きく変わったわけではない。

 いまさら恋仲になりたいなどと、少年のように思っているわけではなかった。

 ただ、彼女が側で笑ってくれていたら、それだけで満足だ。

 それなのに、嫌いなダンスに誘うなんて馬鹿なことをしてしまった。


 アウルが何度目かの大きなため息をついたとき、頭に衝撃が走った。

 マデリンの愛馬に頭を甘噛みされたのだ。


「ああ、悪い。おまえの世話をしに来たんだったな」


 愛馬の世話をしに来たというのに、先日のことばかり考えてしまっていた。


「婚約者というのは難しいな。おまえの主人を困らせてしまった」


 マデリンの愛馬は機嫌よさそうにブラッシングを受けている。


「次に会うときになんて言うべきだろうか」


 馬に聞いたところで答えは出ない。

 それでもつい、相談してしまう。こんな格好の悪い相談、馬相手以外にできるものでもない。


(自分が婚約者なら絶対に彼女がいやがることはしないって、思っていたのになぁ)


 アウルはため息をつく。

 マデリンがルイードと婚約をしていたころ、幾度となく考えていたことだ。

 聞こえてくるルイードの噂は、あまりいい噂ではなかった。

 特に彼は女癖があまりよくない。アウルまで聞こえてくる噂話。マデリンの耳に入らないわけがない。

「自分なら悲しませないのに」そう考えていた。

 それだというのに、嫌いな社交に付き合ってもらった挙句、好きでもないダンスにまで誘ってしまった。


 少しだけ、ルイードが羨ましかったのだ。

 毎回彼女の手を握り、踊る彼が。


(対抗心を燃やしてどうする。アウル・ルート)


 またマデリンの愛馬がアウルの頭を甘噛みする。考え事などしないで構えと言いたいのだろう。

 アウルは馬を見上げると目を細めて笑った。


「悪い悪い」


 アウルは馬のブラッシングを再開した。


 ***


 婚約者が踏み込んでいい領域とはどこまでだろうか。


 領地から送られてくる書類に目を通しながら、アウルはそんなことを思う。

 ルート侯爵家の一人息子として、アウルは父の仕事を手伝うようになった。

 祖父が引退してからというもの、父は忙しくアウルも比例して仕事が増えた。それに関しては不満はない。ひとり息子という立場上、当たり前のことだからだ。

 アウルは最後の書類に目を通すと、小さく息を吐いた。そして、天井を見上げる。


 マデリンの婚約者になって、何が変わったのだろうか?


 人ひとり分の距離。これが少しだけ縮んだ。

 五年間続いたこの距離はおそらく、配慮の距離だったのだ思う。互いの婚約者に対する配慮だ。

 これが縮んで、マデリンはアウルの隣に立つようになった。


(でも、本質は何も変わっていないような気がするんだよな……)


 物理的な距離なんて意味はない。アウルとマデリンは婚約者である前に友人だ。それは、アウルが最初に始めた関係だった。

 彼女の隣に居続けるための関係だ。

 きっと、彼女はアウルを友人としか見ていない。

 この関係に驕ってはいけないということだ。

 もしも、この距離の取り方に失敗すれば、彼女がどこかに行ってしまうような気がするのだ。


 アウルは小さなため息をついて、部屋を出た。

 廊下を歩きながらも考えるのはマデリンのことばかりだ。

 婚約者になったら安心できるものだと思っていた。しかし、婚約者になってからのほうが不安が多い。

 歩いていると、向かいから歩いてくる祖父を見つけた。

 杖をつきながらゆっくり歩く姿に駆け寄る。


「お祖父様。またひとりで。使用人に声を掛けてください」

「いい、いい。ひとりでも平気だ」


 祖父は頑固なところがある。

 足腰が弱ったというのに、ひとりでふらふらとすることが多い。


「アウル、仕事には慣れたか?」

「はい。まだ、簡単なことしか手伝っていないので」


 多忙な父に比べたら暇なほうだ。

 アウルは祖父を支えながら、祖父について行った。

 使用人がついてくることは嫌うが、アウルのことはいやがらない。だから、見かけたら手を貸すようにしている。


「おまえは自己評価がうんと低いからなぁ」

「そんなことは」

「昔から人よりも器用なくせに、なんにもできんみたいな顔をするところは変わらんな」

「まだまだヒヨッコですよ」

「ふん。いいか? 一番じゃなきゃ最下位みたいな顔をするのは、おまえの悪い癖だ」


 祖父の唾がアウルの頬に飛ぶ。今日の祖父は少し説教モードらしい。

 こうなると長いことをよく知っている。

 そして、祖父の言うことはアウルの胸を遠慮なく刺してくるから、いつも困ってしまうのだ。


「そういや、あの子とはどうだ?」

「あの子? マデリンのことですか?」

「ああ、今が一番楽しい時期だろう?」


 祖父は目を細め笑う。

 しかし、アウルはどう答えていいかわからなかった。

 あまりうまくいっていないかもしれない。そんなふうに言ったら祖父も困ってしまうだろう。


「お祖父様、男女の友情ってどこまで続くと思いますか?」


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