3-⑨
マデリンは小さく息をはいて、席に戻る。
ハンナがカラカラと笑った。実に楽しそうな顔だ。
「あの子も馬鹿ね~。わざわざマデリンに喧嘩を売りに行くだなんて」
「放っておいてくれたらいいのに」
「先手必勝とでも思ったのかしら?」
放っておいてくれれば、マデリンから喧嘩を吹っ掛けることはなかった。
お互い、望む相手と結婚できて幸せだったのではないだろうか。
(あの様子だとまた突っかかってきそうね)
そう考えるとうんざりとした気持ちになる。
すると、一人の令嬢がおずおずとマデリンのもとへとやってきた。
何か言いたそうにする令嬢にマデリンが首を傾げる。
「何かご用?」
「……その」
令嬢は頬を真っ赤に染めたまま、マデリンを見つめた。
「先ほどの堂々とした返し、素敵でした! これからも応援しておりますわ!」
彼女はマデリンの手を握り、うるんだ目を向ける。
マデリンは目を瞬かせた。
「あ、ありがとう?」
令嬢は何度か頷いたあと、去っていった。
マデリンはよくわからず首を傾げる。
「今のってなに?」
マデリンはハンナに尋ねた。
こういうことはハンナのほうが詳しい。お茶会では日常的なものなのだろうか。
ハンナは訳知り顔で頷く。
「ファンができたってことよ」
「ファン?」
理解が追いつかない。
それから、マデリンはいつも以上に声をかけられた。
お茶会はほとんど参加しない。
参加したとしてもほとんどハンナと話すほど、マデリンの周りには人がいなかった。
なのにどういうわけか、今日はひっきりなしに人が来る。
ハンナは隣で頬を膨らませた。
「困ったわ。マデリンのよさがみんなにバレちゃったじゃない」
「意味がわからないわ」
「わからなくていいの。友達は作ってもいいけど、親友は私だけよ?」
ハンナがマデリンの手を握り、うるんだ瞳で言った。
「はいはい。わかったから」
「やっぱりマデリンが大好きだわ」
ハンナは嬉しそうに笑うと、マデリンに抱き着いた。
大げさではあるが、ハンナはいつも素直だ。わかりやすい。
そして、そんな彼女はかわいいと思う。
そういう女性だったら、アウルも少しはマデリンのことを見てくれるのではないかと思った。
「ねえ、素直な気持ちを伝えるにはどうしたらいいと思う?」
「突然どうしたのよ? もしかして、私のことが好きになっちゃった?」
「ええ、好きよ」
これくらい素直に言えたら、楽なのに。
ハンナのことは好きだ。まったく趣味も性格も合わないのに、マデリンのそのままを理解してくれている。
ハンナは頬を染めて、マデリンを睨む。
「マデリンってほんとうにずるいわ」
「そんなことより、教えて。どうやったら素直に気持ちが伝えられると思う?」
「何を伝えたいの?」
「謝りたいの」
ハンナは首を傾げた。
謝りたい。それが今の希望だ。
「何かしたの?」
「ダンスを断っちゃったのよ」
「ダンスって……。新しい婚約者?」
ハンナの問いにマデリンは頷く。
ここ数日引きずっている後悔だ。お茶会に参加してもチラチラと頭を過る。
「なんで断ったの?」
「怪我をしていたから」
「そう言えばよかったじゃない」
「心配はかけたくないわ」
ハンナはニヤニヤと笑った。マデリンの心のうちを見透かすような、なんといやな笑みだ。
「そういうことかぁ」
「どういうこと?」
ハンナはニヤニヤするばかりで何も答えない。
ときどき彼女はひとりだけわかったような顔をする。
「次誘われたら受ければいいだけじゃない? 結婚するんだもの、何度だって誘われるでしょう?」
「もう二度と誘われない気がしてるの」
「そんなわけないわよ。女性からダンスを断られることなんてよくあることよ」
(そういうものかしら?)
まだ胸にはモヤモヤが残っている。
あの時に一瞬見えたアウルの表情が忘れられないのだ。
「そんなに心配なら一番いい方法があるわ」
そう言って、ハンナはマデリンにそっと耳打ちしたのだ。




