3-⑧
「誰かと思ったわ。あのときの、あられもない姿をしていた方ね。顔を見ていなかったから気づかなかったの。ごめんなさい」
ナターシャは目を釣り上げた。
「誰のせいであんなことになったと思っているのよ!?」
ナターシャの苛立ちの声に会場が静まりかえる。
視線がナターシャとマデリンに集中した。
苛立つナターシャとは反対に、マデリンは冷静だった。
「あんなことになったのは、かわいそうではあったけれど、ドレスを脱いだのは自分でしょう?」
銃声を聞いて大勢の人が集まったとき、ナターシャは豊満な胸をさらけ出した状態で倒れていた。
銃声だったからか、そこには多くの男たちが集まっていた。
「あなたのせいで、私は男たちからいやらしい目で見られているのよ!」
「恨むなら私ではなく、すぐに守ろうとしなかった婚約者さんではなくて?」
ルイードは彼女のすぐ隣にいた。
彼女のことを守ろうと思えばすぐに動ける距離だった。
しかし、彼は自分のことしか考えていなかったのだ。
彼はそういう男だ。その苛立ちをマデリンにぶつけられても困る。
なぜマデリンが浮気相手を助けなければならないのだ。
マデリンからすればナターシャは、婚約者を奪おうとしている悪女だ。彼女の名誉を守る義務がどこにあるというのだろうか。
「ルイード様に愛されなかったからって、彼を恨まないで!」
ナターシャの言葉にマデリンは小さく笑った。
(馬鹿ね。あの男に愛されていると本気で思っているの?)
「何よ!?」
「なんでもないわ。私は二人の幸せを願っているわ。本当よ」
「負け惜しみ? 自分はあんな男としか結婚できないから」
ナターシャはマデリンを鼻で笑った。
「あんな男?」
「そうじゃない。アウル・ルート。冴えない男」
「そう? そう思うならそう思っていればいいわ」
マデリンは小さく笑うと、ティーカップを持った。
「言い返せないでしょ? 本当はルイード様を奪われて悔しいのではなくて?」
「それであなたの自尊心が満たされるなら、そう思えばいいじゃない」
ベルガモットの香りを感じながら、マデリンは紅茶を口にする。
(このお茶会は失敗だったわね)
まさかナターシャが参加するとは思ってもみなかったのだ。
主催者も主催者だ。因縁のある二人を同時に招待するなんて馬鹿げている。
もしかしたら、マデリンはどうせ来ないと思っていたかもしれない。
「一つだけ言っておくわ。アウルはいい男よ。誰がなんて言おうとね」
「どこが? ルイード様の足元にも及ばないじゃない」
ナターシャは優越感に浸った目でマデリンを見下ろした。
マデリンはため息をつく。うるさいハエがずっと周りを飛んでいるような気分だ。
(視線もうるさいし、終わらせようかしら?)
マデリンはしかたなく立ち上がった。
正直彼女のことはどうでもいい。ルイードとの婚約破棄は願ってもみないことで、彼を奪ってくれたナターシャには感謝すらしている。
だから、あまり虐める気にはならない。
しかし、ブンブンとうるさいハエを追い払うのは許されるだろう。
マデリンは一歩、彼女に近づいた。
「少なくとも、アウルはおもらしはしないわ」
「なっ……!」
マデリンの言葉に周りがくすくすと笑う。
ルイードの失禁は多くの人の耳に入っていたようだ。
マデリンはもう一歩、彼女に近づく。
「それに、婚約者がいながら、他の女に手は出さない」
「それはあなたに魅力がなかったからでしょ!?」
「そうだといいわね」
随分と自分に自信があるようだ。
ルイードが一人の女に尽くすとは思えない。あの男は女を愛するような男ではない。愛しているのは自分だけ。
それにナターシャが気づくのはもう少し先だろうか。
「それに、私は優しい男が好きなの」
「ルイード様が優しくないと言いたいの!?」
ナターシャは叫ぶ。
マデリンは肩を竦めた。もう未練はないと示したつもりだったが、ルイード悪く言われて怒っているようだ。
褒めたら褒めたで「やっぱり未練があるのね!」となるのは明白だった。
(本当に面倒ね)
ルイードはマデリンの人生の第二章で退場した登場人物だ。いまさらなんの興味もない。
ナターシャとどうなろうとマデリンには関係がなかった。
マデリンは一歩、前へと進む。
「私はもうあなた達とは関係ない。だから、これ以上私の周りをブンブン飛び回らないで」
マデリンが言った瞬間、ハンナが後ろで吹き出した。
「ブンブンって……ハエじゃないんだから」
彼女はアハハと笑い声を上げる。
ナターシャの顔はみるみるうちに赤くなった。顔どころか、豊かな胸ーーデコルテまで真っ赤だ。
キッとマデリンを睨みつける。
「そんなふうに偉そうにしていられるのも、今のうちよ!」
ナターシャはそれだけいうと、バタバタと走って行った。




