3-③
マデリンは笑みを浮かべる。
「ありがとう」
「あら、もっと浮かれてると思ったのに、冷静ね」
ハンナはつまらなさそうに言った。
彼女は狩りという趣味をやめてからの友人だ。
無理やり母に連れて行かれたお茶会で、誰とも話さずにいたマデリンに執拗なまでに話しかけてきたころからの付き合いだった。
あのころは面倒な人に絡まれたと思っていたが、今ではそれなりに話ができる友人の一人だ。
「ねえ、猟銃でバーンッてやったんですって?」
「驚いてね」
マデリンは肩を竦める。
ハンナは甲高い声で「きゃー」と声を上げ楽しそうに笑った。
「嘘。ぜーったい嘘。私ったらなんで風邪なんて引いちゃったのかしら? マデリンの勇姿を特等席で見れたかもしれないのに」
ハンナは頬を膨らませる。
彼女はミーハーなところがある。祭り好きだ。
マデリンは澄ました顔で紅茶を飲む。お茶会というのは好きになれないが、ハンナと二人で話すくらいなら悪くはないと思う。
彼女は情報通だ。彼女一人と会話をすれば、王都の噂は全部知ることができる。
そんな彼女の趣味はお茶会で、ありとあらゆるお茶会に顔を出しているらしい。
「たまたまよ」
「たまたま猟銃を持っていて、たまたま婚約者の浮気現場に遭遇して、たまたま発砲しちゃったわけ?」
「そう」
「まあ、でも私も婚約者が浮気していたら一発くらいバーンッってしたくなるわね」
ハンナは納得顔で頷いた。
「でも、タイミングよくルート侯爵家の令息が婚約者に駆け落ちされるなんて、できすぎているわよね」
「そうね。幸運だったわ」
「ふぅん。なかなか口を割らないわね」
「ハンナに喋ったら、明日には王都中に知れ渡ってしまうもの」
「そんなことないわよ。親友の情報は売らないわ」
ハンナはマデリンの腕に抱き着くと、潤んだ瞳でマデリンを見上げた。
「本当にたまたまよ。私の婚約破棄も、アウルの婚約者の駆け落ちも」
この五年は不幸続きだと思っていたが、幸運が舞い込んできたのだと思う。
ハンナはにやにやと笑いながら、マデリンを見る。
「なに?」
「ア、ウ、ルねぇ~。もうラブラブ?」
「ラブラブじゃないわ。彼とはただの友達よ」
「友達だった。でしょう? 今は婚約したじゃない」
「そんな簡単に変わらないわよ」
五年続いた友人という関係が、変わるとは思えない。
アウルにとってマデリンはただの友人だろう。
彼はいつもどこか遠くを見ていて、何を考えているのかわからないところがある。
マデリンの提案をどうして受けたのか。それもよくわからない。
「まあ、私たち貴族の令嬢は、愛ある結婚なんて望んではだめよね」
「そうね」
マデリンは相槌を打つ。
マデリンもハンナも結婚相手は親が決めた。貴族なんていうのはそういうものだ。
愛だとか、恋だとかそんな感情に振り回されてはいけない。
結婚は家と家の繋がりだ。
「で、どうなの?」
「どうって、何が?」
「もちろん、新しい婚約者様よ。友達なんでしょ? デートの約束は?」
「したわ」
「そういうのが聞きたかったの! どこ? 美術館? オペラ? それとも庭園でお散歩とか?」
ハンナは定番のデートをあげていく。
マデリンは小さく笑った。
「狩り」
「へ?」
「狩りよ。狩りに行くの。そうだ。乗馬服を買いに行かないと」
「デートで狩り? 珍しい提案ね」
「もともと狩りで出会ったから」
マデリンは気を引き締めて紅茶を口に含んだ。
今は浮かれてなんでも話してしまいそうになる。
「なんだか想像できないけど、二人だけの特別な趣味って感じで素敵ね」
ハンナは満面の笑みで笑った。
「ハンナ、あなたのそういうところ好きよ」
マデリンの周りにはマデリンの趣味を「野蛮だ」と否定する人間ばかりだった。
ハンナは狩りをやめてからできた友人だ。だから、狩りを趣味にすることに否定的でもしかたないと思っていた。
「あらあら〜。マデリンがデレるなんてどうしちゃったの〜?」
ハンナは冗談めかした声で言うと、マデリンに抱きつく。
「私もあなたが好きよ。マデリンは絶対に私の趣味を否定しないし、私の話に付き合ってくれるもの」
「ハンナの話が面白いからよ」
実際、ハンナの話は面白い。
噂話を聞くにしても、お茶会で他の人から聞くよりもハンナから聞いたほうが何倍も楽しかった。
「婚約者には『うるさい』って言われるけどね」
ハンナは肩を竦める。
「あなたからお喋りを取ったら何も残らないわ。自由に生きればいいのよ」
そう、自由に生きればいい。
どうして大人たちは、男たちは女から色んなものを奪っていくのだろうか。
「はぁ……。マデリンが男だったらよかったのに」
ハンナはため息をつきながら、お菓子を頬張った。
***
アウルとの約束の日はすぐにきた。
マデリンが用意したのは本当に乗馬服のみ。
これだって、どれほど両親から嫌味を言われたかわからない。
両親はマデリンの趣味を理解できないのだ。いや、両親が理想とする娘は狩りを嗜まないのかもしれない。
マデリンは久しぶりに頭の高い位置にかみを結ってもらった。
狩りに出かけるときはいつもこの髪型だった。
五年ぶりの髪型に首筋がソワソワしている。
「なんだか久しぶりだな。その格好」
迎えにきたアウルが目を細めて笑った。
「普通、婚約者の格好は褒めるものよ」
そんな普通はない。
ルイードはいつもマデリンを見て「まあまあだな」と言っていた。
ほんの出来心だ。
今日はいつも以上に気合いを入れた。
アウルとの初デート。気合いが入らないわけがない。
アウルは頬をわずかに染めながら言った。
「似合っているよ。昔に戻ったみたいで嬉しい」
「それで褒めたつもり? もっと語彙力を増やしたほうがいいわ」
マデリンは鼻で笑うと、さっさと馬車に乗り込んだ。
彼のエスコートを待つ余裕はなかった。
緩む頬をどうにか抑えなければならない。
彼にこの感情を悟られてはいけない。
彼にとってマデリンは友人だ。
もし、彼にこの感情がバレてしまったら、彼はマデリンを拒絶するかもしれないのだ。
だから、結婚するまでは絶対にバレてはいけない。
マデリンは狩場について目を丸くした。
「なんで……?」




