表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】5年続いた男女の友情、辞めてもいいですか?  作者: たちばな立花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/75

3-①

 マデリンは求婚状を見て、小さく笑った。

 ルート侯爵家の紋章が入っている。彼は約束どおり、動いてくれたのだ。


『うちから求婚状を送るようにしよう』


 いつになく真剣に言った彼の顔を思い出す。彼の言葉は抱きつきたくなるほど嬉しかった。

 マデリンは手紙を手に、痛む足を引きずりながら歩く。

 慌てて侍女がマデリンを支えた。


「お嬢様、本当に旦那様のところへ行くのですか? まだお怒りですよ!?」

「大丈夫よ。慣れてるから」


 昨夜も父は怒りに任せてマデリンを鞭打った。ルイードとの婚約が反故になり、いらだっていたのだろう。けれど、痛みなどどうでもいい。

 マデリンはとにかく早く、この求婚を父に受けさせたかった。

 また面倒な男との結婚を強要される前に。


「お父様」


 父の執務室に行くと、父は兄と相談中だった。兄はマデリンを見ると小さく息を吐く。

 父は頬をひくりと振るわせた。


「なんだ? 部屋で謹慎していろと言っただろう!?」

「ごめんなさい。ルート侯爵家から手紙が届いていたから届けようと思って」


 マデリンは手紙を差し出す。

 父は奪うようにマデリンから手紙を奪い取った。


「なんと書いてあると思う?」

「なんでしょうか?」

「おまえに求婚状だ」

「私に?」


 マデリンは驚いてみせた。

 これがアウルとの計画だとばれてはいけない。父はなんでも自分の思い通りにしたいところがある。

 マデリンに操られていると知ったら、この求婚状を破り捨てるだろう。


「でも、ルート侯爵家には婚約者がいたと記憶していますが」

「婚約は白紙になったそうだ」

「そうなのですね」


 アウルが言ったとおり、恋人と一緒に婚約者は逃げられたのだろう。

 羨ましい話だ。

 すべてを捨てて逃げる。

 五年前、マデリンにはできなかったことだ。


(私は逃げられなかった。でも、私は私の方法で幸せを手に入れてみせるわ)


「ルート家か」


 父は悩むようにして手紙を見つめた。

 悩んでいるのだろう。受けるか、蹴るか。

 心臓が張り裂けそうだった。


「こんなことに頭を悩ませなくてはならなくなったのは、すべておまえのせいだ!」

「はい。申し訳ございません」

「お前があそこで猟銃なんて手にしなければ……! だから狩りなんて趣味はいやなんだ!」


 父は怒鳴るように言う。

 膝の裏がジリジリと痛んだ。

 昨日の父はいつも以上に苛立っていた。


(お願いだから、早く「受ける」と言って)


「せっかくの公爵家との繋がりをお前は無下にしたんだぞ!?」

「はい」

「あんな伯爵家に取られて、恥ずかしくはないのか!?」


(むしろ嬉しいわ。あんなひどい男を引き取ってもらえて)


 思っていることを言うことはできず、マデリンは俯いた。


「……申し訳ございません」


 小さな声で言う。


(あともう少しの辛抱よ)


 マデリンは心の中で唱えた。

 すると、黙ってた兄が突然口を開いた。


「父上、ルート侯爵家からの求婚状、受けてはいかがですか?」

「なぜそう思う?」

「今回はマデリンに非はなかったということにはなりましたが、状況的にあたらしい結婚相手を探すのは難しいでしょう。ルート家がもらってくれるなら、それが一番かと」


 マデリンの心臓は高鳴っていた。

 あと一押しだ。

 マデリンは口を開きかけ、閉ざした。


(沈黙は金。今は私が何か言う場面ではないわ)


 心臓が口から出てきそうだった。

 兄はマデリンを一瞥すると、小さく頷く。その意味はわからなかった。


「ルート家も婚約者に逃げられて困っている状況でしょう」

「そうだろうな。向こうは駆け落ちだそうだ」

「お互いにいい状況ではない。と、いうことは、ルート侯爵家であれば、対等な関係で結婚を進められるのでは? 他家であれば、うちの分が悪くなります」


 兄の言葉はきわめて冷静だった。

 マデリンはちらりと兄の顔を見る。

 兄がマデリンの味方をしたことがあっただろうか。

 兄妹とはいえ、彼とはあまり仲がよくない。

 いや、そもそもの性質が違い過ぎたのだ。

 マデリンは外に出て走り回りたかったし、兄は家の中で本を読んでいたかった。

 だから、子どものころから関わりが最小限になっていたのだ。


「父上、早く返事をしないと、他で決まってしまうかもしれません。あれでいて、アウル・ルートは人気があります。伯爵家以下の他家からすれば、チャンスですから」

「……そうだな。すぐに返事を出す」


 父はすぐにレターセットを取り出した。

 マデリンは頬が緩まないように、唇を噛み締める。

 父はペンを持ちながらじろりとマデリンを睨みつけた。


「決まるまでおまえは部屋で反省していろ」

「父上、マデリンは私が連れて行きましょう」

「ああ、頼む」


 兄がマデリンの身体を支える。

 マデリンは兄とともに父の執務室を出た。


「おまえは下手だな」


 兄がポツリと呟いた。


「お兄様が私の味方になってくれるなんて思わなかったわ」

「別に味方になったつもりはない。ルート家が最適解だと思っただけだ。父上より私のほうが付き合いも長くなるからな」


 兄はまっすぐ前を向いたまま言った。

 マデリンは痛みに耐えながら、足を引きずるように歩く。


「お兄様は怒っていないの?」

「何を?」

「婚約破棄になって公爵家との繋がりがなくなったからよ」

「別に。一生あの男にヘコヘコしなくて済むことを考えたら、幸運だと思ったくらいだ」

「そう」


 マデリンは小さく笑う。

 兄とは一生わかり合えないと思った。


「今度、お兄様に困ったことがあったら、助けてあげる」

「猟銃でか?」

「お望みとあらば」


 兄が肩を揺らして笑った。

 今日の礼のためなら、それくらい容易い。

 突然、兄が眉根を寄せてマデリンの顔を覗き込む。


「おまえ、調子が悪いのか?」

「ちょっとね」


 昨日鞭打たれた場所がいつも以上に痛かった。

 昨日の父は相当怒っていたから、いつもよりも手加減ができていなかったのだろう。

 視界がぐにゃりと歪む。


「おい、マデリン!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ