2-④
相手を傷つけず、断る方法。
ありがたいことに、アウルの両親はアウルの結婚を勝手に決めようとはしなかった。
家によっては家同士の繋がりのために、勝手に決めてしまうこともあるというのに。
そして、ルート侯爵系も貴族の中ではそれなりの位置にいるため、今のところ相手は選びたい放題の状態だ。
しかし、アウルにとって、選びたい一人はもう別の相手と婚約しているのだから、何の意味もない。
マデリンがいないのならば、一人もいないのと同じだった。
「あの……」
エミリアはおずおずとアウルに話しかけた。
甘いピンクブロンドの彼女は潤んだ瞳でアウルを見上げる。
「このようなお時間をいただいたのですが、どうかこの話を断ってはいただけないでしょうか?」
想像していなかった言葉に、アウルは目を見開いた。
それを、「否」ととったのかエミリアはさらに言葉を続けた。
「その……お慕いしている方がいるのです。その方のことを思いながら婚約など私にはできません……。ですが、両親はこの見合いをどうにか成功させたいと思っているようで……」
「私に断ってほしいと?」
アウルの問いにエミリアは小さく頷いた。
「いくらでも私のことを悪く言っていただいてかまいません。どうか、お願いします」
エミリアは深々と頭を下げた。
彼女のつむじを見つめながら、アウルは内心安堵した。
(今日はどうにかなりそうだ)
「わかりました。こちらからお断りするようにします」
「ありがとうございます!」
彼女はパッと頭をあげると、嬉しそうに笑った。
「そんなに慕っているなら早く婚約したほうがいい」
「……え?」
「いや、ただのお節介です。気持ちに気づいているなら、素直になったほうがいい」
アウルは苦笑をもらした。
自分自身に何度も言ったことだ。
素直になっていれば、今もマデリンは隣で笑顔を向けてくれていたかもしれない。
エミリアは俯いた。そして、ポツリと呟く。
「できないんです……」
「できない?」
「はい……。その、身分が……」
エミリアはだんだんと声を小さくした。
「それは失礼。よけいなことを言いました」
「いいえ。今は彼と一緒になる方法を探しているんです」
エミリアは困ったように笑う。
しかし、彼女の目には希望があった。
だからだろうか。気づいたら、アウルは口を開いていたのだ。
「なら、婚約しませんか?」
「……え?」
エミリアは目を丸くした。
「カモフラージュとしてです。あなたが愛している人と一緒になる方法を見つけるまで」
「で、ですがそれではアウル様になんのメリットもありません」
「ありますよ。私もとうぶん結婚を考えたくなかったんです。あなたが婚約者になれば、両親は何も言わない。それだけでじゅうぶんです」
一年でも二年でもいい。
アウルには一人になる時間がほしかった。
この感情を整理するには時間がかかりそうだったからだ。
「では……。二十歳になるまで。それでいかがでしょうか?」
「それくらいがいいですね。結婚の話が進む前に婚約は破棄しましょう」
「はい。よろしくお願いします」
アウルはエミリアの手を取った。
これでいい。
これで、気兼ねなくマデリンの友人でいられる。
***
エミリアと仮初の婚約をして四年。時間をかけて少しずつエミリアのことを知るようになった。
エミリアの相手は屋敷に勤めている騎士。
両親には秘密の関係らしい。
アウルは彼女のために、彼女と出かけては騎士との密会の手伝いをしている。
そのあいだは誰にも文句を言われず、猟銃探しができた。
だから、文句はない。
エミリアと騎士もアウルに感謝し、猟銃探しを手伝ってくれている。三人は良好な関係を築いていた。
アウルはエミリアとともに夜会に参加した。
社交場に行かないと両親が心配するからだ。彼女にはこうしてときどき付き合ってもらっている。
「いつも付き合ってもらって悪いね」
「いえ……。私のほうこそいつも付き合っていただいている身ですので」
エミリアは遠慮がちに笑う。
彼女の本物の恋人である騎士のことを思うと、申し訳なく感じる。彼は一度も彼女をエスコートすることができないからだ。
まだ今後のことは決めていない。
彼女は十九歳になった。
あと一年。
彼女はどういう決断をくだすのか。そして、この契約が終わったあと、アウルがどうするかは決めていない。
五年もあれば決心がつくと思っていた。――他の女性と結婚する決心だ。
しかし、アウルの心を占めるのは、一人の女性だった。
「今日もマデリン様が来ていらっしゃいますよ」
エミリアがこっそりと耳打ちした。
「気づいていた」とは言えず、「本当だ」と返事をする。
エミリアにはマデリンのことは言っていない。しかし、彼女はある程度気づいているのだろう。
アウルが結婚をしたくない理由がマデリンであることを。
「ご挨拶しますか?」
「もう少しあとにしよう」
「そうですね。今は人も多いですし」
エミリアはにこりと笑う。
マデリンの周りには人が集まっていた。
結婚すれば公爵夫人だ。彼女と繋ぎを作りたい人であふれている。
そのあいだに最低限の社交を済ませておくことにした。
公爵家ほどではないにせよ、ルート侯爵家もそれなりの家柄だから、挨拶に来る人も多い。
そのたびにエミリアには迷惑をかけていると思っていた。
「ごきげんよう、アウル様、エミリア様。本日もお似合いですね」
声をかけられて、アウルとエミリアは笑みをはりつかせた。
四年経ってもこのやり取りは苦手だ。似合いだと言われるのも、あまりいい気はしなかった。
それはエミリアにとっても同じだろう。
やはり、世辞だということはわかっている。しかし、それでも楽しい気持ちにはならなかった。
夜会の中盤に差し掛かかったとき、マデリンが一人になった。
そうすると、エミリアがアウルに目配せし、さっと離れていく。彼女は友人のところへと行ってしまった。
アウルは何食わぬ顔でマデリンに近づく。
「やあ、マデリン。今日も人気者だな」




