2-③
(何をやってるんだ私は……)
そして、一度はもとの場所に戻った。しかし、どうしても気になってしかたなかったのだ。
結局、アウルは彼女を探している。
(一度だけ、話をしよう)
アウルは意を決して、バルコニーに出たのだ。
「アウル」
彼女がアウルの名を呼ぶ。
なぜかとても懐かしかった。
アウルは彼女の隣に並んだ。
人一人分開けたのは、なんとなくだった。これ以上は近づいてはいけないと、感覚的に思ったのだ。
これがアウルに許されたギリギリの距離。それを間違ってはいけない。
「婚約おめでとう」
「ありがとう」
そのあと、どんな会話をしたのか正直記憶が曖昧だった。
頭の中では祖父の言葉が常に回っていたからだ。
このまま、奪ってしまうか。
そんな黒いものが頭を支配する。そんなことをすれば、ルート侯爵家もマデリンもただでは済まない。
「狩りはやめたの」
彼女はそんな風に言っていた。
彼女はけっして「やめさせられた」とは言わなかった。
「助けて」と言われたら、アウルは全力で彼女を奪いに行ったかもしれない。
物語のヒーローにでもなった気分で、後先考えずに。
(お祖父様、私は奪うことも離れることもできないようです)
最後の選択肢はそばにいる。
「マデリンは仲のいい友達だ」と理性的に言ったアウルに、マデリンは冷たく返した。
「男女の友情なんてあるわけないわ」
そんなことはわかっている。
アウルはマデリンが好きだ。だから、この友情は最初から始まっていない。
けれど、アウルがその気持ちさえ胸に秘めて生きていれば、この友情は続くはずだ。
彼女の友人としてそばにいられるなら、簡単なことだ。
だから、アウルは一つの提案をすることにした。
「そんなのわからない。じゃあ、賭けよう」
「賭け?」
「そう。死ぬまで私達が友情を育めたら私の勝ちだ」
アウルとマデリンはこうして偽り友人となった。
***
それからアウルは猟銃店を何軒も回った。捨てられた猟銃をすべて回収するためだ。
彼女にとっては祖父の大事な形見。
もう二度と狩りに出なくても、祖父との思い出が必要なくなったわけではない。
「いらない」と言われたら、アウルが持っているつもりで探した。
アウルにとっても、それらの猟銃は祖父とマデリン、そしてなくなったマデリンの祖父の四人の思い出だったからだ。
アウルは中古を取り扱う猟銃店に赴いた。
高位の貴族が売った猟銃が安価で手に入るとあって人気がある。
「トルバ家が猟銃を売りに来なかったか?」
「ひと月くらい前ですかね?」
「ああ。トルバ家が売った銃を探しているんだ」
「いい品ばかりだったから、ほとんど売れちまってね」
店主は眉尻を下げて申し訳なさそうに言う。
「買い取った時のリストはあるか?」
「リスト? それならありますよ」
「残っている猟銃と、そのリストを売って欲しい」
「なぜそんなものを?」
店主は不思議そうにしながら、リストを取り出した。
アウルは何も答えずにリストを見た。
猟銃の種類や傷の位置などしっかりと記録されている。
「このことは内密に」
アウルは料金に上乗せして店主に言った。
二本の猟銃とリストを手にして店をあとにする。
こんなことをして何になるのかはわからない。
ただの自己満足だ。
彼女の友人として、できることがこれくらいしか思いつかなかったから。
(かっこわるいなぁ)
惨めにリストを握りしめながら歩く。
(これが全部見つけられたら、何か変わるだろうか?)
マデリンの祖父が大切にしていた猟銃は十五丁。もし、すべてを手に入れたらときには、マデリンのことを忘れられるだろうか。
(感傷に浸っているあたりが、これまたかっこ悪い)
アウルは自嘲気味に笑った。
アウルは奪うことも離れることもできない意気地なしだ。
***
マデリンが婚約をしたことで、アウルの母親は火がついたように毎日見合いの話を持ってくるようになった。
「いい? あなたはルート家の嫡男なのよ」
「それはわかっています。でも、そんなに焦る必要はないでしょう?」
「何言ってるの! いいお嬢さんはすぐに相手が決まってしまうのよ。少しくらい焦らないと」
アウルは母の言葉に苦笑をもらす。
そんなアウルを見て、母は大きなため息をついた。
「『任せとけ』と言ったお義父様に任せたのが失敗だったわ」
母はマデリンのことを言いたいのだろう。定期的に交流を深めていたから、母は期待していたのだ。
トルバ侯爵家ならば家格も釣り合う。
「午後から約束があるから、絶対に屋敷にいなさい」
「母上……」
「あなたたちに任せていたら、何年経っても結婚が決まらないわ」
母はぷりぷりと怒って部屋を出ていった。
息子の未来を考えているいい母だと思う。しかし、失恋したばかりのアウルには少しばかり苦しい。
アウルは母の背中を見てため息をついた。
***
目の前の女性を見て、アウルは何を言っていいのかわからなかった。
彼女の名はエミリア。オーティア伯爵家の令嬢だ。
母の用意した見合いの相手だった。
しかし、話すことなどない。
二人きりにされて、アウルは内心頭を抱えていた。
(どう断るべきか……)
アウルは逡巡する。




