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【完結】5年続いた男女の友情、辞めてもいいですか?  作者: たちばな立花


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2-②

「……わからん」

「わからんって……」


 アウルは眉尻を下げる。

 祖父はアウルの隣に腰を下ろした。


「奪うか、離れるか、そばにいるか。どれかだ」

「奪うか、離れるか……。そばにいるか?」

「ああ。儂はそばにいることを選んだ。あいつの友人として、な」


 あいつーーおそらくマデリンの祖父のことだろう。


「友人か……」


 胸がギュッと締めつけられた。


「お祖父様は辛くなかったですか?」

「最初はな。だが、時間が解決してくれた」

「時間か……」


 それは途方もなく長く感じる。


「嘆くな。うちの家系はいつもそうだ」

「うちの家系?」

「そうだ。素直になれない儂の血を引いたんだろう。すまんなぁ」


 祖父はしみじみと言った。

 この口ぶりだと他にも例はありそうだ。しかし、それを聞く気にはなれなかった。


(奪うか、離れるか、そばにいるか)


 相手は公爵家。格上だ。

 正面から対抗して奪えるとは思えない。


(何より、彼女の気持ちがわからない)


 マデリンはどう思っているのだろうか。

 この婚約で彼女は幸せだろうか。

 彼女のことはわからないことばかりだ。

 アウルが奪うことに成功したとして、それが彼女の望みかどうかはわからない。


(私は彼女の何も知らないんだな……)


 知っているのは彼女が狩りを好んでいることくらいだ。

 アウルは頭を抱えた。

 物語のようにかっこよく奪えたならば、どんなに楽だろうか。

 公爵家の婚約者を奪うとなれば、ルート侯爵家にも影響を及ぼす。

 アウルはルート侯爵家の嫡男だ。

 自分の感情に任せて動くことはできない。感情的になることで、多くの人間を巻き込む可能性がある。

 こんなとき、意外と冷静に考えてしまう自分がいやになった。

 あとさき考えず、マデリンの手を取れたら、どんなに幸せだろうか。


(あと少し……)


 あと少し早くこの感情に気づいていれば。

 もっと早く、自分の気持ちを認めていれば、彼女は生涯隣にいてくれただろうか。

 すべては自分が招いたことだ。恨むのだとすれば、自分自身だろう。


「アウル、大丈夫か?」

「あまり。今すぐ自分の頭をピストルで撃ちたい気分です」

「馬鹿言うな。たかが恋。すぐに忘れる」

「お祖父様はすぐに忘れられましたか?」


 祖父は困ったように笑った。

 ずっと、忘れられなかったのだろう。

 きっと、アウルもずっと忘れられないだろう。

 アウルはこの先ずっとこの失敗を引きずり続けるのだろうか。


 ***


 何日ものあいだ、アウルはマデリンのことを考え続けた。

 考えたところで彼女がアウルのもとに来ることはない。そうだというのに、すぐ忘れられることを願うしかなかった。

 ふと、アウルはなんとなしに外に出た。

 屋敷の中にいると、両親がうるさい。


「トルバ家のお嬢様も結婚が決まったのだから、あなたも」


 などと、母が見合い話を持ってきたりしているからだ。

 今は結婚の話など聞きたくなかった。聞けばいやでもマデリンのことを思い出す。

 いや、聞かずとも頭の中はマデリンのことでいっぱいなのだが。

 突然、アウルは足を止めた。

 無意識に向かっていた先はトルバ家がある方向だったからだ。

 それに気づいたとき、恥ずかしさのあまり引き返そうかと思った。しかし、視界の奥に知っている顔を見つけて、アウルは駆け寄った。


「やあ」

「これは、ルート侯爵家の若様」


 声をかけると男は深々と頭を下げる。彼はトルバ家の使用人だ。馬の管理をしている彼とは何度か顔を合わせたことがあった。


「この馬は、マデリンの?」

「ああ、はい。旦那様が売ってこいと。かわいそうに……」


 男は心底悲しそうな顔をして、馬を撫でる。


「なぜだ?」

「お嬢様に狩りをやめさせるためですよ。馬も猟銃も全部。お嬢様もお可哀想に」

「マデリンはなんと?」


 男は頭を横に振った。


「お嬢様には会っていないので。せめてこの子が幸せに暮らしてくれればいいのですが」


 馬はアウルに鼻を押し付ける。


「なら、こいつは私が買い取っても?」

「いいんですか!? もちろん若様なら大事にしてくれるというのは、わかりますから」

「ああ、ただ、トルバ侯爵には私が買い取ったとは言わないでほしい。きっといやだろうから」

「もちろんです!」


 男は何度も頷いた。

 マデリンの狩り仲間だったアウルが、マデリンの愛馬を引き取ったことを知れば、彼女の父親はアウルを警戒するだろう。それだけは避けたかった。

 男はホッと安堵のため息を吐く。


「よかった。お嬢様もこれで安心できるはずです」

「いや、マデリンにも言わないでくれ」

「へ? どうしてですか?」

「自分で言う。それまでは秘密にしておいてほしい」

「わかりました。どちらにせよ、この子を見捨てずに済んで助かりました」


 男は深々と頭を下げた。


「猟銃も捨てると言っていたが?」

「ああ、それは別の者が昨日。大旦那様の大切な形見ばかりだったのですが」


 男は眉尻を下げた。

 もともとマデリンの両親は、マデリンが猟銃を握ることをよくは思っていない。それはマデリンの口から聞いたことがあった。


『あの人たちにとって、野蛮な趣味なのよ』


 そんなことを言った彼女は、とても寂しそうだった。


「マデリンはそうとう落ち込んでいるだろう?」

「わかりません。私たちのところには顔も出してくれないので」


 男は眉尻を下げた。


「それは残念だな。こいつのことは任せてくれ」

「よろしくお願いします」


 アウルはマデリンの愛馬を撫でる。

 こうしてアウルはマデリンの愛馬を譲り受けた。

 たった一つ、アウルが手に入れたマデリンとの思い出だった。


 ***


 マデリンのデビュタント当日。

 彼女の隣には婚約者が立っていた。

 二人の顔を見ることはできなかった。

 二人が見つめ合った瞬間、うちにある感情がマグマのように吹き出してきそうになるからだ。

 彼らの姿を見るたびに、「あそこにいるのは自分だったかもしれない」などという馬鹿なことを考えてしまう。


(わかっている。もしも、意味がないことくらい)


 失ってから気づく恋ほど愚かなものはない。

 最初からアウルは彼女の手を取る権利などなかったのだ。

 アウルは極力二人を見ないようにした。それだというのに、なぜか目が彼女を追う。

 あんな姿は見たことがない。

 あんな肩を出したドレスで、澄ました顔をした彼女をアウルは知らなかった。

 アウルの知っているマデリンはいつも野山を駆けていたからだ。

 乗馬服を着こなし、金の髪を馬の尾のように一つにまとめ、颯爽と歩く姿は美しかった。


(結局、マデリンのことばかり見ているな……)


 アウルは自嘲気味に笑った。

 奪うか、離れるか、そばにいるか。

 祖父の言葉が頭を過る。

 まだ答えは決められない。


 そんな中、マデリンが一人でバルコニーへと出た。

 今しかないとアウルは跡を追う。しかし、すぐに足を止めた。

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