第三十五話 エリクの時代
馬に乗って、ビリエルの住んでいた居城から出る私たち。
成果を上げられたので、どこか浮ついた雰囲気です。
「…………」
いえ、ミリヤムからは、底冷えするような視線が向けられています。ありがとうございます。
とはいえ、私が何かをしたというわけではなく、原因は……。
「へー。エリクって、乗馬もできるんだね。器用貧乏ってやつ?」
私と一緒の馬に乗っているデボラ王女のことでしょう。
子供といっても差し支えない小柄な体躯の彼女なら、共に馬に乗ることもできるのです。
行きは別々だったのに唐突に乗馬してきたので少し面喰いましたが、いやはや……ミリヤムのこの冷たい視線を受けることができるのであれば、行きも乗ってもらった方がよかったですねぇ。
さて、今のところ、私たちはとくに何かに妨害されるなどといったようなことはなく、領外に向けて進めています。
しかし、私のMセンサーによれば……。
その時、ひゅっと何かが空気を裂く音がしました。
き、来ましたか!?
その飛来物は、私から少し離れたオラース王子の元に向かって行きます。
くっ……あの距離では、私が身を挺することができません!
「オラース王子!!」
ずるいですよ!!
そんな私の声が聞こえたのか、オラース王子はようやく振り返りました。
しかし、すでに随分と距離が近づいた物から避けることはできず……。
「王子!!」
その射線上に現れたヴァルターさんが、その身を挺してオラース王子を守ったのでした。
彼の鎧に突き刺さっていたのは、矢でした。
「ヴァ、ヴァルター!!」
オラース王子はヴァルターさんに声をかけます。
しかし、敵は待ってくれません。
雨あられのように、矢が放たれてきました。
「くっ……王族の方々をお守りしろ!!」
ですが、流石は護衛騎士たちです。
アルフレッドさんの指示に従って、すぐに対処しはじめました。
その結果、オラース王子やデボラ王女には一切矢が届くことはありませんでした。
くっ……私の出る幕がありません……!
少しの間しのぐと、矢を撃つインターバルに入ったのか、飛んでこなくなりました。
「ちっ!誰一人として死んでいないか。しぶとい奴らだ」
矢をしのぎ切った私たちの元に、そんな声が届きました。
振り向くと、多くの人々を従えたビリエルが立っているではありませんか。
やはりですか! 期待通りで嬉しいです!
「貴様、ビリエル!いったい、これはどういうことだ!?」
オラース王子は怒鳴りつけますが、ビリエルに先ほどまでの青くなった表情はありません。
汗こそ浮かび上がらせているものの、ふっ切れたようです。
あそこまで追い詰められれば、逆にふっ切れることもありますよね。
まあ、どちらにしても、ビリエルには未来がないように思われますが。
「どういうこともないわ、オラース。このまま、お前たちを王都に帰せば、私の命はない。ならば、ここでお前たちの口止めをするのみだ!!」
うんうん、そうですね。
悪者は、そういう感じですよね。
「貴様……気でも狂ったか……!?」
「はっ!そうかもしれないが、もうどうでもいいことだ。お前たちをここで殺し、そのまま王都に攻め入る!そうして、私が新たな王となるのだ!!」
『なっ……!!』
愕然とする騎士たち。
それはそうでしょう。こんなにも堂々としたクーデター宣言は初めて聞きました。
何かしでかすだろうと思っていましたが、まさかここまでとは……ビリエル、やりますねぇ。
「生きて帰られると思うなよ!!」
ビリエルの言葉を発端に、また雨のような矢が飛来してきました。
うーむ、針のむしろみたいになりたいですねぇ。
「くっ!走れぇぇぇっ!!」
しかし、オラース王子の命令には従うほかありません。
それに、私の馬にはデボラ王女も乗っていますからね。
私の性癖のために、王女を犠牲にするわけにはいきません。
一斉に、私たちの乗る馬が駆け出します。
ヒュンヒュンと、耳をつんざく矢の音が堪りません。
い、いつ刺さってくれるのでしょうか……!
……そう言えば、デボラ王女もまだ子供。
こんなにもあからさまに命を狙われれば、小さくなって……。
「おぉぉぉぉっ!エリク、凄いね!まさに、冒険譚で見た展開だよ!ドキドキするぅっ!!」
「ちょっ、デボラ王女……!」
まったく、小さくなっていませんでした。
むしろ、ワクワクとしています。
馬の上で器用に身体を反転させ、私の肩越しに迫りくるビリエルたちを見てキャッキャッしています。
つ、強い……。
というか、馬の上で暴れられたら落馬してしまいそうで……いいです!
「ひっ……!」
しかし、隣で怯えながら馬を必死に操っているミリヤムを置いてはいけませんねぇ。
私は彼女の近くに寄り、声をかけます。
「ミリヤム、ここは領域に近いですから、すぐにヘーグステット領外に出ることができます。そこまで、頑張れますか?」
「……う、うん!」
力強く頷くミリヤム。
うんうん、流石ですねぇ。
何とか平常心を取り戻したミリヤムは、達者に馬を操って見せます。
そこからは、まさにデッドレースです。
何とか領外に出て助けを呼ぼうとする私たちと、何とか領域内で仕留めようとするビリエルとその私兵たち。
矢はしつこく飛んできますし、時には魔法攻撃まで飛んできました。
「デボラ!お前の『爆発』でどうにかできないか!?」
「えっ?うーん……一応やってみるけど、別に今は感情が昂ぶっていないから大した威力にならないと思うよ?」
オラース王子に指示されて、デボラ王女が一度『爆発』を起こしました。
そのおかげで、一時は攻撃が止んだのですが……。
デボラ王女の言う通り、癇癪を起こしているわけでもなく昂っているわけでもないためか、ビリエルを仕留めるところまではいきませんでした。
「ぐぁっ!?」
「うわぁっ!!」
一方、こちらの屈強な護衛の騎士たちもただでは済みませんでした。
矢が突き刺さった者はほとんど全員ですし、魔法攻撃を受けて落伍してしまった者もいます。
しかし、王族は一切ダメージを受けていません。
それを考えると、騎士たちの尽力が理解できるでしょう。
……それにしても、何故私はまだ一撃も受けられていないのですか!
もっと、デボラ王女を狙ってくださいよ!!私が庇えないじゃないですか!
「よし!ここまで来られたぞ!」
私がビリエルたちに憤っていますと、オラース王子の声が聞こえたので顔を上げます。
私たちがいる場所は、行きに通った巨大な岩壁が二つある場所でした。
この間を通り抜ければ、すぐにヘーグステット領から出ることができます。
「絶対に逃がすな!領外に出られる前に仕留めるのだ!もししくじったら、貴様らの家族を殺すぞ!!」
ビリエルも、ここで逃がせば大変なことになることは分かっているので、必死に追いすがってきます。
怪我をした騎士たちのことも考えて逃げていたので、もうずいぶんと距離を詰められてしまっています。
「急いで駆け抜けろ!!」
「しかし、王子殿下!このままでは、岩壁の間を抜けている間に追いつかれてしまいます!それに、もし通っている間に岩壁を崩されれば……!!」
「くっ……!!」
確かに、細い通路で先ほどまでのように馬が全力で走ることはできません。
しかも、通っている間に岩壁に魔法攻撃を当てられれば……下にいる私たちの命は潰えてしまうでしょう。
……ふっ、来ましたね、私の時代が。
「オラース王子」
「何だ!?今はどうすればいいか考えるのに忙しい。後にしろ!!」
私が声をかければ、切羽詰った怒声が返ってきます。
ふっ、これもまたよし。
しかし、今は私が言わねばならないことがあるので、ぜひとも聞いていただきたい。
私はついにやってきた最高の瞬間のために、言葉を発するのでした。
「私がここでしんがりを務めます」
そう言うと、皆さんが目を丸くして私を見てきました。
ふっ……お任せください。




