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♭044:夢幻かーい(あるいは、金縛/リスキー/トライアンフ)


「はっは、いや結構持ってるねぇ、水窪さん。これなんかいいよ、『小五の時の運動会の騎馬戦で好きだった男子騎馬に単騎特攻をかけて、くんずほぐれつを仕掛けようと思ったら、帽子を取り損ね掠った人差し指と中指が指拳を偶然形づくり、その子の人中を二連打してしまい昏倒させた。それから自分と目を合わせてくれなくなった』とか。若干長いは長いけど、威力はかなりのものだ。情景が浮かぶよ」


 例の控室。電気ケトルで沸かしたお湯で「行列なんとか」と書かれている豚骨らしきラーメンをすすりながら、賽野主任が私の「ネタ帳」を見つつそう評す。


 お行儀悪いと思われかねないけど、まあ、時間は限られているわけで。私も今朝必死こいて起きて作り上げた、映えを最優先にした彩りが過ぎて逆にそれだけでお腹いっぱいになりそうなお弁当を広げ家庭的感を存分に醸しながらも、昨晩のネタ作りの疲労と相まって、今にも白目になりそうなところを土俵際で何とか堪えている状態である。


 何とか、主任に引かれない程度のDEPを3つぱかし作ることは出来た。だがしんどい。この匙加減の難しさよ。こんなんで苦労するなんて、という釈然としなささもあるわけで、自分ががんがんになめされていくかのようだ……


「さて……大会までは、あと『12日』。『試合日』は来週の土曜になるわけだけど、その日、聡太くんは大丈夫?」


 が、主任の気づかうような声に、現世へと瞬時に戻ってくる。何かの折りにたぶん一度しか言ってなかった息子の名前を覚えていてくれたこともそうだけど、そういった細やかなことに気を回してくれるところ、そこに反応して、きゅこん、と胸の奥の奥が鳴ったような気がする。


 聡太はその日は土曜保育に行かせるので大丈夫ですぅ、と笑顔で返す私。普段と雰囲気違うだろうから、ちょっと寂しい思いをさせちゃうかもだけど、どでかいウォーターガン (300ml装填)を買うということで、了承は得ている。「大会」が行われる場所も、まあいつものここ(の下)なわけで、いざという時は10分あれば余裕で飛んでいけるし。


 そっか、まあ当日に熱とかあったらもう棄権てことで構わないから、と、またしても気づかいハンパないことを言ってのける主任なわけだけど。でもその後に中空を一瞬見て動きを止めてから、箸を置いて私の方を向き直る。え? 何なに? 主任は一拍置いてから、珍しく目を泳がせながら口を開くのだけれど。


「あ、いや、これは『それ』とはあまり関係がないんだけど、今週末、もし予定が空いていたのなら、君と聡太くんを、ドライブに誘いたいと、そう思うんだが」


 主任も緊張することあるんだ。ところどころが何だかおかしなその言葉に、でも私は、鼻の奥と胸の奥が連動してすぼまるような、そんなわけわからない感情に襲われている。


 子供のことを、ちゃんと考えてくれている。その上で、こんな私に向き合おうとしてくれてるんだ。その紳士で真摯な想いには、私もちゃんと向き合って応えなくてはいけない。


 これから「ダメ」をやるという状況下に最も相応しくない、穏やかで凪いだメンタルのまま、しかしこれ以上ないほどの充実感に包まれながら、私の夢のような時間は過ぎていくわけで。ていうか夢じゃないよね、これほんとに。手近に確認できる輩がいないから分からんけど。


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