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失われた聖剣【5】













 ログレス魔法学術院は優秀な魔導師を輩出する教育機関である。学術院はログレス王国創立時から存在する歴史ある学校だ。最盛期には千人を超す学生を擁した学術院であるが、魔法が希薄になりつつある現在の在籍数は二百名にも満たないのだと言う。エレアノーラが学術院にいた時代も、全校でそれくらいの人数だったと記憶している。

 広大な敷地面積を誇る彼の学術院は王都キャメロットの外れに存在する。その様相は城のごときで、見るものを圧倒する。ちなみに、学生寮が存在する。各地から魔導師候補が集まってくるためだ。エレアノーラは十三歳で入学してから卒業までの三年間、学生寮で暮らしていた。


 そんな魔法学術院に、エレアノーラは久しぶりに足を踏み入れていた。同行人は結局、エヴァンとルーシャン二人ともだ。

 特務局の制服を着ているエレアノーラたち三人は学生たちの注目を集めていた。特務局に入局できる魔導師は少ない。学術院を卒業すれば、よほどの成績不振や素行不良ではない限り魔導師免許を取得することができる。まあ、卒業試験が難しいのだが。


 だが、卒業生の就職先は当然だが一定ではない。研究職か騎士団に属するものが多いが、それ以外にも就職先くらいはある。その数多くの就職先の中で、特務局に配属される魔導師はエリートだと言われている。

 特務局副局長の肩書を使って、エレアノーラたちは最速で目的の人物に会うことができた。


「お久しぶりです。ロッドフォード教授」

「……ナイトレイか。副局長になったそうだな。おめでとう」

「それ、結構前の話ですけど」


 少しずれたことを言うロッドフォード教授に、エレアノーラはツッコミを入れた。ロッドフォード教授の研究室に招き入れられ、教授がコーヒーを淹れてくれた。こんなところで研究をしていたりするが、彼はれっきとした貴族である。王族の姫君が嫁いだ相手なのだから、当然ではあるけど。


「エヴァンとルーシャンも久しぶりだな。何の用だ」


 愛想のない顔と口調で彼は言った。エヴァンとルーシャンはロッドフォード教授の授業を受けたことがあるらしいので、二人は名で呼ばれている。

 ロッドフォード教授は五十代半ばの男性だ。壮年であるが整った顔立ちをしており、若いころはさぞもてたであろうと思う。背はそこまで高くはなく、エレアノーラといい勝負だ。


「これを」


 エレアノーラが腰に佩いていた剣をロッドフォード教授に見せた。彼はちらっとそれを見て「聖剣だな」と即答した。

「消去法で聖剣カリバーンではないかとあたりをつけたのですが、いかがでしょう」

 エヴァンが横から口をはさむ。ロッドフォード教授はじっと鞘と柄を見て言った。


「刀身を見せてもらえるか」


 聖剣はむやみに人に渡せない。エレアノーラはレグルスからの委任状をもらっているが、自分が手放すのはまずいと思った。

 なので、エレアノーラは自分で剣を鞘から引き抜いた。初め、エレアノーラは宰相を貫いていたこの剣を抜けなかった。しかし、鞘から引き抜くことはできる。鞘が、この剣の本来の鞘ではないからだ。


「やはり、鞘は別物か……この文字は後付けの念写魔法だな」


 エレアノーラが持つ剣の刀身に指を滑らせ、ロッドフォード教授はさらりと言った。見る人が見れば、わかるものなのだろうか。

「私も聖剣カリバーンは見たことがないからな。わからない。しかし、文献に残っている特徴とは一致する。高確率でカリバーンだと思われる。歴史的発見だな」

「この剣が、イングラム宰相を貫いていました」

「では、犯人は王族と言うことだな」

 やはりさらっとロッドフォード教授は言ってのける。エレアノーラは「そのことなんですけど」と口を開く。


「この剣、王家の血を引いていないと扱えないと聞きましたが」


 実際に、レグルスが使うと通常以上の切れ味なのに、エヴァンが使うと鈍器ぐらいにしかならない。ちなみに、エレアノーラが使用すると切れ味の悪い剣で、ルーシャンが使うと錆びた剣のような感じだった。


「聖剣は、使うものを選ぶ。カリバーンはそれが顕著だな。カリバーンの始まりを知っているか?」


 これにはルーシャンが答えた。


「確か、英雄王がキャメロットにあった岩から引き抜いたと聞いています」


 英雄王とは、初代騎士王のことを指す。ロッドフォード教授がうなずいた。

「今はその岩の上にキャメロット城が建っているな」

「そうなんですか」

 エレアノーラは素直に感心した。まさか、そんな歴史的な場所にキャメロット城があるとは思わなかったのだ。ちなみに、『岩に刺さった剣』の伝承は割とどこにでも伝わっているもので、寓話にもなっている。エレアノーラも話には聞いたことがあった。


「誰にも引き抜けなかったカリバーンを、英雄王が引き抜いた。そこから彼の伝説が始まるわけだが……そもそも、剣はなぜ岩に刺さっていたと思う?」


 三人は目を見合わせた。英雄王が剣を引き抜けたのは、それだけの『力』を持っていたためだとわかる。だが、そもそもの問題として、なぜ剣は岩に刺さっていたのだろうか?


「聖剣の本来の目的は、封印だ」

「封印?」


 ロッドフォード教授の言葉に、エレアノーラは首をかしげる。

「ああ。封印だ。封印と一言に言っても、その方法は様々だな。聖剣カリバーンが岩に刺さっていたのは、封印の為だ」

「……何を封印していたのでしょうか」

「それは想像に任せるしかないが、時代的に魔物と考えるのが最も自然だろうな」

 かつて、この世界には魔物が存在した。いや、今も存在すると言われているが、少なくともログレスでは死滅していた。


「現在はキャメロット城が封印の役割を果たしている」

「ああ。それでキャメロット城は八芒星なんですね」


 エレアノーラは納得してうなずいた。五芒星、六芒星、八芒星などは、魔法陣としてよく使われる形だ。魔法幾何学的に、この形が最も魔法を発動させやすいのである。


「聖剣カリバーンにはいわゆるすりこみが存在する。封印されてから最初に引き抜けた者、つまり英雄王の直系の血に反応するんだ。封印の剣を引き抜いたと言うことは、英雄王はかなりの力を持っていたのだと考えられる。それと同系統の魔力に反応するんだろうな」


 だから、王族にも聖剣を使える者と使えないものが存在する。魔法は遺伝することが多く、現在の王族……レグルスたちが英雄王と似たような魔力の性質をもつ可能性は高い。

「直系王族ってどこまでをさすんですか? 私も一応、男系の王族の血を引いてるんですけど」

 エレアノーラが純粋な疑問として尋ねた。これにはロッドフォード教授はあっさりと言ってのける。

「それは、ナイトレイの魔法の性質が特殊すぎるせいだろう。お前ほどの魔力があれば、魔法の性質が英雄王に近ければ普通に剣を扱えると思うぞ」

「……」

 確かに、エレアノーラの魔法はかなり特殊であるが、こんなところにも影響が出るのか……。


 何となく疑問が解決してきたところで、本題に入る。


「聖剣カリバーンは、百年前の魔法戦争の時にクローディア王女と共に紛失したと言われています。この剣が本当にカリバーンなのだとしたら、一体どこから出てきたんでしょう?」

 目的を見失っていないエヴァンが尋ねた。ロッドフォード教授は少し考えると、立ち上がって本棚をあさる。そして、手帳のようなものを一つ手に取った。古くて、今にも破けそうである。

「ほら」

 あ、デジャヴ。差し出された手帳を反射的に受け取ったエレアノーラは、受け取ってから悲鳴をあげた。

「ちょ、何ですかこの歴史的価値のありそうな手帳は!」

「エリー。君はそろそろ学習しようよ」

 エヴァンから冷静なツッコミが入り、ロッドフォード教授からは「歴史的な価値があるからな」とエレアノーラの考えを肯定される。


「なんですか、それ」


 ルーシャンが尋ねた。エレアノーラが素手で持つ『歴史的価値』のある手帳。今にも破けそうな手帳と国宝の聖剣を持つエレアノーラは手が震えていた。

「百年前、魔法戦争の時代を生きた騎士の日記だ。クローディア王女についても書かれている。彼女が聖剣カリバーンを持って騎士団を率いたのは事実のようだな」

「最後の所有者だと言うのは?」

「そこまではわからないが、クローディア王女が所持した、と言うところで途切れているな」

「クローディア王女の来歴ってどうなってるんだっけ。結構若くして亡くなった気がするんですけど」

 歴史は専門外であるエレアノーラが尋ねた。クローディア王女が当時の国王エドワード王の第一王女であることは知っているが、それ以外はよくわからないと言うのが実情だ。


「魔法戦争が始まった時、クローディア王女は十二歳だった。三年後、負傷した父王エドワードに代わって戦場指揮を執ることになる。今世紀最強の魔導師だと言われているな、ちなみに」


 つまり、十五歳で戦場に立ったと言うことか。そこはどうでもいいが。


 魔法戦争はそれから十年以上続いている。クローディア王女が三十歳を目の前にした二十八歳の時、戦争は終了した。終戦後、クローディア王女の消息は不明で、終戦間際に没したのだろうと言われている。病死か、事故しか、はたまた殉死かはわからないが、ロッドフォード教授はそう言っていた。

「もしかして、クローディア王女の墓の中に収められていたとか?」

 エヴァンがふと思ったように言った。ありえそうで何とも言えない。

「それなら記録が残るはずだわ。行方不明になっているんだから、墓の中には入ってないでしょ」

 今度はエレアノーラが理性的に言った。エヴァンが「それもそうか」とうなずいた。王族の墓に入れられるなら、副葬品として目録に残っているはずだ。


「まあ、ここからは私の予測だが」


 相変わらず愛想も抑揚もない声でロッドフォード教授が言った。三人の視線が彼に集まる。


「カリバーンは封じの剣だ。クローディア王女はそれをわかっていたのだと思う」


 エレアノーラは不意に目を細めた。唐突に、彼が言いたいことが理解できた気がしたのだ。

 ログレス王国は建国時から騎士と魔法の国だと言われていた。建国の王が岸であり、それゆえにこの国の君主は騎士王とも呼ばれるのだ。そして、その側近となる人間は魔導師であった、と言われる。

 そのためか、魔法に関して様々な研究がなされていた。最近では非人道的な研究は禁止されているが、百年前の戦争時、そんな倫理的な文句は通用するだろうか。戦争自体が非倫理的なのに。

 魔法戦争の時に、ログレスでは不死の人間……要するに、不死の戦士を作るための研究がなされていたのだと言う。その研究結果は不明であるが、魔法学術院に入学した人間なら、その論文を一度は眼にしているはずだ。


 エヴァンとルーシャンも気が付いたのか、やや顔をしかめている。エレアノーラが口を開いた。


「殺しても死なない、不死の戦士を、カリバーンは封じていたということ?」


 ロッドフォード教授は「そうかもしれないな」と言ってエレアノーラの手から古びた手帳を取り上げた。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


歴史的文献も国宝級の聖剣もほいほい受け取るエレアノーラです。

というか、今回の話、アー〇ー王伝説とハ〇ポタを足して2で割ったような構成になっている気がする……。いえ、〇ーサー王伝説は参考にさせていただいたのですが。


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