失われた聖剣【2】
エヴァン・クライヴは特務局の局長補佐官だ。副局長のエレアノーラ・ナイトレイには「どうしてあなたが副局長じゃないのよ」とか言われているが、上の決定には従わねばならない。エヴァン的にも、補佐官の地位で満足している。
しかし……なんでこうなった。
いや、流れ的には自然なのだ。新入局員のクレアと、地方から戻ってきたブリジットとルーシャンの歓迎会をしようと言うことになった。ついでに、レグルスとエレアノーラがレドヴィナのお土産として買ってきたワインを開けようと言うことで、持ち込み可の店に入ったのもわかる。
「それじゃあ、ブリジットとルーシャンが戻ってきたことと、新入局員クレアの歓迎会を兼ねまして。かんぱーい」
「かんぱーい!」
ノリの良い局員たちが音頭に合わせてグラスを掲げる。もともと、乾杯でグラスをぶつけ合う仕草は『毒は入っていませんよ~』ということを示すための行為だったと言うが……まあ、それはどうでもよかろう。
グラスの中身はワインだ。約一名、レグルスだけは下戸なので炭酸の入ったジュースである。見た目はワインっぽい。
下戸のレグルスと絡み酒のエレアノーラはまとめて隔離。エレアノーラの隣がエヴァンの定位置になりつつある。
とりあえず酒を飲むと昏倒するレグルスと、酒が入ると泣きながら人に絡むエレアノーラを隔離したので大丈夫だと思っていたのだが、他にも酒乱の気があるやつはいた。
「エレアノーラァ。大きくなったわねぇ。姉さんはうれしいぞ!」
「はいはい」
エヴァンがちょっと席を外した間に、エレアノーラの隣、つまり、先ほどまでエヴァンが座っていた席に今回の主役の一人、ブリジットが座っていた。そう言えば、彼女もある意味絡み酒だった。やたらと人に抱き着くのだ。しかも、美人限定。異性に抱き着くのはどうかと思われるので、女性であるブリジットは同性のエレアノーラに抱き着くのである。
とりあえずエレアノーラがまだ素面であるので放っておくことにした。向かい側にはレグルスもいるし、ブリジットがセクハラしようとしたらとめてくれるだろう。彼は今のところ、ジュースか水しか飲んでいない。
クレアはどうしているだろうか、と思って様子を見に行くと、ルーシャンの魔法歴史講座に巻き込まれていた。これは酔った時の彼の癖なのだ。ブリジットもルーシャンも、しばらくはなれていたので忘れていた。
一方のクレアはふんふん相槌を打ちながら酒杯を次々と空けていた。エヴァンもよく言われるのだが、見た目によらず酒豪なのだろうか。
「ルーシャン、クレア」
「おお~。エヴァン。お前も聞くか?」
「僕はいいよ……僕は現代魔法の専門家だし」
魔法学術院を卒業した魔導師は、たいてい専門の魔法学問がある。レグルスなら魔法工学であるし、ルーシャンは魔法歴史学、エヴァンは現代魔法学である。エレアノーラは天文学のような気がするが、これはただの補助であり、実際には方陣学が専門のはず。ただし、レグルスは正確には学術院の卒業生ではないけれども。
「そう言えばそうだったな……古代魔法と現代魔法の議論でもするか?」
「はいはい。酔っぱらいは黙ってなよ」
「酔っぱらってねぇよ」
「酔っぱらいはたいていそう言うんだよ」
エヴァンは冷静にそう言った。酔っぱらうと魔法講義、議論をしだすのがルーシャンだ。面倒くさいが、面倒くさいだけで実害はあまりない。
「悪いね。クレア。酔っぱらいばかりで」
「いいえぇ。楽しいです」
クレアに声をかけると、しっかりした声でニコニコとクレアは言った。エヴァンは苦笑する。
「クレアは強いんだね」
「見た目によらずよく飲む、とは言われますねー」
そう言った側から彼女はウイスキーと思われる液体を飲みほした。さすがのエヴァンもここまではしない。今のはどう考えても原液だった。
「そういうエヴァンさんも結構飲んでますよね……」
「まあ、僕も酒豪だって言われるからね……」
だから、いつもエレアノーラの絡み酒に巻き込まれるのである。いっそ勝機を無くせれば巻き込まれずに済むのだが、意識がはっきりしているから構ってしまう。
「ところで、副局長が泣いてますけど、あれ、大丈夫なんですか?」
「!」
クレアに指摘されてエレアノーラの方を見ると、彼女はクレアの指摘通りテーブルに突っ伏して肩を震わせていた。その隣でブリジットが笑い声をあげ、向かい側ではレグルスがエレアノーラの肩をたたいている。結構混沌とした状況だった。エヴァンはため息をつく。
「ちょっと行ってくるよ。ルーシャン、クレアも、飲み過ぎないように」
「大丈夫だ」
「右に同じです!」
「……」
二人ともよい返事であるが、逆に不安である。
ともあれ、今はエレアノーラだ。普段はしっかり者なのに、酒が入るとダメになる。
「ブリジット。飲みすぎだよ」
「そんなことないわよ」
そう言いながらもブリジットはエレアノーラを後ろから抱きしめている。手の動くが怪しい気がするのは気のせいではないだろう。このセクハラ女、何とかならないのだろうか。ついでに、泣きながらテーブルをたたき、何かを愚痴っている様子であるが。レグルスが適当に「はいはい」と言いながら聞き流している。
「エリーも。飲み過ぎ厳禁って言ったでしょう」
「飲みすぎじゃないの~。ごめんなさいなの~っ」
「はいはい」
レグルスとエヴァンが彼女の肩をたたく。相変わらず酔っぱらった彼女の言うことは支離滅裂である。
「エリー、その髪飾り可愛いね」
ふと気が付いてエヴァンは言った。エレアノーラは酔っぱらっても記憶が消えたことはないはずだから、明日になっても覚えているはずだ。
エレアノーラは長いウェーブがかった金髪をつむじでひとまとめにしている。かわいさもそっけもない髪ひもでくくっているのだが、今日はそれに銀色の髪飾りがついていた。あまり高価なものではないようだが、エレアノーラによく似合っている。
「レドヴィナでフィアラ大公から返してもらったの~」
ちょくちょくエレアノーラの話に出てくるフィアラ大公である。エレアノーラ曰く『笑いながらとどめを刺してくるような人』、レグルス曰く『レドヴィナの女王の母親』。どんな人だ。ちょっと気になるが、それはともかく。
「話が飛び過ぎてわからないんだけど」
「私が買ってあげたのよ。見てたし、似合うと思って」
レグルスが補足を入れてくれた。エヴァンは「へえ」と言いながらエレアノーラの隣に座る。ブリジットもいるのだが、彼女はエレアノーラに背後から抱き着いているから場所は空いているのだ。引っぺがすのはあきらめた。
「うん。似合ってるよ」
「どうせ私はこんなきれいなもの似合わないわよ~」
テーブルをバンバン叩きながらエレアノーラは言った。エヴァンはレグルスと目を見合わせる。
「どうせ私はいい子になれないわよ。どうして私が副局長なのよ。私が名にしたっていうのよ~っ」
テーブルをたたき、突っ伏したままエレアノーラは愚痴る。これではいごから ブリジットが抱き着いていなければ、隣にいるエヴァンがばしばしたたかれているのだ。そして、うんうん受け流していると「聞いてるの~っ?」と髪を引っ張られる。エレアノーラはそんな絡み酒。
わかってたけど、どうしてこうなった。いや、わかってたけど。
周囲はすでにお開きも近いような感じだが、エレアノーラの話は続く。
「どうしてよ~っ。何だって言うのよ~っ。そんなに言うなら自分でやってみろってのよ!」
「そうだね……」
相槌を打ちながら思う。これ、何の愚痴だろう。こうなった時のエレアノーラの愚痴は時系列が前後するので話の内容がよくわからない。
「ちなみに、局長は一滴も飲んでませんよね?」
この状況でレグルスにまで倒れられたら困る。この混沌とした状況をエヴァン一人でなんとかできるとは思えない。普段社会不適合者の集まりであるのに、酒が入ると普通の人みたい。それが、特務局の面々。ちなみに、クレアはまだ平然とテキーラと思われる酒を空けていた。彼女の体のどこにそんなに酒が入るのだろうか……。
「もちろんよ。でも、酒精の匂いでちょっとくらくらしてるわねぇ」
「……」
こっちも問題だ。せめてもう少し酒に強ければ……まあ、こちらは放っておいても大丈夫そうだと判断した。
「レグルス様は飲んじゃだめなの~」
「いや、むしろ君も飲んじゃだめだけどね。でも飲むんだよね。知ってるよ」
エレアノーラは懲りない。たぶん、酒好きなのだと思うが、飲み過ぎ注意なのであるが、守られたことはない。
「そういえば、エリー、局長をレグルス様って呼ぶようになったんだ?」
「レグルス様はレグルス様で、局長なの~」
「うん。知ってるよ」
酔っていても簡単な質問を投げかければエレアノーラと会話は成立するようだ。しかし、こちらが合わせる意思がなければ難しいが。
まあ、レグルスがいいのなら別にいいのだろう。そろそろ、酔っぱらいの相手につかれてきたエヴァンは投げやり気味に考えていた。
「……ブリジット、重い」
ふいにエレアノーラが言った。見ると、静かだと思っていたブリジットがエレアノーラにのしかかったまま寝ていた。これは重い。
「ちょっとブリジット。何してるのさ」
エヴァンは立ち上がってブリジットをエレアノーラの上からどかした。先ほどまで自分が座っていた椅子に座らせる。
「う~ん。あと三年……」
「ちょっと。ホントにあと三年寝かすからね」
エヴァンがそううそぶいてもブリジットは起きない。レグルスが苦笑して立ち上がった。二度手をたたくと、レグルスに視線が集まった。
「はーい。みんな、今日はこれでお開きよ。ちゃんと家まで帰れる?」
何人か酔いつぶれているのがいるが、おそらく大丈夫だろう。辻馬車でも拾って帰ればいい。特務局の給料は安くない。
ブリジットはエレアノーラと同じく官舎に住んでいるので、レグルスたちと同じく宮殿に帰る組に連れて行ってもらえばいい。エヴァンはクレアに声をかけた。
「クレアはグレンフェル侯爵家に住んでるんだっけ?」
クレアはグレンフェル侯爵家の令嬢なのだ。末娘と言うことで、結構奔放に育てられた結果、こうなったらしい。
「そうです。大丈夫ですよ。意識はっきりしてるし、家の人が迎えに来てくれるので」
「……いい家族だね」
「心配性なんですよ」
鬱陶しい、と言うクレアは本当に意識がはっきりしているようだった。
特務局に、とんでもない人間が一人増えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この辺りまで、比較的まったり。次回から少し話が進み……ますかね?




