意外な入り口
庭を発ったエドアルド達がベランダ経由で部屋に飛び込むと、爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。見れば風でかき混ぜられた書類が散らばる中、割れた茶器のセットが床に染みを作っている。
――しかし散らばる書類の内容を知っている二人にとって、ハーブの優しい芳香は些か場違いに感じた。
ロムスは即座に人に変化し、窓を全て閉めてまわる。
「――とにかく、書類を今すぐ片付けろ」
「ああ、わかってる」
エドアルドは散乱する紙を拾い集めてると、それを素早くまとめて引き出しにしまう。
「しかし、この茶器は一体……?」
首を傾げるエドアルドに、割れた茶器の欠片を拾おうとしていたロムスが振り返った。
「――ん? お前が飲んでたんじゃねえのか?」
「いや、飲んでないですよ」
「じゃあ、テレシアでも来たんじゃ……」
ちょうどそこへノックが鳴り、テレシアが顔を出した。
「今の音は……? あら大変! 二人とも怪我は無い? サンディは大丈夫?」
((!?))
嫌な予感に、二人は顔を身合わせた。
「これはサンディ様が持ってきたんですか?」
「ええ、そうよ。今朝、エドアルドさんが具合悪そうなのを心配してたわ。だから私がハーブティーを入れて、サンディが持って行ったんだけど……会ってないの?」
「会っていませんね。すいませんがテレシア殿、サンディ様を探すのを手伝って貰えないでしょうか」
「……ええ、わかったわ。レオン達にも声をかけてくるわね」
それから全員で屋敷の中を探したが、サンディの姿はどこにも無い。しばらくしてテレシアは屋敷の周囲、レオンとマリンは森へと捜索に出て行った。
ロムスとエドアルドは、一旦エドアルドの部屋に戻ってきた。割れた茶器は既にテレシアによって片付けられていたが、床にはまだ染みが残っている。
「この位置、何か引っかかるんですよね……」
「……?」
もし茶器がテーブルから落ちたなら、部屋のもっと中央になるはずだ。しかし染みは入口からすぐの場所にある。
――つまり、部屋に入ってすぐに何かあったのかもしれない。
エドアルドは引き出しにしまった資料を再び取り出すと、先ほど床から拾った十枚程度の紙だけを選別して広げた。
それらの書類には、幻術を利用した精神的拷問の解説や、その詳細な別紙資料。実験対象者の個人情報を見れば、大人から幼児にまで及んでいる。彼らの生活背景を元にして、その精神の何処を利用しどう傷つけるのか、など……。
――まあ、常人であれば、見ていて決して気分の良いものではない。
「……クソ忌々しいな」
「とても子供には見せられないですね……」
「子供じゃないが、俺だって見たくねえぞ……」
何でもいいから、サンディ失踪の手がかりが無いものか。二人で嫌々広げて眺めてはいるが、全くそれらしい物は見つからない。
手詰まり感と沈黙で満たされた部屋に、コツコツという音が響いた。二人が音の発生元に目をやると、窓の外には白いミミズク――ヴィオラが佇んでいる。
「お、ヴィオラか。お前どこに行ってたんだ?」
ロムスが窓を開けて部屋に入れてやると、ヴィオラは『二人で何やってんの?』とばかりに、くるりと首をかしげた。
「――サンディが居なくなったんだ。ヴィオラ、お前も一緒に探してくれないか?」
ヴィオラはそう願うロムスの目を見つめ、ホウと一つ高く鳴いた。すぐに床に降りたヴィオラはチマチマと歩き、一枚の紙の前でその歩みを止める。
その紙は他の紙よりやや大きいが、なぜか何も書いていないので二人ともほぼ無視していたものだった。ヴィオラはその紙をくちばしでコツコツと叩いてみたり、上に乗ってぴょんぴょん跳ねたりしている。
「お! この紙に何かあるのか?」
ロムスは紙を拾い上げると、表裏をじっくりと観察する。
「――やっぱり何も書いてねえぞ?」
「ロムス、ちょっと貸して下さい」
エドアルドが『試しに……』と陽光に透かしてみた――がやはり、何か透けて見える事も無い。
すると突然、ヴィオラがエドアルドの肩に飛び乗った。陽光に透かした紙を見つめ、紫水晶の瞳が明るく光ると魔法陣が浮かび上がる。
「おおっ」
「なんだこれ!」
その紙は驚くエドアルドの手からするりと離れた。陽に透かされた状態で、魔法陣の描かれた紙がふわりと宙に浮いている。そして次の瞬間、その紙はペシャリと勢いよくエドアルドの顔に張り付いた。
「うっ? ……ぐぁっ!」
「エドアルド!?」
膝から崩れ落ちると同時に、エドアルドとヴィオラは一瞬で魔法陣に吸い込まれてしまった。慌ててロムスが紙を掴むが、そこに魔法陣はもう無い。
「――くそっ……こいつが元凶かよ!!」
吸い込まれる直前に、エドアルドが苦しげな声をあげていた事が気になる。そして……恐らくサンディも同じ目にあったのだろう。
――結局置いてけぼりで役立たずの自分が、どうにも腹立たしくて仕方ない。
「……クソがっ!」
ロムスは一回だけ、床を力任せにぶん殴った。





