森の女子会
ロムスから銀色のカードを貰ったその日の晩。入浴を終えて浴場から出てきたところでマリンに呼び止められた。
「ねえサンディ~、これからちょっと『夜会』しませんか~?」
「夜会?」
聞けばテレシアの提案で、女性三人だけでおしゃべりしましょ! という会らしい。これはいわゆる女子会か?
「わあ、なんかすごく楽しそう!」
「でしょ~! じゃあ後で私の部屋に来てね! 待ってるから~!」
マリンは嬉しそうにパタパタと廊下を走っていった。
新しい魔女として、マリンはグレンダの部屋を引き継いだ。でも屋敷の中で一番広いその部屋にまだ慣れないらしく、最近は遅くまでリビングにいる事が多い。『あの部屋はお師匠さまと過ごした日々を思い出しちゃって寂しい……』と漏らす日もあった。
もしかしたらテレシアは、マリンの寂しさを少しでも紛らわそうとして提案したのかもしれない。
部屋に戻って身繕いを済ませ、先にお父様の透視石に挨拶を済ませておいた。これで多少遅くなっても大丈夫だろう。
いそいそとマリンの部屋へ行くと、既に二人は揃って準備をしていた。
「わ〜い、サンディいらっしゃ〜い!」
「ほらここどうぞ、座って」
三人ともお風呂上がりで寝巻きのままだ。
見ればテーブルの上には、マリンお手製のハムやサラミのほか、フルーツ類も並んでいる。美しく飾り切りされた野菜はとても華やかで、それらは全て一口サイズで食べられるように並べられていた。
「寝る前だし、量は控えめに〜……ね!」
マリンはそう言ってるけど、実際には種類がたくさんあるおかげで結構な量があるように見える。その横ではテレシアが、三つのグラスに赤ワインを注いでいた。
「もしかしてそれ、私の分も?」
「サンディ〜、今晩は飲もうよ~」
「え、でも私まだ歳が……」
「全く、その身体で何言ってるんですか」
「ねえ〜」
そうは言っても、私は今まで一度もお酒を飲んだことがない。この身体がお酒を受け付けるかわからないと告げると、マリンがうんうんと頷いて水差しを指さす。
「うん、もちろん無理しなくていいから〜。試しにちょっとだけ飲んでみて、合わなそうならお水かお茶にするといいよ〜」
「もし気分が悪くなっても、ここは女性だけですから。気にしないですぐに言ってちょうだいね」
「そっか、じゃあ乾杯だけでも」
実はお酒に興味が無いわけではない。そもそも天界人が何歳から飲酒できるのかなんて聞いたことも無い。というかアヤナの試練をする人たちって、どうやって身体の年齢をはかるんだろう?
「ねえサンディ、何ぼーっとしてんの~」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してたの」
「じゃあさっさと始めましょ……乾杯!」
「「かんぱ~い」」
軽くグラスを合わせた後、マリンもテレシアもそれなりに勢いよく飲んでいる。
それにしても彼女たちのグラスを口から離した時の吐息と、その幸せそうな表情といったら! この飲み物がとても美味しい、という事だけはとてもよく伝わってくる。
グラスの中には深い紅色が揺れていて、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。恐る恐る、少しだけ……ほんの少し口に含んでみるとこっくり甘く、そして僅かな渋みが口に広がった。飲み込めばフルーティな香り、そして少し遅れて仄かなアルコール感が鼻を抜けていく。
「あ、これ、美味しいかも……」
「これ、わりと飲みやすい銘柄ですけどね。それにしてもサンディさん、もしかしたら結構イケる口だったりして?」
「そうだったら嬉しいな~! でもこれ、結構強めのお酒だから無理しちゃだめだよ~」
「うん、わかった!」
そういえばこれは、前世も含めて初の飲酒体験だ。二人に勧められるままハムを摘み、紅色のお酒を口に含むと今まで体験した事のない味わい深さに驚く。
それからはとても賑やかに時が過ぎていった。そして二人はお酒が増えるのに比例してどんどん饒舌になっていく。
テレシアがレオンの子供の頃の話をしてくれた時は、私もマリンもお腹が痛くなる程笑った。
マリンがグレンダと最後に過ごした夜の事を聞いた時は、みんなで肩を抱き合って泣いた。
気づけばテレシアが新しいグラスを出していて、今度は白ワインを注いでいる。飲んでみたら渋みが全く無くフルーティーで、まるでジュースみたいだ。それでいて後味はさっぱりとしている。
それにテレシアが作ったというおつまみはどれもとても美味しくて、ついついお酒がすすんでしまう。二人は私よりずっと早くグラスを空けてはお互いに注ぎあっている。
私が頬に感じる慣れない熱を持て余していると、マリンが白ワインが並々と入ったグラスを持ったまま隣に腰掛けてきた。
「ねえサンディ〜。天界での話、色々聞かせて〜?」
「うーん、どこから話そうかな……」
二人には天界での出来事を根掘り葉掘り尋ねられた。私は問われるまま、思い出しながら話していく。
この身体になった原因であるアヤナの試練から始まって、父ウルスリードや弟レニーとの再会。騎士団の皆との厳しい訓練や市場での大捕物。えっと、それから、それから……。
「サンディ〜、結局、お母さんの事はちゃんと思い出せたんだよね~?」
「うん。きっかけは酷かったけど、なんとか……ね」
王弟ギベオリードの放った黒蝶によって、幻覚の世界に閉じ込められてからの事を説明した。私が最初に見ていた夢は、お母様の作り話だったことも含めて。
「親はね、何時だって命懸けで子供を守ろうとするものなのよ……」
テレシアは真面目な顔をしてるけど、少し目が座っている。本当に大丈夫だろうか?
ちょっと不安を感じた次の瞬間、テレシアは残ったワインをカパとあおった。そのグラスをやや乱暴に置くと、急に私の両肩を掴む。
「サンディさん。あなた、お母様を助けに行くのよね?」
「あっ、はい!」
テレシアがすごく近くて、その息はお酒の匂いが強い。
「ちょ、テレシアさ~ん。サンディがびっくりしてるよ」
マリンが気を使って間に入ろうとしたその時、テレシアの声が少しだけ震えた。
「本当に親孝行したいと思うなら、お母様を庇って死ぬような事だけはしちゃだめよ。親はそれが一番辛いの……」
そのままテレシアは私を強く抱きしめると、耳元で低く、そして強い口調で告げる。
「必ず、生きて帰ってきなさい。何も成し遂げられなくても構わない。絶対に、生きて帰ってきて」
「テレシアさん……」
母であるテレシアの言葉はとても重い。しかも一度は全てを失い、諦めた経験のある人だ。
(いや、それでも……)
私もテレシアを強く抱きしめ返して、耳元で告げた。
「ありがとう、テレシアさん。でも私は必ずお母様を取り戻します」
「……」
ゆっくり身体が離れると、テレシアは今にも泣きそうな顔をしている。私はあえて笑顔で言い切った。
「必ずお母様と一緒に生きて帰りますから」
「サンディさん……あなたって人は……」
「テレシアさん、そういえば私のことは呼び捨てで構いませんよ?」
ハンカチを差し出しながら笑顔で伝えると、テレシアはそれを受け取り目元に軽く当てながら微笑んだ。
「ええ、私のこともテレシアって呼んで下さい。マリンもね!」
「は〜い! わ〜、なんかすっごく嬉しいです〜!」
なんだか急にみんなと距離が縮まった気がして嬉しい。マリンもこれで少しでも寂しさが紛れるといいんだけど。
「さて、サンディ。今の所、体調は大丈夫かしら?」
「あ……はい。ちょっと暑い気がするけど、問題ないです」
これだけ飲んでてもテレシアは、お酒初体験の私をちゃんと気遣ってくれるのがすごい。
「サンディって全然顔に出ないね〜。あ、でもちょっと耳が赤いかも〜? やだ可愛い〜!」
「マリン、貴女は全っ然顔色変わらないわね……」
「私ドワーフ族ですもん。お酒には強いんですよ〜。っていうかそういうテレシアだって……ってそうか、見えないか」
大山猫族のテレシアは、レオンと同じく全身が紅色の毛で覆われている。マリンはその事を言ったんだろうけど、今のはちょっと……。
「ねえマリン。今、私のこと毛深いって言ったわね」
「えっ! ちょっと待って! そういう意味じゃなくて〜!」
一生懸命首を横に振るマリンが可愛い。それでも今のはアウトだろう。私は思わず笑ってしまう。
「いや今のはもう、そう言っちゃったようなもんだよね……」
「ほら、サンディもそう思うわよね?」
テレシアは酔っているとは思えない素早さで、マリンの背後に回りこんだ。
「悪い子は、お仕置きですよぉ〜?」
マリンの耳元で低く呟くと、脇腹に狙いを定めて思いっきりくすぐり始める。
「きゃあぁっ! ああっひゃはひゃは! だめらめ! それらめえええっ!!」
「ほーら、あと何秒持つかしらー?」
二人のじゃれあう様子が心底可笑しくて、私は久しぶりに涙が出るほど笑った。
この晩は遅くまで、マリンの部屋に明るい笑い声が響き続けたのだった。





