帰城と報告
「サンディ、市井の様子はどうであった?」
「はい、とても活気があって……良いことだと思います」
サンディは天界王の執務室の隣にある、広々とした応接スペースのソファに腰掛けている。同室には父ウルスリードの他、本日同行したレオンとエドアルドも呼ばれていた。
サンディは父の問いに対して無難な返事をしてみたものの、途中に邪魔が入ったせいで自由時間が少なかったことがやや不満である。それでもあのような輩を排除できたという結果については、天界の人たちにとってきっと良いことだろう。
「お父様は、その……全部見ていらしたんでしょう?」
「ああ、まあな。まあ執務の合間だから、飛び飛びではあるがな」
やや目を逸らし気味の王を見て、エドアルドは確信していた。
(なんなら執務そっちのけで、全部見てたな……)
「どうした、エドアルド。顔色があまり良くないぞ。今日は流石に疲れたか?」
「いえ、全く問題ございません。お気遣いに感謝致します」
王直々に、優しい笑顔と言葉で気遣われた。がこれは『余計な事を言うな』という無言の圧力である事を、エドアルドは熟知していた。ここは型通りの礼を返し、後は沈黙を守る。
そこへ落ち着いたノックが部屋に響いた。警務隊からの報告があるという先触れである。
明るい赤茶の髪に鋭い濃紺の瞳。――先程市場で顔を合わせたばかりの天界警務隊 隊長補佐テイン・クラウスが入室してきた。
クラウスは王へ敬礼すると、立ったまま書類をめくりながらさり気なく周囲の面々を確認する。その視線がブレスレットを外して本来の姿になっているサンディのところで止まると、ウルスリードは愛娘の肩をポンと叩いた。
「紹介する。これは我が娘、アレクサンドラだ。今日は面倒をかけたな」
「いえ、面倒などとんでもございません。本日大物を捕らえることができましたのは、王女殿下のお力添えのおかげでございます。隊長に代わり、警務隊を代表して心より感謝申し上げます」
「あとエドアルドの隣にいる彼はレオンといって、アレクサンドラの友人だ。我が祝福を受けた者故、騎士として扱ってくれ」
「そちらのお客人殿も、なかなかの腕前であったと市民が噂しておりました。本日は天界市民の人命と財産を守って頂き、ありがとうございました」
クラウスは終始そつのない挨拶を済ませると、美しい敬礼を見せた。そして書類に目を落とすと、改めて報告を開始する。
今回逮捕されたのは暴漢五名の他、バルテル・ラウテンという男である。彼は少年のような見た目だが、実際の年齢は200歳をゆうに超えているという。数年前から、遊び感覚での破壊行為がひどく目立つようになり、怪我人も出ていた関係で指名手配されていたそうだ。
「確かアヤナの試練後に、極端に低年齢化した例だったな」
「左様にございます」
ウルスリードの問いにクラウスが答えつつ、再び書類をめくった。
「近日は隠れ家の捜索も進めていたのですが、どうやら地下深くに複数の洞窟を掘り進めて潜り込んでいたようです。捕縛者から詳細な証言が取れましたので、明日朝を待って一斉に捜索する予定です」
「うむ。もし必要なら騎士団からも人を貸そう。必要であれば今日中に申請を出しておけ。ところで首謀者は今どうしている」
王の問いは、クラウスの動きを一瞬止めた。
「あれは元々、タチの悪い子供のようなものです。が、今後諸々の証言を得ることは……まず不可能でしょう」
「そうか……」
その時、ほんの一瞬。クラウスの視線が自分へ向けられた事に、サンディは気付いた。
「不可能とは、どういう事でしょう?」
クラウスが視線で許しを請うと、王は頷いた。
「バルテルは殿下の御力によって自我を失いました。見た目は少年の姿をしておりますが、中身は……今は赤子同然です」
(自我の消滅……)
サンディは、思わず手を強く握る。力の行使を決意した時点で覚悟はしていたものの、白妖精の力の恐ろしさを改めて自覚した。ただ、バルテルの自我が消えたという事は、その自我は調和を乱す原因だった証拠でもある。
「サンディ、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。使う時点で覚悟はしてたから。ありがとうね、レオン」
サンディは笑顔で応えた。
「正直申し上げますと……我々としても助かったのです。警務隊は子を持つ親も多数在籍しておりますからね。見た目がアレだとどうもやりづらい、という声が多数挙がっておりましたので……」
サンディは納得した。可愛らしい少年の姿をした犯人に攻撃を加えるのは、自分も最初は躊躇した。それが子供を持つ親であれば、尚更やりづらいだろう。
「陛下。一つ気になる事が」
「うむ、申せ」
エドアルドは、戦闘中にバルテルが『ギベ兄と遊んでいる時みたいだ』と言っていた事を伝えた。
「そういえば、ギベオンが研究所にいた頃、子供が出入りしているという噂を聞いた事があるが」
「その件でしたら確か既に報告が……」
クラウスは、パラパラと書類をめくって手を止めた。
「ああ、そうですね。過去にバルテルは王弟陛下の魔術研究の助手として、研究所に出入りしていたことがあるそうです。ただ研究と言っても、まるで遊びのように魔術を打ち合っていただけに見えた、という証言しかありませんが」
「恐らくバルテルにとっては遊びだったのかもしれない。ただギベオンにとってもそうだった、とは思えぬのだ」
ウルスリードの言葉に、エドアルドが首を傾げつつ表情を曇らせる。
「打ち合い……魔術の訓練か、あるいは何かしらの研究か……」
それ以上何も言わず黙って考え込むエドアルドをよそに、クラウスが話題を変えた。
「そう言えば街では、『白き力を行使した女魔導士』の話題でもちきりですよ。――さすが精霊国の客人だ、とか」
「えっ! そ、それは困ります!」
思わずサンディは大きな声を出してしまい、慌てて両手で口を隠した。
「あんまり目立つと、次行くときに困っちゃうよね」
サンディは自分が考えていた事をレオンに言われてしまい、思わずうなだれる。
「まあ仕方あるまい。こうなった以上、当分の間は自重しておけ」
そう言うウルスリードは、なぜか妙に嬉しそうである。
応接室には重厚な花瓶に生けられた大きな花束がある。そのうちのいくつかの花は、エルーダの花屋で見かけたものと同じだった。
(もう少しゆっくり、見てまわりたかったな……)
どうにもため息の止まらないサンディであった。





