無邪気な暴力
暴漢たちは、下品に笑いながら喋り続けている。
「それでもさっきの羽なし女はなかなかの上玉で……っておい、あの女、どこ行きやがった?」
「いねえぞ?」
「どこ行った!?」
男たちは、きょろきょろと周囲を見回している。
「……?」
エドアルドがチラと振り返って見れば、サンディは先程と同じ位置のまま、花屋の娘エルーダの前に立っているではないか。
「隠蔽、すごいね」
レオンはニヤリと笑った。敵意を持つ者から姿を隠す隠蔽。母マリエラの術は、五年経ってなお愛娘をしっかりと護り続けているようだ。
何にせよ、護衛の対象が敵から見えなくなるというのは、護衛する側にとっては非常に都合がいい。レオンがエドアルドに目で合図し、二人で小さく頷くと同時に仕掛けた。
「「せいっ!」」
***
サンディはエルーダをかばいながら、エドアルドとレオンが仕掛けたのを後方から見守っている。
それぞれが二人ずつ相手をしているにも関わらず全く危なげないあたりは、さすが騎士団で訓練をしているだけのことはあると思った。
「あいつら、以前からこの市場一体を縄張りにして、悪さばかりしてるんです。お年寄りや他所から来た人に因縁をつけては、お金を巻き上げたりして本当に性質が悪いの」
エルーダの言葉に、サンディは憤りを隠せない。
「大丈夫。今戦っている彼らはとても強いわ。それに、お店は私が守るから安心して。少し後ろの方で隠れているといいわ」
大きく頷くエルーダに笑みで答えると、サンディは店の前に立って数歩離れた。
相手は全部で五人いるけど、一人は手を出さずにこちらの様子を伺っている。おそらくあの一番大柄な男がボスなのだろう。サンディの位置からはかなり距離はあるが、魔法なら攻撃できない事もない。しかし今はエルーダや店、周囲の人たちに被害が出ないように守る事が優先だ。
エドアルド達が思う存分動けるよう、援護しなければ。サンディはそう考えながら、周囲の変化に気を払っていた。
***
仕掛けると同時にレオンは柱を何本も立て、まるで木々を渡るかのように飛び回り、相手を翻弄している。それはまるで林の中、魔女の森で戦っているかのようだ。翼を持つ男たちはレオンより大柄なため、ろくに剣も振れないまま、無様にレオンを追いかけている始末である。
エドアルドは地上で剣を振るっている。繰り出した小さな防御壁を盾のように使い、片方からの攻撃を防御しつつ、もう一人の男の翼を斬り付けた。
エドアルドの振るう刃は青い炎を帯びており、羽の焼ける異臭が周囲に漂う。翼を焼き切られた男は悲鳴とともに戦意を喪失し、呻きながら地面に転がった。
「レオン! 殺さない程度に、好きにしていいぞ!」
「うん、わかった!」
二人の会話に、残った男たちは憤った。
「生意気言いやがって!」
「くそっ、やっちまえ!」
レオンを追いかけていたうちの一人が、柱郡の上空に飛んだ。空から銃撃のように石礫を放つが、レオンは柱を上手く使って避けている。その攻撃の合間を縫い、柱を足場にして一気に上空へ飛び出したレオンは、勢いを乗せた剣を一閃させた。――が、間一髪のところで男はそれを避ける。
「クハハッ! 残念だったなあ、獣人の小僧! 地上人は大人しく、地面を這いずってろ! って、あれ?」
そのまま自由落下すると思い込んでいた獣人の小僧は、なぜかそのまま宙に浮きつづけている。
「お前、まさか、本当に精霊国人……?」
それには答えず、レオンはゴミを見るような目で男を見つつ鼻で笑った。
「風魔法の応用だ。獣人だから飛ばない、と思うのはちっとばかり短絡的だな」
それを聞いたサンディは、ふと思い出す。
(それ、森での訓練の時、ロムスがレオンに言った……)
獣人の部分を蛇にすれば、ロムスのセリフそのままだ。
レオンはそのままの位置で低く構えると、薙ぎ払うように剣を振るった。刃から炎を帯びた風刃が飛び出すと、一瞬で男の片翼を焼きながら切り落とす。
悲鳴を上げて落ちていく男を眺めながら、レオンは小さく呟いた。
「一度、言ってみたかったんだよねー」
ふと視線を感じてレオンが振り返ると、サンディが後方でクスクスと笑っている。
「あ、聞こえちゃった?」
照れながら尋ねるレオンに、笑顔でこくこくと頷くサンディ。
だが急に真顔になると、白い短杖がレオンに向けられた。放たれた赫い火炎弾は、熱風と共にレオンの頭を掠めて飛んでいく。それは上空背後からレオンに斬りかかろうとしていたもう一人の男に当たり、一気に燃え上がると空に悲鳴が響いた。
その時エドアルドは、地上でもう一人の男と剣を交えていた。
上空から落ちてきた火だるまの男を器用に避けつつ、一気に水を掛ければ、ジュッという音とともに焦げ臭い匂いが周囲に広がる。
「レオン、最後まで油断するな! あと、サンディ様! 頼むから、殺さない程度でお願いしますよ!」
「「ごめんなさい!」」
「お前こそ、よそ見してるんじゃねえよ!!」
怒り狂って斬りかかってくる男をひらりと躱すと、エドアルドは上空に逃げた。男もすぐに後を追い、そのまま空中戦になる。
相手は魔法も使ってくるが、下手に受け流すと地上の建物に被害が出てしまう。かといって、自身の背後を空に向ければ、こちらが攻撃しづらくなる。
(何かを守りながら戦うというのは、本当に骨が折れるものだな……)
そんな事を考えていると男は動きを止め、エドアルドに向かってニヤリと笑った。
「お前、さっきから羽なし女だけじゃなく、街の連中も守ろうとしてるだろ?」
(気づかれたか)
エドアルドはあえて返事をせず、無言で剣を構え直した。
「じゃあ、こうしてやるのが一番キツいだろうなぁ?」
そう言うやいなや、男は花屋の屋台に向けて特大の火球を放った。
「――っ! やめろっ!!」
エドアルドが防御壁を繰り出そうとするが、間に合わない。火球はごうと音を立てながら、真っ直ぐに花屋へと飛ぶ。
火球がその先の全てを炎で包んでしまうかと思われたその瞬間、突如水のドームが現れてシャボン玉のように花屋を包んだ。
見れば水球の中、サンディが宙に向けて短杖を構えている。極厚の水球に当たった火球は、意外なほどあっけなくプシュンと消え去った。
「エド、こっちは大丈夫! 早く、レオンを!」
振り返って見れば最後まで手を出してこなかった大男……暴漢のボスと思われる男が、空中でレオンへと斬りかかっていた。
風の扱いは苦手だと言っていたレオンだが、そのわりに上手く使って姿勢を保っている。しかし踏ん張りが効かない分、ステップ重視のレオンはやや不利だ。
そして押され気味のレオンの背後、先程火球を放ったもう一人が、今まさに斬りかかろうとしていた。
「お前の相手は、こっちだ!」
エドアルドは、レオンの背後にいる男に鋭い竜巻を食らわせた。男が宙でバランスを崩した所を狙い、青い炎を纏わせた風刃を混ぜ込む。竜巻の中で刻まれた男は、翼だけでなく身体にも大きなダメージを受け、絶叫しながら地に落ちた。
血まみれで地面に転がる男がそれ以上動かない事を横目で確認しつつ、エドアルドはそのままレオンの加勢に入った。
***
空中で剣を交える三人の男たち。翼を持たないレオンがいるとはいえ、さすがに二人がかりの攻撃を相手するのは厳しいのか……ボスと思われる大男は、やや押され気味である。恐らく、制圧は時間の問題だろう。
サンディが少しだけホッとしていると、視界の端に天界人の少年が見えた。歳は五歳位だろうか。濃紺の髪に赤い瞳を持つ少年は、サンディと上空の三人を交互に見ている。
「ここは危ないから、離れてて!」
サンディの警告に、少年は可愛らしい高い声で答える。
「お姉ちゃん、ずっとそこにいるのに、なんでこいつらには見えないの? やっぱりバカはダメだね。使えない」
少年は小さな手を上空に向けた。本人の背丈を軽く越すオレンジ色の火球が現れると、上空で剣を交える三人に向かって勢いよく放たれる。
「エド! レオン!」
サンディの警告より早く、二人は火球の進路から退避した。が、大男は背後から飛んできた火球に気づくのが遅れ、そのまま炎に飲まれてしまう。
悲鳴を上げながら火だるまになって落下し、地面でのたうち回る男にサンディは即座に大量の水をかぶせた。それでも、大男の火傷の状態は相当ひどい。先程までこの男たちが放っていた火球と比べて、威力が桁違いなのは明らかだ。
大火傷を負った男が少年に向かって手を伸ばし、掠れた声で呟いた。
「バ、バルテル様ぁ……どうして……」
男の声を完全に無視して、少年はサンディに微笑みかける。
「ふふ、お姉ちゃん。一緒に遊ぼう!」
その言葉と同時にサンディに向けられたのは巨大、かつ大量の風刃だった。





