好奇心
魔樹の謎
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今回はこちらの続きになります。
サンディのための「教育団」が発足した翌日。
騎士団の皆が見守る中、天界王ウルスリードの手によって、レオンに『天界王の祝福』が授けられた。
特性的な不適格による拒否反応もなく、儀式は終始穏やかに執り行われた。そして、四大精霊全ての加護と同等の力を得たレオンは、早速訓練場で各属性の魔法を試してみている。
「見た感じでは、火が一番通りがいいみたいね。あとは水もそんなに悪くなかったわ。でも、風と土はもう少し基礎練習が必要かしら」
魔導士団長のラフォナスが美しいバリトンボイスでそう告げると、レオンは頷いた。
「僕も、炎と水は制御しやすく感じました。でも風は思うところに集中させるのが難しいし、土は気持ちよく動いてくれない感じがする……」
「得意な属性を伸ばすのも大切だけど、それは全ての基礎ができてからよ」
ラフォナスはそう言いながら、自身の大きく分厚い掌の上で竜巻状に砂を巻き上げてみせる。
「自然現象は、単独の属性で作られているわけじゃないわ。全てをスムーズに操れるようになってこそ、四大精霊力の本領を発揮できるの」
掌の上では渦巻く砂をそのままキラキラと光る雪に変化させ、最後にその全てを炎で包み一瞬で消してみせた。レオンは鈍い金色の瞳をキラキラさせてそれに見入っている。
「すごい……そんなにスムーズに、物資を変化させられるものなんですね」
ラフォナスはレオンの頭を片手で掴めそうな程大きい掌で、紅毛に包まれる頭をぐりぐりと撫でた。
「まずは小さく制御するところを目標にやってみるといいわよ。多分すぐにコツを掴めると思うわ。レオンちゃん、なかなか筋がいいから」
「はい、頑張ります!」
笑顔のラフォナスから肩をポンと軽く叩かれると、決して細いわけではないレオンの身体は軽くよろめいた。
(ラフォナスさんって、魔法がなくても直殴りで勝負できるよな……)
あのごつい指輪が、魔道具ではなく殴るための武器に見えてきたレオンは、密かにふるりと震えるのだった。
その頃サンディは、レオン達から少し離れた場所で、カルリオンから直々に剣技の手ほどきを受けていた。彼の剣技は、とにかくパワーに溢れている。正面からまともに打ち合えば簡単に力負けしてしまうので、魔法も合わせて必死に打ちこんでみるが……。
(しなやかに……懐に入って……)
頭の中ではレオンの剣技が繰り返されていて、それを参考に立ち回ってみる。
最初は剣を叩き落とされてばかりだったがカルリオンの丁寧な指導もあって、その日の訓練時間リミットあたりには、何とか持ち続けていられるレベルにはなった。
ただ少しでも油断をするとあっという間に剣を落とされてしまうので、まだまだ訓練が必要なようだ。
そして次に、ラフォナスから『実践的な魔法訓練』を受けた。ラフォナスの魔法は強力なだけでなく、その技が実に多彩である。四大精霊の力をフルに使いこなして、あらゆる攻撃、そして撹乱を仕掛けてくる。
ラフォナスの大きく太い指に装備しているごつい銀の指輪からは、その見た目とは裏腹に繊細な魔法攻撃が連続して繰り出された。その狙いの正確さは髪の毛一本、紙一枚レベルで制御されており――結果としてサンディは、数度に渡って短杖をその手からはたき落とされてしまう。
それでも制限時間が終わる頃にはなんとか持ち堪えつつ、反撃に転じるところまではできるようになった。
訓練時間の終了後、訓練場から退出しようとするサンディに、カルリオンが声をかけた。
「殿下はまだまだ力を出し惜しみされておられる。あの時を思い出せとは申しませぬが、殿下の潜在能力は極めて高いのは事実ゆえ、どうかこれからも自信を持って励んで下さいませ」
あの時――王弟ギベオリードの幻術によって惑わされていた時。
自分は正気を失っていたので、今はぼんやりとしか憶えていない。しかしその場にいた皆の話を聞くと、カルリオンとラフォナスの二人を相手にしても全く引けを取らないどころか、むしろ圧倒していたという。
「ありがとう、カルリオン団長。頑張りますので今後も指導願います。そしていずれ……必ず貴方から、一本取ってみせましょう」
サンディが悪戯っぽくと笑うと、カルリオンは頭に手をやってポリポリとかいた。
「その時は、騎士団長の役職は返上せねばなりませんな……そうならぬよう、私もしっかり励むと致しましょう」
顔を見合わせると、二人は揃って笑いあった。
***
その日の午後は、エドアルドによる治癒の実践と座学だった。
まず午前中の訓練で痣だらけになった身体を、治癒魔法の練習を兼ねて自分自身で癒やしてみた。エドアルドの教え方はとても理解しやすく――初めての挑戦にも関わらず一発で成功した。
他にもありとあらゆる質問に全て的確に答えていくエドアルドは、さすが皆から博識と言われるだけの事はある。
そこでサンディは、以前から気になっていた事を聞いてみた。
「ねえ、エド。私、一度でいいから見学してみたい場所があるんだけど……」
「ほう。一体どこでしょうか? 城内に殿下の立ち入れない場所など存在しないはずですが」
それを聞くと、サンディは少しだけ目を細くして尋ねた。
「では、城外はどう?」
「じょ、城外ですか……」
エドアルドの表情が急に曇る。が、サンディは構わず続ける。
「ええ。できれば街とか、天界の皆が普通に暮らしているところを見てみたいの。あとこの城内にはあちこちに花が飾られているけど、どれも地上では見たことのないものばかりだわ」
「はい。花きの栽培は、天界ではとても盛んですので」
「王族の一員としてはそういった市井の様子を、自分の目で知っておく必要があるのではなくて?」
もっともらしくそう言ってみせると、エドアルドはじっとサンディの目を見た後、諦めたように溜息を吐いた。
「――その様子では、お止めしたところで聞き入れる気はありませんね……」
「ええ。天界にいる間に、必ず見に行くつもりよ」
「わかりました。ただ……少し時間を下さい。陛下の許可を頂いてからでないと無理ですから」
(なーんだ、今日これからでも行きたかったのにな……)
そう思ったサンディが少し口を尖らせていると、エドアルドが懇願するような目で見つめている事に気づいた。
「殿下。頼みますから、一人で城を抜け出すとか絶対にやめて下さいよ? ……まあ僕が王に圧殺されても構わないというならお止めしませんが……」
最後は少しだけ拗ねるような言い方をするエドアルドに、思わずクスリと笑ってしまう。それは以前、トーヴァに『女性の褒め方がなっとらん』と嗜められた時に似ていて……。
「わかりました。ではお父様の許可が得られ次第行きましょう。その時はエド、ぜひ案内をお願いね」
「ええ、承知いたしました」
……が、しかし。
(明日のうちに許可が出なければ、ちょっと見に行っちゃおうかな……)
王女殿下の脳内に不穏な企みがあるとは知らず、エドアルドは安堵の表情を浮かべるのだった。





