魔樹の謎
「陛下、失礼ですが……」
「いったい何のお話でしょう?」
地上での出来事を知らぬカルリオン、そしてラフォナスが尋ねると、エドアルドが事情を説明する。
地上を旅している途中エドアルドは、ウルスリードの勅命を受けてレオンとその母テレシアを再会させる使命を帯びた。その際ウルスリードは『我が王女の助けとなれ』とはっきり命じており――それは結果として、これからテレシアが向かう先に、王女アレクサンドラが居るという事実を示唆した事になる。
恐らくギベオリードは、侍女の持つペンダントを通じてその発言を聞いたのだろう。そして日々の報告を通じ、エドアルドが王都の神殿にいることも知っていたはずだ。
そこで咎人の襲撃による穢に当てられて弱っているテレシアの寝所へ忍び込み、魔樹の種を仕込んで……。
「――テレシア殿に仕込まれた魔樹の種は、私によって魔女の森へと運ばれました。その結果まんまとアレクサンドラ殿下は重傷を負い、森の精霊力は相当削られたんです……」
そう言って悔しそうに唇を噛むエドアルドの肩を、励ますようにポンと叩いてレオンが呟く。
「そのギベオリードって人は、とても賢くて手強い人なんだね」
「――うむ。ギベオリードは、特に魔術の扱いに長けている。今のところ、アヤナの試練をたった九日……十日を切ってクリアしたのは彼奴だけだ」
ウルスリードは隣に座るサンディの頭に手をやり、そっと撫でた。
「サンディ、お前の十日で卒業という記録は歴代二位だ。――誇れ」
「確かに殿下の訓練は、歴代二位の称号に相応しい過激さでありましたな」
カルリオンの言葉に他の皆が思わずクスクスと笑うと、サンディは可哀想なほど小さくなる。
「あの、改めて……今日は本当にご迷惑をおかけしました……」
ウルスリードはサンディの背中を軽く叩いた。
「気にするなサンディ。天界にいるうちなら、いくらでも我が何とかしてやる。あと――カルリオン、ラフォナス。今後はサンディに、もっと実践的な訓練をつけてやってくれ」
「「はっ」」
「それと――レオン殿」
「は、はい!?」
ウルスリードから急に敬称付きで名を呼ばれたレオンは、ソファーから立ち上がらんばかりに背筋を伸ばした。
「今日、再びサンディを救ってもらったな。――心から感謝する」
「い、いえ! ぼ、僕は何も……」
「私からもお礼を言わせて、レオン。あの時、森のみんなの事を思い出させてくれて、本当にありがとう」
「いや、そんな……」
サンディにまで礼を言われ、照れたレオンはしきりに頭をかいている。
「我はレオン殿の度重なる恩義に報いたいと強く思っている。そこでもしレオン殿さえ良ければ、そしてその身に適性があるならば――我の祝福を受けて貰えないだろうか」
「「「おおっ」」」
ウルスリードの申し出に、翼ある三名が思わずどよめいた。
「あの、それは具体的にどういう物ですか?」
尋ねるレオン、そしてきょとんとしているサンディに向け、エドアルドが微笑みながら説明する。
「『天界王の祝福』は、モノじゃない。四大精霊全ての加護を合わせたものと思ってくれれば、イメージしやすいかな。ちなみに騎士団員は全員受けているよ。――ただし、得意な術や属性そして威力等、適性は人それぞれだから、その辺りは使ってみないとわからないけどね」
「四大精霊全て……すごい……」
レオンは、目を丸くして呟いた。
「ありがとうございます、是非お願いします! あの――僕の中ではまだ、サンディに全然恩返しができてないんです。あと、サンディがお母さんを迎えに行くなら僕も手伝いたい。だから……力はたくさん欲しいです!」
レオンの素直な言葉に、皆が思わず笑顔になる。
「相わかった、レオン殿。今後サンディの力になってくれる事にも感謝申し上げる。では明日にでも早速――」
「すみません、王様! あと一つだけお願いがあるんですけど、いいですか?」
「……ああ、何でも言ってみたまえ」
――地上に生まれて生活する者に、今まで自分の祝福を授けたことは一度も無い。その第一号という栄誉を確約されて尚、この獣人の子供は自分に無心するのか……。
彼は『力がたくさん欲しい』と言っていた。そんな彼は、我が祝福の他に何を要求するというのだろう。
強い武器? あるいは防具? それとも魔術用の特別な道具か――ウルスリードが考えていると、レオンは、モジモジとしながら下を向く。
「その『殿』ってやめてもらいたいです……。みんなと同じ様に、どうか『レオン』って呼んで下さい」
これは……完全に不意を突かれ、ウルスリードは返す言葉を失った。隣ではサンディがクスクスと笑っている。
「とってもレオンらしいお願いね」
「だって王様からそんな呼び方されたら、もう緊張しちゃって……」
そう言って頭を抱える少年の耳は、困ったようにぺしゃりと寝ている。
「フッ……ハハハハハッ!――これは気を使わせて悪かった。それでは遠慮なくレオンと呼ばせてもらおう」
「はい、ありがとうございます!」
満面の笑みで礼を言うレオンに、ウルスリードはひどく安心した。
(この少年は、サンディの側にいてもその強大な力を妬まぬか……)
十五という年齢にしては、些か言動が幼いように感じていた獣人の少年。しかしそれは、稀有なまでの素直さのせいかもしれない。
「あの、お父様」
サンディに呼びかけられて、ウルスリードは我に返った。
「ん、何だ?」
「私……お母様を必ず取り戻します」
(……!)
サンディの言葉にウルスリードは息を呑んだ。本人の口からはっきりと決意を聞いたのは、これが初めてで……。
「だからその為に出来ることは、全てしておきたいの」
「ああもちろんだ。お前に必要なものは我が……いや、父が必ず用意しよう」
「ありがとう、お父様」
笑顔で礼を言う愛娘に、ウルスリードの胸がズキンと痛んだ。
(本来ならば我が行くべきところを……)
サンディの逆側にある手に力が入り、自然と握り拳になる。
サンディは翼人達の方へと視線を移した。
「訓練についてはカルリオン団長、ラフォナス先生――どうか宜しくお願いします」
「「はっ」」
「あと、エド……アルド。貴方にも一つお願いがあります」
「はっ、何なりと」
「どうか、私の先生になって下さい」
「――は?」
エドアルドは一度下げた頭を上げ、思わず間の抜けた声で返事をしてしまう。
「私は天界の一般常識を全く知らないから。先程の透視石についてもそうだし。こういった事をもっとしっかりと学びたいの」
サンディの言葉にラフォナスがうんうんと頷いている。
「エドちゃんなら学院初のオール主席卒業生で随一の博識だから、先生役にピッタリねぇ。それに地上の事もよく知ってるし」
「――そうね。私は地上と言っても魔女の森しか知らないから。そういった事も色々と教えて欲しいわ」
エドアルド自身には拒否する意思も権利もない。ただこの場合、許可を得なければならないのは……。
「陛下……」
目線で許可を求めると、ウルスリードは頷いた。
「うむ。サンディの指名であるし、力量としても適任だろう。――頼むぞ」
「はっ! このエドアルド、全力を持ってアレクサンドラ殿下にお仕え致します」
こうして王女の教育団が発足したのだった。
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