会食
案内された席の前に立っていると、侍女の一人がトーヴァに耳打ちをした。少し考えた様子の後、小さな声で何か指示をする。
侍女が出ていくと、トーヴァはレオンに向かって美しい姿勢のカーテシーを見せた。
「初めてお目にかかります、レオン様。私は王城の侍従長、トーヴァと申します。本日はアレクサンドラ殿下のお付きとしてご一緒致しますので、どうぞお見知りおき下さいませ」
「はっ、はい! こちらこそ宜しくお願いします!」
レオンはガチガチに緊張した様子で挨拶を返すと、トーヴァはニッコリ微笑んで元の姿勢に戻る。
「ここの皆様はアレクサンドラ殿下……いえ、サンディ様の事は、既にご存知ですわね」
向かいにいる二人を見ると、四本の視線がものすごい圧を持って全身に刺さってくるのを感じる……。
「やっぱりサンディ……だよね? なんか急に大人っぽくてとても綺麗になってたから、ちょっとドキドキしちゃったよ!」
「あ、ありがとう……」
とても素直に褒めてくれるのは嬉しい……が、レオンは照れというものは無いのだろうか? 面と向かってそんな事を言われたら、こっちは頬が熱くて仕方ないのだけど……。
「アレクサンドラ殿下、この度はご卒業おめでとうございます。……その……大変お美しくなられました」
「ありがとうございます……」
やや目を逸しつつ挨拶をするエドアルドを見て、トーヴァは大きく溜息を吐いた。
「エド、ほんとに貴方は相変わらずね……。レディに対して、もうちょっとマシな褒め言葉を他に知らないのかい? ずっと年下のレオン様の方が、余程気が利いていらっしゃるじゃないか」
「……侍従長殿は、相変わらず手厳しくていらっしゃる」
目を軽く伏せ、ほんの少しだけ拗ねたようなエドアルドの言い方に違和感を覚えるとそれが顔に出てしまったのだろう。トーヴァは私とレオンに向かってあっさりと告げた。
「お二方、エドアルドは私の孫でございます」
──そういえば、金色のまつ毛が縁取る瞳の色は全く同じ青灰で。トーヴァの少しだけ垂れ気味で優しい目元は、エドアルドにもその面影が残っている。血縁関係があると知って驚きはしたものの、わりとすぐに納得した。
レオンも同じ気持ちだったようで、目を丸くしながらも小さく頷いている
「あと、大変恐縮でございますが……先程連絡がございまして、今宵の夕食に陛下が出席されることが叶わなくなりました。執務の都合故、どうかご容赦頂きたく存じます」
「では今から移動致しますか? こちらの広間にお二人きりでは、流石に落ち着かないのでは……」
深々と頭を下げたままのトーヴァに、エドアルドが尋ねる。
確かにこの広間はとても大きく、テーブルも片側に十人は腰掛けられるような長さだ。ここにレオンと二人だけで、しかも後ろにトーヴァとエドアルドが終始付いているとしたら……とてもではないが落ち着かない。
しかしトーヴァは首を横に振った。
「いいえ。このままこちらでご夕食とさせて頂きます。ただいまお持ちさせますので、席についてお待ち下さいませ」
そう言いながらトーヴァが椅子を引いて席に座らせてくれ、レオンに対してはエドアルドが同じようにエスコートする。
──リリン
トーヴァがテーブルの端に置いてあるベルを軽く鳴らすと、侍女達数名がワゴンを押して入室し、テキパキと配膳を始める。
目の前に沢山の皿がいっぺんに並べられたが、トーヴァによれば途中で配膳の者が出入りする必要が無いように、との配慮だという。
配膳係が全て退出すると、部屋は身内だけになった。見ればトーヴァとエドアルドの席もある。
「本日私とエドアルドはお付きという事でしたが、陛下のご配慮で、皆で一緒に食事を取るようにとの事です」
「──やった♪」
歓喜の呟きを聞き逃さず、トーヴァはジロリとエドアルドを睨む。
「よかった。みんなで食べるほうが美味しいからね!」
「ふふ、そうよね!」
私とレオンの意見が一致しているのを見て、ようやくトーヴァの表情が和らいだ。
「……それでは陛下のご厚意に甘えさせて頂きましょう。この場ではマナーなど気にしなくて結構ですから、どうぞご自由にお召し上がり下さいませ」
テーブルに並べられた料理の数々は芸術的な美しさだ。早速口にしてみると、その料理はどれも素晴らしい味わいである。一品ずつがそれぞれ少量だったのもあり、全部の皿を美味しく楽しむ事ができる。
そんな中レオンは食べざかりの男子らしく、どれもパクパクと美味しそうに口に運んでいる。特に芋料理やパン類などを好んでぱくついているのを見ると『やっぱり男子は炭水化物だなぁ……』と改めて思う。
それ以降はお互いに知った顔という事もあり、とてもリラックスした雰囲気で会話も大いに弾んだ。
エドアルドの地上の旅での話はとても面白かったし、トーヴァによる天界人の生活や王城の日常話も大変興味深い。あと、エドアルドは学院での成績が全て主席だった、という話をトーヴァから聞いて心底驚いた。
「エドはすごく優秀なのね! 私はそういった勉強は全くしていないから、これから色々教えて欲しいです!」
「ええ、もちろんです。アレクサンドラ殿下のご希望でしたら、お断りする選択肢など私に存在致しません」
うーん……トーヴァが居るからだろうか。エドの言葉が固くて、なんとも話しづらい。今後ずっとこうなのかと思うと、少しストレスを感じそうだ……。
「……エド、色々と立場上の問題があるのは理解してます。でも、身内だけの時はせめて『殿下』はやめて欲しいの。できれば地上に居たときの様に、『サンディ』と呼んでくれたら嬉しいんだけど……どうかしら?」
エドアルドはけほりと咳き込んだ後、グラスに残ったワインを口に流し込んだ。……そんなに驚かせてしまったか、あるいはこの場所ではかなり無理なお願いだっただろうか──そう思って見守っていると、エドアルドはチラと横目でトーヴァを見た後、少しうつむき加減で頷いた。
「……承知いたしました。場所、あるいは同席されている方々によっては無理な場合も多々ございますが、少なくともこのメンバーだけの時は『サンディ様』とお呼びするよう努力致します」
「わあ、良かった! ありがとう、エド!」
「――よかったですね、エド。すっかり王女様のお気に入りではないですか」
見ればトーヴァが、フフと笑いながら目を細くして私達を見ている。でもお気に入りとはちょっと違うような……。
「トーヴァ、それは違うの。エドは私が魔樹に傷を負わされた時、ドーピング……いや、えっと、自らに投薬しながら必死に治癒をかけてくれたそうです。だからお気に入りとかではなくて、エドは私の命の恩人なんです!」
──そう。正真正銘、エドは私の命の恩人だ。そしてレオンやグレンダ、マリンにロムス……。私は今世、沢山の人たちに助けられ続けて、今まで過ごしている。本当にありがたく思っているし、その気持を素直に伝えたつもりだった。
「もっ……勿体ないお言葉でございます。命を賭して殿下をお助けするのは臣下として当然の努めです故……」
「あはは! また殿下に戻ってるよ、エド」
レオンが笑いながら突っ込むと、エドアルドは可哀想な程にうつむいた。
「も、申し訳ございません、サンディ様!」
──それ以上うつむくと、テーブルに乗るお皿におでこが付いてしまいそうだ。
「い、いいのよ、エド! 慣れないお願いしてるのは私なんだから、気にしないで。ほら、顔を上げないと髪が料理にくっついちゃうわ」
エドアルドはうつむいたまま、横から顔に掛かる金髪を一房つまんだ。
「──これはお恥ずかしい。目測を誤ったようで髪を汚してしまいました。大変不躾ではございますが身を整えて参りますのでしばし失礼致します」
エドアルドは一気にセリフを吐くと、すごい速さで部屋から出ていってしまった……。
(いや、その髪の房は、皿には届きそうに無い場所だけど……)
そう思ったのだが、伝える間も無い。
「あらあら……」
トーヴァはただクスクスと笑っている。
(エド、耳まで真っ赤だったけど、そんなに呼びかた間違えたのが恥ずかしかったのかなぁ……)
……そんなレオンの疑問は、誰にも伝わる事は無かった。





