癒しの笛
反省会の後、ロムスの部屋……客間に戻るのに付き添った。
ロムスは何とか自力で移動できるものの、今は人の姿に変わる事が出来ないそうだ。今はその実体を維持するだけで精一杯──白妖精からはそう聞いた。
本当はそれを聞いてまた泣きそうになったけど、『サンディが泣くとロムスが辛いんだよ』とグレンダに言われ何とか涙を堪える。
部屋に着くと毛布がたくさん用意されていた。マリンが事前に持ってきてくれると言っていたけど、こんなに沢山運ぶのは大変だったろうに……。
ロムスにゆっくり部屋に入ってもらい、毛布を敷いたところに寝そべってもらった。その後多少動いても大丈夫なように周りにも毛布を敷いていったら、結局部屋の床ほとんどに毛布を敷くことになった。
敷き終わるとロムスはお礼を言った後、今日はもう寝むようにと言う……が、そうはいかない。今日の分の笛がまだじゃないか。それを吹くまでは寝ないと言い張って、何とか了解を得ることに成功した。
笛を吹いている間はずっと精霊達のことを考え、そして願った。
ロムスの身体を早く治してあげてほしい。痛かったり辛かったりする箇所があるなら、どうか少しでも楽にしてあげてほしい……。
それにロムスは『自業自得』と何度も言っていた。街の人たちの所に行けない焦りもきっとあると思う。たぶんロムスは、私と同じように自分を責めている。でも今だけはそういった事を忘れて、自身の回復に専念して欲しい……そんな事を願いながら吹き続けた。
笛を吹き終わると、ロムスは規則正しい寝息を立てていた。……よかった、眠れたらしい。
呼吸に合わせて微かに上下する胴体。美しく輝くエメラルドグリーンの鱗にそっと触れた。
(ロムス、本当にごめんなさい。そして……生きててくれて、本当にありがとう)
ロムスが消えなかった事が本当に嬉しくて……そこに在る事を確かめるようにその鱗に頬を当てた。冷たく滑らかなその感触を噛み締めていると、不意に強烈な眠気に襲われた。
そういえばいつもならもうとっくに寝んでいる時間だ。でも今だけは、もう少しだけこうしていたい……。
そのままうつらうつらしていると、ドアが静かに開く気配がした。
「まったく……これじゃ風邪をひくじゃないか」
グレンダの囁くような優しい声が聞こえた気がしたあと、ふわりと背中が暖かくなった。その気持ちの良い温みに包まれ、そのまま意識が遠のいた。
***
俺は反省会の後、重い身体を引き摺りやっとの思いで客間に戻った。
人間に変化できるほどの余力は無く……かと言ってやや小さくなってしまったものの、人間用のベットに収まるサイズでもない。
部屋まで付き添ってきた銀髪の嬢ちゃんが、床一面に何枚もの毛布を敷いてくれた。毛布越しにも床は硬く冷たいが、それでも雨風凌げる場所で身体を投げ出せる事が有難い。
「サンディ、ありがとな。……今日はもう遅いから寝ろよ」
そう言うとサンディは首をブンブンと横に振る。今ここでこれから今日の笛を吹くと言って聞かないのだ。
しかし……もう夜半も過ぎている。子供にこんな夜更かしをさせるのはどうかと思って言ったのだが、吹き終わるまで絶対に動かないという強い意思を感じて説得は諦めた。
――サンディの笛の音は相変わらず澄み渡って美しく……そして今晩は特に優しい。
精霊力が大きく失われたせいで、身体にまるで力が入らないというこの状況は変わらない。それでもこの音を聞いているだけで心底リラックスできるし、癒される気がする。
先程まで窓ガラスに激しく当たっていた雨の音が、今はもう聞こえない。外で散々暴れていた雨風の精霊すら、この笛の音に聞き入っているのだろう。
それにしても……今日は派手にやらかした。
俺は過去なんて気にしないし、メンタルもわりと最強の部類にあるという自負はある。それでも……今回は流石に凹んでいる。
俺が調子に乗ったせいでこんな小さな少女に大変怖い思いをさせ、本気で泣かせてしまった。
俺は部屋で寝ていたから見ていないが、婆さんが言うには今日の夕食は殆ど摂れず、スープをひと口舐めただけだという。
こんな小さな子供をそこまで精神的に追い詰めてしまったのは、確実に自分が調子に乗ったせいだ。それなのに、サンディはいつまでも俺に謝り続ける。謝られる度、逆に自分が責められているようで胸が苦しい……。
俺は結局その罰に耐える事ができず……謝罪をやめるよう頼んだ上、終いには茶化す形で無理矢理笑顔にさせた。
それでも今後、サンディは今回の事を思い出すたび後悔し自分を責めるだろう。そんな優しい子の心に傷を負わせてしまったのは完全に俺のミスだ。
しかも更に情けない事に……1ヶ月も足止めとは!!
街には魔女の作る薬を心待ちにしている人達が大勢いる。しかし彼らはここに入る事はできない。だから俺が届けるしかないのに……全くなんてザマだ。
俺は笛の音に慰められながらも、自己嫌悪が止まらない……。
(ああーーいかんいかん! これでは回復するもんもしなくなる!)
今だけは全て忘れて笛の音に身を委ねよう。そうでなければ心を込めて吹いてくれている嬢ちゃんに失礼だ。そう思い直し、改めて笛の音に聴き入った……。
***
気がつくと、窓の外が白み始めていた。俺はいつの間にか眠ってしまったらしい。
傍らに別の体温を感じて見てみると、サンディがその小さな身体を自分の胴体に預けスヤスヤと寝息を立てている。その小さな肩に別の毛布がちゃんと掛かっている所を見ると……おそらく婆さんの気遣いだろう。
その寝顔はとても穏やかで……昨晩までの思い詰めたような陰りが無い事に俺の心が救われる。今はもう少しこのままで、天使の寝顔を眺めながら休もう。
確かに色々と焦りはあるが、今の自分には何もできない。
とりあえず今はこの小さな天使の貴重な睡眠時間を妨害しないように……そう思いながら、再び眼を瞑った。





