特訓(サンディ編)
少し離れた場所でグレンダとロムスが話し合っている。周囲を見回したり指を刺したりして、お互いに何かを確認しあっているようだった。
しばらくして二人は私たちのところに戻って来た。
「さて、次はサンディだが……。お前さん、まだ自分の力の使い方をよく把握していないように見えるがどうだね?」
「はい、正直よくわかりません。何ができるかというのも曖昧だし、力の加減の方法も何だか実感がわかなくて……」
私は正直に答えた。
「じゃあ今回は対戦ではなくて、実験形式にしよう。――じゃあロムス、的役は任せたよ」
「ああわかった。サンディ、俺なら大抵のことじゃ死にゃしねえから安心してぶつけてきな」
「ありがとうございます!」
グレンダはマリンとレオンに声をかける。
「マリン、何かあったら森を守ることを最優先に行動だよ」
「はい~!」
「レオンは……まずいと思ったらとにかく身を守る行動を」
「は、はい……」
まだ魔法の使えないレオンは『安全第一』という事らしい。――というか、私の力はどれだけ過大評価されているんだろう?
「では私の言うものを出して、ロムスに当ててごらん」
「はいっ」
「まず基本的な所から、火球を」
右手を前に出し、手のひらをロムスに向ける。……ええっとなるべく具体的に、命令形で……
「ロムスに火球を当てろ!」
手のひらに灼熱を感じた次の瞬間、視界の全てが真っ赤に染まった。グレンダの身長を遥かに超える特大の火球は私の掌から弾けるように飛び出してロムスに向かい、お腹に響くような爆発音と共に爆ぜた。
「「「ロムス!」」」
爆心地ではもうもうと煙が上がり、ロムスの姿は見えない。マリンとレオンは泣きそうな顔でそれを見守り、グレンダは顔を引き攣らせている。
私は……自分のイメージしたはずの火球とは遥かにかけ離れた現物を目の当たりにして、完全に固まっていた。
煙が徐々に晴れてくると瓦礫の山が見えるばかりでロムスの姿が見えない。一同が息を呑んで見守っているとガラガラッと瓦礫の山が崩れ、中から大蛇の姿になったロムスが出てきた。
「はぁ……」
グレンダが安心したように息を吐いた。
「ここまでとはなぁ……まったく想定外だぜ」
よく見れば瓦礫の山はロムスが出した岩壁の成れの果てだった。火球の当たった面はどろりと溶けており、まだ赤々と熱を持っている。
「……サンディ、ああいう火球をイメージしたのかい?」
いやいやいやいやトンデモナイ。私はふるふると首を横に振り、手をグーの形にした。
「このくらいの大きさをイメージしてたんだけど……」
「ふむ……」
グレンダは顎に手をやって何やら考えているようだ。
「これは仮定だけど……サンディは精霊との対話を殆ど経験していないせいで、精霊に自分のイメージが上手く伝わらないんだろう。次はできるだけ小さいものをはっきりとイメージするようにしてごらん」
「は、はい!」
家来が王に諂うのはごく普通の事だ。この場合精霊は家来であり、サンディは王となる。王の希望は『言葉』として伝わるが、どの程度のものを所望しているか家来の側にはイメージが上手く伝わらない。そうなると『デキる家来』は少し……いやかなり盛って王の要求にお応えする……。
グレンダがこの仮説を伝えると、ロムスは思念でため息を付いた。
「なるほどなぁ。……まあいいさ。さっき程度なら何とかなるし、今より小さくなるなら更に楽だ。サンディ、次いってみようぜ!」
ロムスは元気よく元の位置に戻った……ただし、大蛇の姿のままで。
それ以降の実験は比較的上手くいった。
最初のうちこそ特大が大になった程度だったけど、風刃、水砲撃、そして石礫──基本的な型を、なるべく小さく小さく──というイメージでそれぞれ数を重ねるにつれ、徐々にイメージ通りに出せるようになってきた。
「よし、まあまあだね。では次は応用だよ。石礫に火球を纏わせると、さっき私がマリンに放ったような火炎弾になる。やってごらん」
その前に、ちょっと気になる……というか、やりづらいと思っている事がある。
「あの、一つ質問なんだけど……」
「何だい?」
「出すものの名前は、いちいち口に出して言わないとダメなんですか?」
「「いや、そんな事はないよ」ぜ」
グレンダとロムスが、即答したうえにきれいにハモった。
「さっきマリンとの訓練で私が言葉にしていたのは、あれは私が次に何を出すかをわざとマリンに教える意味もあったのさ」
「私も普段はいちいち言わないです~。でもさっきは、お師匠様と正面から勝負したい気分だったので~……」
マリンがちょっと恥ずかしそうにモジモジしていると、グレンダはふふっと笑んだ。
「きちんと精霊にイメージを伝えられさえすれば、別に言葉は必要ないよ。サンディはその為の訓練をこれからどんどん積んでいくといい」
「はい!」
そこからは、二つ以上の属性を混ぜる練習をした。
火と土で岩火球や溶岩を作ったり、水と風で水竜巻を発生させる。ただ、風に炎を纏わせてちょっと大きめの竜巻を作った時は、森が危ないという事でさすがに止められてしまったけど。
的役のロムスも面白がって相手をしてくれて、これは本当にありがたかった。ただ出すだけなのと違って、当てる目標があるとそれをコントロールする練習にもなる。
大きさを変えたり回数を重たりするにつれ、だんだんと『精霊にイメージを伝える』という感覚が掴めてきた気がする。そこで雲を作って雪を散らしてみるとマリンやレオンが殊の外喜んでくれた。
そして大きめの氷を飛ばしてみたり、雷撃を撃ってみたり……これはもう完全に遊びの感覚で、心底楽しい。
「お師匠様~、そろそろ夕食の準備をしたいのですが~」
マリンの言葉を聞いて初めて日が傾きかけていることに気付いた。レオンも少し退屈そうだ。私はそこで『今日本当にやってみたかった事』を改めて思い出し、慌ててグレンダに声をかける。
「あのっ、もう一つだけ試したい事があるの!」
「もうあらかた試したと思うが……どんな事だい?」
「白と黒の力を……」
「ああ……」
グレンダはちょっと難しい顔をしてロムスを呼んだ。
「俺も白妖精と黒妖精の力がどんなものか知りたい。しかし俺が防御出来るかは未知数だし、周囲への影響も予想できねえ」
やっぱりダメか……そう思った時。
「というわけで、とにかく威力を押さえて出来るだけ小さいものだったら試してもいいぜ……っていうか、やってくれ!」
「ロムス! あんた本気かい!?」
ロムスは大蛇の姿のまま、私達から距離をとる為に離れていく。
「俺も一応妖精の端くれだからな。そう簡単に死にゃしないだろ」
陽気にそう言いつつ、ロムスは定位置についた。
「よし、何時でもいいぞー」
ロムスの声が頭に届く。尻尾をプルプルと震わせて、妙に楽しそうだ。
「まったくアイツはお調子者なんだから……。サンディ、私もこれはどうなるか全く予想が出来ない。だから出来るだけ頑張って出力は下げておくれよ」
「は、はい……わかりました」
(──ふぅ)
呼吸を整えて、掌をロムスに向ける。
黒妖精の姿を思い出す。名前は黒だけど、見た目は昏い紫色だった。彼の纏う濃い紫色の昏い煌めきをイメージして、それをなるべく小さく小さく、小豆粒大に集めて……。
不意に、掌にぬるりとした何かを感じた。
(……えっ?)
いままでの撃ち出す感覚とは全く違う。
湿感を伴って手のひらから飛び出した濃紫の小さな粒は、ロムスの造る何段もの防御をまるで何も無いかのようにあっさり貫通し、そのままエメラルドグリーンに輝く鱗を貫いた。
「……っ!」
「「「ロムス!」」」
「いやぁっ! ロムス!!!」
頭の中が真っ白のまま必死に彼の元へ駆け寄った。見れば傷口は小さいけど、胴に空いた漆黒の穴からグリーンに輝く砂のようなものがどんどん溢れ出て消えていく……。
「ロムス! 自分で止められないのかい!?」
「……くっそ、なんだこれ…自分で止められねえ……っつ……力が……抜け、て……」
ドサリと音を立てて力なく地面に倒れた大蛇が、少しずつ小さくなっている事に気付いて背筋が凍る。
どうしよう
どうしよう
どうしよう
どうしよう
どうしよう……
私が地面にへたりこんでパニックになっていると、グレンダが私の両肩を掴んだ。
「サンディ、笛をお吹き。今すぐ黒妖精様にお願いするんだ」
「は、はいっ……」
そうは言ったものの手も身体も震えが止まらず、内ポケットの笛をうまく取り出せない。
するとマリンが横から手を伸ばし、すっと笛を取り出して私の両手にしっかりと持たせてくれた。その両手をマリンは上から両手でぎゅっと包み、私の目をまっすぐ見る。
「サンディお願い、落ち着いて~。きっと……きっとサンディなら出来るから~……」
そう言いながら私を見つめるマリンの目は潤み、両手は氷のように冷たい。そしてポンと両肩に暖かい手が乗った。見れば後ろにレオンが立っている。
「──大丈夫。サンディならできる!」
「二人とも……」
二人の心が自分を冷静にさせた。
(加害者の私がパニクってどうする……。他の皆はもっともっと心配なはずなのに……!)
「うん、ありがとう。取り乱してごめん」
「ううん、無理もないわ~。お願いね、サンディ~」
「サンディ、頑張って!」
──腹は決まった。手の震えがまだ少し残るけど、笛を構えて息を吹き込めばいつもどおり高く澄んだ音が響く。
(お願い、黒妖精様……どうしたらいいかわからないの……ロムスを助けて!)
「……なっ!? 愛し子! お主、一体何て事をしてくれたのだ!?」
大きな声に驚いて目を開けると、目の前に黒妖精が現れていた──が、見るからに相当怒っている……。
「お願い、私にも何が起きたのかわからないの!」
気づけば涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
「あとでいくらでも罰は受けるから……お願い! ロムスが死んじゃう!! 助けてっ、お願い!!!」
「黒いの! いいから治癒が先よ! 早くっ!!」
見ると白妖精がグレンダの傍にいて、ひどく慌てた様子で黒妖精を急かしている。
「……チッ」
黒妖精は強く舌打ちをしてロムスの元へ向かった。漆黒の穴となった傷口をさらりと撫でると、黒く開いた穴は直ちに塞がる。でもまだ輝く砂の流出は止まらず、ロムスの目は開かないし身体も小さくなり続けている……。
「……白いの」
「わかってるわよ!」
白妖精の手から、スルスルとリボンのように白金の光が伸びる。それはロムスの傷口にくるくると包帯のように巻き付くと、一瞬だけ眩しく光りそして消えた。見れば既に砂の流出は止まり、ロムスの身体が小さくなるのもようやく治まった。
「ふう……これでよし、っと。あとは……」
白妖精がついと飛んで私の左肩に乗った。そして私の頬にその小さな手を当てる。
「私達の力は、こう使うのよ……」
耳元で囁くような声が聞こえた途端、自分の全身から白い光が迸った。
その光は前方に向かって集束して太い束となり、そのままロムスの背後に集中する。地面に当たったその光弾は大きく弾け、地上で爆発した花火のようにキラキラと瞬きながら地面に落ち、そして消えていった……。
「はい、浄化完了♪」
「……今のは何?」
「サンディがさっき放った黒の力を全て浄化したのよ。アレは地上では自然に消えないの。ロムスを貫通したアレが地面に埋まったままだと、このあたりに住む精霊たちに悪い影響がでちゃうわ」
「そんな怖い力だったんですね……本当にごめんなさい。全部私のせいです……」
申し訳ないやら情けないやらで、皆の顔を見ることが出来ない……。うつむけば再びはたりはたりと涙がこぼれ落ちた。
すると腰の辺りに違和感を感じた。……何かが私のお尻を撫でている。
(……??)
俯いたまま手をそっと後ろに回すと、つるりとした鱗を感じた。ハッと振り返るとロムスの尻尾の先が私に寄り添うようにゆっくりと動いている。プルプルと力なく、尻尾の先がわずかに震えている……。
「サンディ……そんなに自分を責めるな……無知なまま煽って、調子に乗った……俺の、自業自得だ……気にすんな」
「ロムス! 気がついたのね!!」
うっすらと目を開けた大蛇の首元に抱きついた。本当に嬉しくて嬉しくて嬉しくて……。
「ロムス、ごめんなさいっ! 私……本当にごめんなさいっ……!」
感情のままに声を上げて泣きじゃくってしまう……もう止められない。
前世での長い入院生活。
その中で病室友達……略して病友や、友達にまでならなくても年齢の離れた顔見知りが亡くなっていくのを何人も見てきた。
昨日まで一緒に話をしていたのに、夜中に廊下がバタついたなと思っていたら翌朝にはすでにベットが空、なんて事も珍しくなかった……。
もしもあんな風に突然、ロムスと別れるようなことがあったら……?
しかもあの優しいロムスが、自分の手から出た力で死ぬ……そんな想像をしているだけで胸は苦しくなり、胃のあたりがキュゥと締め付けられるように苦しい。うっすらとした吐き気を堪えながら、ただただひたすらロムスに謝り続けた。
***
「うん、とりあえず生き延びたわね。間に合ってよかったわ♪」
白妖精が笑む横で、黒妖精は泣きじゃくるサンディをチラと見る。
「魔女よ、一旦落ち着いて皆を休ませた方がいい。……話はそれからにしよう」
「そうですね、承知致しました……」
(……ん?)
レオンはふと湿っぽい匂いを感じた。空を見ると、山の方から暗雲が立ち込めてきている。
(今夜は嵐になりそうだな……)
そう思ったが、今はそんな事を言える空気ではないので黙っていた。
その日の訓練はひどく暗い雰囲気のまま終了し、そのまま屋敷に帰ることになったのだった……。





