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隠された翼  作者: 月岡ユウキ
第一章 幼年期編

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グレンダと白妖精

 グレンダは自室のソファーに腰をかけ、テーブルに置かれたグラスワインを一口飲んだ。

 魔道ランプの光量は絞られている。仄暗い部屋の窓は解放され、夜風にのってサンディの奏でる笛の音が聴こえていた。


 優しく軽やかな笛の音は、精霊の加護を受けているグレンダにとっても非常に気持ちよい。ワインの味わいと相まって、グレンダは心地よいほろ酔いに身を預けていた。


 二曲奏でた所で、笛の音が止まった……黒妖精と何か話をしているのかもしれない。

 サンディが望むなら、少しでも自分の力や正体について解るとよいのだけど……そんな事を考えていると、高く澄んだ鈴のような、しかしやたらと気さくな声が聞こえた。


「グレンダ、ひっさしぶり~♪」

「白妖精様!」


 グレンダは慌てて立ち上がった。開け放たれた窓の枠には、新月の闇を背景に淡く白く光る小さな少女――蝶のような四枚の羽を持つ白妖精がちょこんと腰掛けて、ひらひらと手を振っている。


「ゆっくりしている所にお邪魔してごめんなさいねー。今日はちょっと貴女にお願いがあって来たの」


 白妖精はふわりと風に舞うように飛ぶと、テーブルの上に置かれた書籍に腰掛けた。『楽にして、座って座って』と合図し、グレンダを再びソファーに座らせる。


 瞳孔のない釣り上がった大きな白い目をキラキラさせながら、白妖精は話を切り出した。


「あのね、サンディの事なんだけど。できればこのまましばらく、貴女に預かって欲しいの」

「それは構いませんが……そもそも彼女はどのような者なのか、差し支えなければお聞かせ願えませんか?」


 白妖精はうーんと考える仕草をしたが、すぐに笑顔になる。


「まあ()()()が本人に教えるし、すぐバレるわよね。サンディは天界王の娘。いわゆる()()()よ」

(……)


 思い当たる節がありすぎて、グレンダは思わずこめかみに手をやって目を閉じる。

 ()()されていた時の髪や目の色、笛の尋常でない力や翼の顕現から考えて、高位の翼人だということは見当がついていた。

 しかし、よりにもよって()()殿()()だとは……。


「今頃()()()が、サンディに力の使い方を教えているわ。あの子は『精霊王の祝福』を受けているの」

「それは一体どのような力ですか?」

「『精霊王の祝福』は、天界の王族にしか賜ることのない力よ。精霊の全てを屈服し従わせる強い力……ただし、本人の素養がなければ受け取ることすらできないわ」

「そのような恐ろしい――いや強い力を、あの子が……」


 白妖精は(うなず)いた。


「そこでお願いなんだけどね。明日以降、彼女に色々な体験をさせて教育して欲しいの」

()()()、というと?」


 あまりに漠然としていてピンとこない。


「この地上の世界で生きていく常識や知識、処世術など、全てね」


 グレンダの中で一瞬、嫌な考えが頭をよぎる。一瞬間を置いて、思い切って尋ねてみた。


「天界王は娘を迎えに来る気がない、という事でしょうか?」

「今はその時じゃないの」

「……」


 説明を待つ意味で黙っていると、白妖精はポツポツと話し始めた。


「サンディのブレスレットは、彼女の母……天界王妃が授けた物よ。そして今、王妃はとある男に囚われ行方不明で、天界は王妃が欠けた状態。王は一人で世界のバランスを保つために、今は天界から離れられないわ。そして王妃を探す手がかりは、ブレスレットに付けられた青紫の玉……あれだけなの」


 ――なるほど。要するに今は、王妃を助けに行ける者がサンディしかいないという事か。


「しかし……サンディはまだ、些か幼すぎませんか?」

「ええ、今はまだその時ではない。学ぶべきこと、そして()()()()()()()()()()()()()が多すぎるわ」


「それにしても、教育という意味では、私などより天界の方々の方が最良なのでは?」

「天界や精霊界は、王妃が囚われているらしい地下世界からは遠すぎるの。それにあっちは地上の民の世界を知らない者がほとんどだから、()()という意味では偏りがちね」

「そこで私に白羽の矢が立った、というわけですね。しかし……」


 グレンダは顎に手をやって(うつむ)いた。


「グレンダ、他に何か問題が?」

「……私にはもう、あまり時間がありませんので」


 グレンダは少し寂しげに笑う。


「私は人間の身。今までは自分の持って生まれた百年の他、四大精霊様達にそれぞれ百年のお時間を頂いて、この森の秩序を守って参りました。そんな生活も、今年で四百七十年経っております。そんな今、私共からすれば永遠ともいえる時を生きるあなた方の子供を、十分にお育てする時間が残されているのかと……」


「ふむ……後継はいるの?」

「はい。マリンという者がおります。ドワーフ族ですので、寿命には余裕があるかと。……ただまだ若く、力量も伴いません。昨日もあなた方の声を聞くことはできましたが、視ることは叶いませんでした」

「そっか……そちらも急ぎ育てる必要があるわね」


 しばし考えた後、白妖精はすっと本の上に立ち上がった


「では後二十年……いや長いわね。――あと十年だけ貴女を頼らせて。その間だけはサンディを含めて皆をまとめて導いてくれない? それ以降はこちらでなんとかするわ」

「……承知いたしました。私もできる限りの努力をいたしましょう」

「ありがと、感謝するわ。適宜必要な助力は回すようにするわね」


 ふわりと飛んだ白妖精は、グレンダの左肩に腰掛けた。するとグレンダは左頬に、ひんやりとした優しい気配を感じる。


「グレンダ、貴女にこれを預けておくわ」


 白妖精の手から白金色の光が舞い、グレンダの左手で細長い(つた)のように絡む。その光が収まると、中指に大きな月光石(ムーンストーン)があしらわれた指輪が現れた。石の周囲には繊細な細工が施されており、ひと目で匠の品とわかる。


「何か手に負えない事が起きたら、これで私を呼ぶといいわ。それにこれを貴女が使えば、()()程度なら祓えるはずよ」


 黒い翼人を祓えるようになるのはとても助かる。今、サンディ達を守るためにはどうしても必要な力だ。


「確かに、お預かり致します」


 グレンダの返事を聞き、白妖精は満足そうに笑んだ。


「じゃあよろしく。今晩はこれで失礼するわね♪」


 そう告げると、白妖精は白金色の粉のような光を振りまきつつ、窓から出ていって宙に消えた。


 グレンダはここでやっと、サンディの笛が再び奏でられている事に気づいた。額には汗で髪が張り付き、背中には冷えた汗を感じる。


 白妖精は気さくに話しかけてはいるが……今まで遭遇した事のない強大な力に対して、身体が本能的な畏怖――あるいは脅威を覚えているのかもしれない。この役目の荷の重さ、そして責任の重さに、白妖精から直接指輪を付けられた左手が少し震えた。


「……ふんっ」


 気合を入れ直し、グレンダはグラスに残ったワインを一気に飲み干す。


「私はこの森を守るだけで精一杯の、しがない()()なんだけどねえ……」


 グレンダの愚痴めいた独り言は、新月の闇に吸い込まれていった。

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どうぞ宜しくお願い致します。

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