力と責任
夕食を終えた後、片付けを手伝っているとグレンダに声をかけられた。
「今日はお務めの日だね?」
「はい、そうです」
今晩は新月だ。加護を与えてくれた黒妖精のために笛を奏でる約束の日。しっかり務めを果たすようにと言われて送り出され、私はそのまま自室のベランダに向かう。
ベランダには木製の簡素な椅子とテーブルがある。椅子に腰掛けてテーブルに置いた魔導ランタンの灯りを極限まで絞ると、辺りはほぼ闇になった。
木々の葉が風に揺れて、サラサラ鳴っている。満天の星空の下、微かに虫やカエルの鳴き声も聞こえてくる。自然の音を聞きながら目を瞑り、白い横笛に息を吹き込んだ。
高く澄んだ音が周囲に響くと、自然界に溢れる四大精霊たちが喜んでいるのを感じる。黒妖精も聴いてくれているかしら……。
「うむ、良い良い」
目を開くと、ベランダの手すりに腰掛けて足を組む黒妖精が、その漆黒の瞳で私を見ている。蜻蛉のような細い羽を震わせると、濃い紫色の粉のような光がキラキラと舞う。私はそのまま、しばらく演奏を続けた。
二曲奏で終えたところで、黒妖精が話しかけてきた。
「相変わらず良い音色だ。ところでお主、最近は力の行使を試しているようだの」
「はい。早く力を自由に使えるようになって、みんなの役に立ちたいと思っています」
昼間、四大精霊の力の行使を練習している事を知っているのだろう。私は正直に本心を伝える。
「お主には四大精霊の加護は無い。しかしそんな加護なぞ必要ない能力を既に持っておるではないか」
「えっと……何のことでしょう?」
「お主には『精霊王の祝福』がある」
『精霊王の祝福』とは、一体何のことだろう。そんな名前は、グレンダの授業でも聞いたことが無い。
「それは……一体どういう力ですか?」
「すべての精霊を従え、命令する権力だ。お主の命令に、精霊達は決して逆らえぬ」
「権力ですか……。でも今まで何度もお願いしましたけど、少ししか力が使えないんです」
黒妖精は組んだ足に頬杖を付いて怪訝そうな顔をした。
「はぁ? 願いと命令は異なるものだぞ?」
「あっ……」
――そうか。今まではお願いだったせいで、精霊たちはある程度の力しか出してくれなかったのかもしれない。
「加護を乞うのみの人間からそう教わったのだろうが、お主は違う。願ってもダメなのだ。ハッキリと命じろ」
黒妖精の言う通り、グレンダからは『精霊には敬意を持って接し、力を分けて頂く、手伝って頂くという心を忘れてはいけない』と教わった。その為、今までは常に『お願い』の姿勢だったのだ。
よし、早速試してみよう。私は空中に向かって命じてみた。
「……明かりを灯せ」
ボッという音とともに空中に炎が灯ると、松明の様な明るさで周囲を照らす。
今まではろうそく程度の頼りない炎しか灯らなかったのに……あっさりと解決してしまった。
「消えろ」
命じると炎はあっけなく消え、もとの夜の闇に戻った。
「お主に訓練など必要ない。お主は意志を持って命令だけすればいいのだ。さすれば精霊は必ず従う」
「必ず、ですか……」
少し不安を感じ、笛を強く握りなおした
「それは、とても怖い力ですね」
すると黒妖精は、意外そうな顔をする。
「ほう、嬉しいよりも、怖いか?」
「はい。これはすごく強い力だけど、もし私が判断を誤れば……大変なことになる可能性もありますよね?」
「そうじゃ、よく理解しておるの。やはりお主は聡い」
黒妖精は嬉しそうに笑った。
「強い権限には、同じくらい強い責任が伴う――それが理だ。強い力を行使できるが、その使い方を誤ったり、結果が理から外れた時は……」
「……外れた時は?」
「お主は咎人となる」
ひときわ低い黒妖精の声に、背中がぞわりとした。ああそうだ――私も『黒い翼人』になりうる種族なのだ。
思わず黙ってしまった私に、黒妖精はニッと笑ってみせた。
「……さて、今宵の授業はこのくらいにしておこうかの」
「あのっ! 色々教えてくださってありがとうございます」
私が立ち上がって深々と頭を下げると、黒妖精の機嫌良さげな声が降ってくる。
「良い良い。聡い子に理を教えるのは、こちらも楽しい故。さあ、もう一曲頼まれてくれるか」
「はい!」
その晩、黒妖精が私の力について教えてくれたのはそこまでだった。あとは曲の合間に他愛もない話……白いのはうるさいとか、いたずらが過ぎるとか……延々と白妖精に対する愚痴を聞かされた。
半月後の満月の晩、白妖精にはどんな話を聞かせてもらえるだろうか。今から楽しみで……いや、少しだけ不安を感じる私だった。





