ますたあど
ロムスが屋敷を出発した日から、二週間近く経った。
私はグレンダから、四大精霊の力の行使を学んでいる。笛を吹く以外の方法で水や炎を出し、風を起こし、土壁を作る。精霊の加護を貰った記憶はないけど、小さなものならそれぞれ出せた。
でもグレンダのように実用的なレベルには程遠い。
炎はせいぜいろうそくレベルだし、水は細く開けた水道からチョロチョロと出る位。風は手のひらに乗る葉っぱをやっと回す程度だし、壁は壁と呼ぶには程遠く、脆いレンガ……いや土塊ができただけで……。
それでもグレンダからは『日々是練習』と言われているので、今日も庭で地道に練習を続けている。
「おーい、サンディー!」
レオンが手を大きく振りながらこちらに歩いてくる。籠を背負っているところを見ると、今日は採取のようだ。
「おかえりー!」
同じように大きく手を振って出迎える。
あれから毎日、レオンは狩りを目的としない時でも、時間を見つけて動物と一体になる感覚を練習しているそうだ。あと、ロムスが冗談半分で言いつけた『毎日腕立て百回』も律儀に続けているという。
カゴの中を見せてもらうと、キノコや木の実、薬草などが沢山入っている。
「レオンはすごいね、こんなに沢山採ってきたんだ」
「村に居た時から、狩りや採取は僕の仕事だったからね」
ちょっと得意げだが嫌味な感じはなく、むしろ猫の姿なので可愛いが過ぎる。
「──あれ? 何くっつけてんの?」
レオンの頭や肩の部分に、黄色っぽい小さな粒が沢山乗っている。手にとってみると何かの種子みたいだ。
「ああこれ、きっと河原の横の草むらで採取してた時に付いたんだと思う。触るとさやがパチパチ弾けて、種がいっぱい飛んできてさー。ちょっと目に入って痛かったんだ」
「そうなんだー」
でもこれ、何処かで見たことがあるような……。そう思って一粒口に放り込みむ。ガリッと噛むと、ビリッと目が覚めるような辛さだ。
「ーーーっ!」
「サンディ何やってんの!? 大丈夫!?」
辛さと苦さにもだえつつも、私はある確信を持った。
──これはカラシナの種だ。
「ねえレオン、この種は何処にあるの? 私、これいっぱい欲しい!」
「え? この種が欲しいの?」
「そう! たくさん欲しいわ!」
それからマリンにお願いして清潔な麻袋を借り、レオンと二人で河原に行って沢山の種を採取してきた。
ちなみに河原の辺りもグレンダの結界の中だそうだ。結界は相当広い範囲の森をカバーしているらしい。
採取してきた種は袋のままよく洗い、天日に干して乾かす。夕方に取り込むと、小瓶十個に収まった。
「で、これを何に使うんです~?」
「これで、調味料を作ります」
「またサンディが、美味しいものを発明してくれるのね~」
前世で読んだ『手作り調味料』の本。ほとんどが入院生活だったから全く実践は出来なかったけど、いつか試してみたかったのだ。
酢と塩、少しの砂糖を混ぜた液を作ると、種の入った小瓶ヒタヒタに入れた。
種がある程度ふやけたら、石臼でゆっくりと挽く──石臼があったのは本当に助かった。すりこぎでゴリゴリやるのはちょっと時間がかかりすぎるし、力も相当必要だから。
その後、再度酢に浸して熟成させる。……いわゆる「粒マスタード」作りである。
味見をしたマリンはそのすっぱ辛さにびっくりしていたが、同時に美味しさにも気づいたみたいだ。
「まだ辛みと酸っぱさが刺々しい感じですけど~、馴染んだらこれ、絶対お肉に合いますね~」
「この種、お屋敷の畑に蒔いてもいいかな?これは葉っぱも食べられるの」
「ええ、明日にでも蒔きましょう~」
──これは後に「北の森の魔女謹製 ますたあど」という名前で売り出され、王都で流行りに流行る調味料誕生の瞬間であった。





