99.エキシビションマッチ
そのあと、CDブロック代表決定戦、EFブロック代表決定戦が続いた。
どっちも「いかにも本戦慣れしてます」って感じの上級生が、
順当に勝ち上がっていく。
観客席は、さっきまでの試合でまだざわついたままだ。
「続きまして、Gブロック代表と、シード選手による代表決定戦です!」
アナウンスが響いたところで、控え室のドアが開いた。
「ルデス殿下、診察の結果が出ました」
白衣の治癒士が現れる。
◆◇◆◇◆
ルデスは上着を脱ぎ、傷のある肩を露出させていた。
治癒士が淡い光を流し込んでいくと、古い傷の“筋”が、うっすら浮かび上がる。
「……動かすだけなら、もう問題ありません」
治癒士が、ゆっくりと言った。
「ですが、“全力で振る”となると別です。
今ここで強い衝撃を与えれば、癒えた部分がまた裂ける可能性が高い」
「結界内だぞ。最悪でも」
「殿下」
白衣の男が、珍しくきっぱり遮った。
「レンくんと一緒で……この傷を完全に消すには…」
ルデスは少しだけ目を伏せ、それから小さく笑った。
「そこまで言うなら、無茶はやめておこう」
治癒士は、ほっと息を吐く。
「申し訳ありませんが、今回は“棄権”とさせてください。
殿下の腕は、まだ王都のために使う場面が残っていますから」
「分かった。判断に従う」
ルデスは上着を羽織りなおした。
◆◇◆◇◆
「シード選手、ルデス・リステア殿下は――
怪我の悪化を防ぐため、代表決定戦を棄権されます!」
アナウンスが広場に響く。
観客席からは、残念そうな声とどよめきが上がった。
代わりにGブロック代表がそのまま本戦トーナメント進出となり、
その後の準決勝、決勝が続けて行われた。
……結果だけ言えば、イオンがそのまま優勝した。
準決勝でも、決勝でも、やることは一緒だ。
相手の得意な間合いに、わざわざ自分の足で入っていくくせに、
ギリギリのところで全部いなして、
「ここだ」ってタイミングで一撃だけ刺してくる。
(やっぱり、あの人……)
俺の速さには“ギリギリ”でついてきた。
でも、他の相手には、かなり余裕
そんな感じだった。
「――これにて、大剣術祭・本戦優勝は、
上段ABブロック代表、イオン・グラント選手に決定です!」
最後の勝者宣言が降りる。
歓声が巻き起こる中、
イオンは特に喜ぶ様子もなく、剣を軽く下ろしただけだった。
◆◇◆◇◆
その少しあと。
「最後に――特別試合を行います!」
アナウンスの声が、さらに一段高くなる。
「本戦優勝者、イオン・グラント選手と――
王都の勇者、リアム・グラントによる、エキシビションマッチです!」
観客席が、一斉に沸いた。
隣でリーナが息を飲んだ。
「優勝者と勇者の試合って……反則級の目玉ね」
王都の“見せ場”としては、これ以上ない組み合わせだ。
◆◇◆◇◆
闘技場中央。
イオンとリアムが、向かい合って立つ。
「イオン・グラントです」
イオンが、淡々と名乗った。
「せっかくの機会だ。少し付き合ってもらう」
「リアム・グラント。よろしく」
リアムはいつもの調子で笑う。
「優勝、おめでとう。
全力とは言わないけど、真面目にやろうか」
「……そうだな」
イオンは、相変わらずどこかやる気の薄い目でそう返した。
結界が張られる。
審判が合図の位置に立ち、短く手を振り下ろした。
「――始め!」
最初に踏み込んだのは、勇者だった。
リアムが地面を蹴る。
昼間見たどの試合よりも速い踏み込み。
光をまとった剣が、真正面からイオンに襲いかかった。
イオンは、ほんのわずかに体の向きを変えるだけで、その一撃をいなす。
金属が擦れる澄んだ音。
そのまま、逆に懐へ入り込む。
細い剣筋が、リアムの腕をかすめるように走った。
結界が光り、勇者の袖に浅い裂け目ができる。
そこからは、ほとんど“見せ合い”みたいな応酬だった。
リアムの剣は、重くて速い。
大振りではないのに、一撃ごとの圧が段違いだ。
イオンの剣は、動きだけ見れば軽そうなのに、
当たった瞬間だけ、重さがぐっと乗る。
何度も打ち合い、火花が散る。
(……さっきまでと、完全に別モードだな)
イオンは、本戦の時より明らかに技を多く使っている。
足さばき、上体の軸、間合いの出入り。
そして、速さ
少しずつ“差”は出てきた。
リアムの肩や前腕に、小さな傷が増えていく。
イオンの方は、服が少し擦れた程度で、ほとんど傷がない。
「勇者、押されてない?」
リーナが小声でつぶやく。
「……今のところは、イオンの方が一枚上かな」
俺も、素直にそう答えた。
やがて、リアムが一度大きく息を吸う。
光が、一段と強くなる。
「――行くぞ!」
勇者の剣が、真正面から振り下ろされた。
結界がきしむほどの一撃。
イオンはそれを受け止め――
受け止めた“形”のまま、ふっと力を抜いた。
勢いを殺されないまま、光の剣が横へ流れ、空を切る。
勇者の体勢が、わずかに崩れる。
(今、決められたな)
そこからなら、首でも心臓でも、いくらでも致命打を入れられる――
結界があるとはいえ、“勝ち筋”としては一番きれいな場面。
……なのに。
イオンは、その間合いを自分から外した。
もう一歩踏み込める距離から、逆に一歩、すっと下がる。
“決め手”を、意図して捨てた。
少しだけ、静寂が落ちた。
イオンは、かすかに息を吐く。
剣先が、ゆっくりと下りた。
そのまま、構えを解く。
「……」
何も言わない。
リアムも、すぐには動けなかった。
大きく崩れた体勢を立て直しながら、
目の前の男をじっと見ている。
イオンは、その視線を一度だけ受け止め――
ふいっと興味を失ったように、顔をそらした。
剣を肩に引っかける。
観客席から歓声ともざわめきともつかない声が上がる中、
彼は何も言わないまま、結界の端へ向かって歩き出した。
背中は、勝っても負けてもどうでもいい、
そんなふうにしか見えない。
結界が解ける光が走り、
そのままイオンの姿は闘技場の外へ消えていく。
途中で振り返ることも、手を振ることもない。
ただ、静かに立ち去った。
しばらくして、場内アナウンスがようやく状況を整理する。
「――特別試合は、イオン・グラント選手の棄権により、
勇者リアム・グラントの勝利とします!」
少し遅れて、拍手と歓声が広場を包んだ。
リアムは、複雑そうな表情を浮かべながらも、剣を掲げてそれに応える。
俺は、その背中と、
さっきまで闘技場にいたはずのもう一人分の“空白”を、じっと見ていた。
(……やっぱり、ただの剣士じゃない)
勝てなかった悔しさと、
どうしようもない違和感が、胸の奥で静かにくすぶり続けていた。




