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94.続くブロック決勝

 視界が白くはじけ、闇が一気にほどけていく。


 次に見えたのは、結界越しの空と、ぐるぐる回る観客席だった。


 「……っ、あ」


 気づいたら、俺は仰向けに倒れていた。

 右肩には、さっきの一撃の名残がずきずき残っている。


 結界の光は薄れ、少し離れた場所で、エルンが長剣を構えたままこちらを見ていた。


 「まだ、起きてくるか」


 低い声が落ちる。


 「今の一撃で終わったと思ったんだがな」


 「悪いな。まだ寝る気になれなくてさ」


 喉が乾いていて、声が少し掠れた。


 ぐっと腹に力を入れ、上体を起こす。

 足を床につけ、ゆっくり立ち上がると、観客席からざわめきが広がった。


 左手の漆黒に近い銀の――王の刃。


 握り心地は変わらない。

 でも、さっきまでとは違う“芯”が手のひらに乗っている気がした。


 (この試合で一度きり。ここだと決めた瞬間だけ――だ)


 さっきの会話を思い出しながら、ゆっくり息を整える。


 


 「続行可能と判断する」


 審判の声が響く。


 結界が再び明るくなり、空気がぴんと張り詰めた。


 エルンは、長剣を肩口に構え直す。

 全身に、うっすら魔力の気配がまとわりついていた。


 「まだ目が死んでないな」


 彼はわずかに口元をゆるめる。


 「さっきよりはいい顔をしてる」


 「そっちも、まだまだ元気そうだしね」


 


 互いに一歩も動かないまま、数秒だけ時間が流れる。


 肩は痛い。足も重い。

 でも、頭ははっきりしていた。


 (無駄に突っ込むのはナシだ。

  “ここで決める”って決めた一瞬だけ、全部乗せる)


 


 「――始めッ!」


 合図と同時に、床がわずかに震えた。


 先に動いたのは、エルンだった。


 これまでよりも、わずかに深い踏み込み。

 正面から、真っ向勝負の一撃を狙ってきている。


 「終わりにするぞ」


 長剣が、上から振り下ろされる。

 さっき、俺を吹き飛ばしたのと同じ軌道――いや、それ以上に重い。


 (正面から受けたら、今度こそ終わりだな)


 ほんの一瞬でそこまで考え、同時に足を踏み出す。


 今までより、わずかに“遅く”。

 エルンの斬撃が落ちてくる、ほんの少し手前のタイミング。


 (まだだ。ここじゃない)


 右手の短剣で、長剣の側面を軽く叩いて軌道を外す。

 同時に、一歩だけ横へ滑り込む。


 刃が頬のすぐ横を通り抜け、結界が眩しく光った。

 髪がかすかに揺れる。


 (……今じゃない。もう一段階、前)


 


 エルンの足が、床を踏みしめる音が聞こえる。


 長剣を振り抜いた反動を殺さず、そのまま体勢を立て直そうとしている。


 魔力で強化された筋肉。

 踏ん張りを効かせれば、すぐに次の斬撃が飛んでくる。


 (そこで、転ばせる)


 胸の奥で、カチっと何かが噛み合った。


 (――ここだ)


 


 その瞬間、左手の王の刃の“乗り方”が変わった。


 重くなったわけじゃない。

 軽くなったわけでもない。


 さっきまでバラバラだったものが、一つにまとまったみたいな感覚。


 足、腰、肩、腕。

 全部が、刃先にまっすぐ繋がっていく。


 


 「っ……!」


 エルンの視線が、ほんの一瞬こちらへ向いた。


 体勢を戻そうとする、その直前。


 俺は地面を強く踏み込む。


 左足から伝わった力が、腰を通って肩へ、そして王の刃へ。


 左の短剣が、踏み込んだ足のすぐ外側――

 結界で守られた「限界ギリギリ」の位置を叩いた。


 結界が光る。


 「――っ!」


 エルンの重心が、ぐらりと揺れた。


 強化された足でも、支えを崩されれば一瞬体が浮く。


 (そこから、もう一歩)


 


 右の短剣を逆手に持ち替え、脇腹の少し下――

 身体強化が薄くなっている部分へ滑り込ませる。


 さっきまでとは違う感触が返ってきた。


 硬い鎧の表面だけじゃない。

 その奥、芯まで届いた手応え。


 結界が青白く光り、その衝撃を受け止める。


 (止まった)


 エルンの腰が、わずかに沈む。


 そこから先は、もう考えるより先に体が動いていた。


 


 左足をさらに一歩踏み込み、王の刃を大きく振りかぶる。

 狙うのは頭でも首でもない。


 結界の制限で「気絶させられる」場所――みぞおちのあたり。


 息の根だけをまとめて叩き、他は壊さない場所。


 「――っらぁ!」


 ほとんど叫ぶように息を吐きながら、刃を振り抜いた。


 王の刃が、エルンの体へとまっすぐ走る。


 重さが、さっきとは比べものにならないくらい素直に乗っていく。


 


 鈍い衝撃。


 結界が白く弾けた。


 エルンの体が、くの字に折れ、そのまま後ろへ吹き飛ぶ。


 長剣が手から離れ、床を転がった。


 「――が、はっ……!」


 潰れたような息の音が聞こえる。


 エルンは背中から結界にぶつかり、そのまま膝から崩れ落ちた。

 両手をつこうとしても力が入らないのか、前のめりに倒れ込む。


 


 静寂。


 観客席のざわめきが、一瞬だけ止まった。


 (……ここまでだ)


 その瞬間、王の刃から“芯”の感触がふっと抜けた。


 手の中の重みは、ただの短剣と変わらない。


 右肩の痛みが、一気に戻ってくる。

 膝が笑い、思わず片手を床についてしまった。


 


 「選手、動けますか!」


 審判が、エルンの方へ駆け寄る。


 少しして、首を横に振った。


 「意識はあるが、立てない! 戦闘続行不能!」


 それを確認してから、彼は大きく片手を上げる。


 「勝負あり!

  上段ブロック代表――レン・ヴァルド!!」


 


 遅れて、観客席から歓声が爆発した。


 耳が少し痛くなるほどの声量。

 それでも、今度はちゃんと現実として入ってくる。


 (……勝った、のか)


 自分で自分に確認するみたいに、心の中で呟く。


 


 医療班がエルンを担架に乗せ、結界の外へ運び出していく。


 顔色は悪いが、口元にはわずかに苦笑が浮かんでいた。


 すれ違いざま、かすかに唇が動く。


 「……いい、一撃だった」


 そんな言葉が聞こえた気がして、俺は小さく頭を下げた。


 


 結界が解除される。


 観客席の一角で、ルデスが静かに頷き、軽く片手を上げている。

 その隣で、リーナが大きく息を吐いて、胸を押さえていた。


 (借りたのは、本当に少しだけだ)


 左手の短剣――王の刃を見下ろす。


 刃は、何事もなかったかのように静かに光を返しているだけだった。


 (ありがとな)


 心の中だけでそう呟く。


 もちろん返事はない。

 ただ、握り心地だけが、ほんの少しだけ前より馴染んでいる気がした。


 


 「Aブロック代表、おめでとう」


 審判が近づいてきて、短く声をかけてくる。


 「……ありがとうございます」


 肩の痛みを誤魔化しながら、軽く頭を下げた。


 これで、本戦行きが決まった。


 闘技場を後にしながら、俺は一度だけ振り返る。


 さっきまで戦っていた場所。

 砕けた床。

 結界に残る薄い痕。


 (あれ以上を欲しがったら、きっとアウトだな)


 王の刃の言葉を思い出しながら、ぐっと拳を握る。


 (使うにしても、“ここまで”って線は、絶対自分で決める)


 そう心の中で区切りをつけてから、俺は観客席の方へと歩き出した。

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