93.助力
俺は、短く息を吸った。
「……勝ちたいよ」
口に出してみると、思ったよりも、声はまっすぐ出た。
「でも、全部ぶっ壊して勝つのは違う。
誰かを滅茶苦茶にして、それで“やったー勝ちました”って喜ぶのは、嫌だ」
「だからさ」
自分でも驚くくらい、言葉は止まらなかった。
「お前がもし力を貸してくれるなら借りたいが…、それでも、俺は俺の力で勝ちたい」
“王の刃”は、黙って聞いていた。
やがて、ふっと口元をゆがめる。
「……やっぱり、お前は変わってる」
それは、呆れとも、面白がっているともつかない笑みだった。
「普通の奴なら、『全部寄こせ』って言うところだぞ」
「そんなの、怖すぎて冗談でも言えないよ」
苦笑いを返すと、“王の刃”は一歩こちらへ近づいた。
「なら、条件を決めよう」
低い声が、真正面からぶつかってくる。
「今まで通り“ただ振る”だけなら、結果は見えている。
身体強化を全開にしたあの相手を崩す前に、お前の肩が先に壊れる」
図星だったので、否定できない。
「だから、この試合だけだ」
“王の刃”は右手の短剣を持ち上げた。
「この試合で、お前が『ここで決める』と覚悟した瞬間――
少しの間だけ、俺が一緒に動く」
「少しの間だけ、ね」
「人の骨と筋肉が、それ以上には耐えない。
今のお前の体なら、その一回でぎりぎりだ」
ぎりぎり、と言い切る声に、曖昧さはなかった。
「誤魔化しもしないし、勝手に前には出ない。
お前が狙った場所に、刃がちゃんと届くように、“重さ”を合わせる。
――それだけだ」
「合わせるだけで一撃が重くなるなんて、だいぶ反則くさいんだけど」
思わずこぼすと、王の刃は小さく笑った。
「俺は元からそういう代物だ。
ただ、今までの持ち主は、その反則を使いこなせずに自滅した、そもそも力すら引き出せないやつも沢山いたが」
笑みが消える。
目だけが、鋭く俺を射抜いてくる。
「だけど、一つ、約束しろ」
「……なんだよ」
「戦ってる途中で、妙に楽しくなったり、
『もっと斬れる』『もっと速くいける』って欲だけが前に出てきたら――」
王の刃の声が、少し低くなった。
「そこでやめろ。必ずだ」
「……」
「それはお前の意思じゃない。
魔力の暴れと、俺の“名残”と、あいつらが残した毒の混ざりだ。
そこから先は、武器じゃなく“化け物”になる」
十四層の広間が、頭の奥によみがえる。
暴走しかけたセイル。
自分の体を止めようとして、止めきれなかったあの顔。
喉の奥がきゅっと締まる。
「……分かった」
短く答える。
「もしそうなったら、その瞬間にやめる。
勝ってても、負けてても、関係なく」
「負けたらどうする」
王の刃が、じっと問いかけてくる。
「それでもいいのか?」
ほんの少しだけ考え、それから、息を吐いた。
「悔しいけど、まだ何とかなる範囲だろ。
生きてりゃ、もう一回くらいチャンスはある」
「……ふん」
王の刃は、心底おかしそうに笑った。
「やっぱり、お前のことは気に入ったわ」
声に、ほんの少しだけ満足した色が混じる。
「いいだろう、レン・ヴァルド。
一度きりだ。
お前が本気で『ここだ』と決めた瞬間――
俺は、その少しの間だけを“本来の切れ味”にしてやる」
短剣の刃が、かすかに光る。
「勘違いするなよ。主役はお前だ。
俺はただの武器。
振るうかどうか、どこを斬るか、いつ止めるか――全部お前が決めろ」
「……了解」
頷くと、黒い空間に、細かな亀裂のような光が走った。
音が戻ってくる。
観客のざわめき。
結界の低い唸り。
遠くで、審判の呼ぶ声。
「行けよ、レン」
最後に、王の刃の声が聞こえる。
「“ちゃんと使える奴”がどう戦うのか――見せてみろ、そして俺を楽しませろ」
視界が白くはじけ、闇が一気にほどけていく。
俺は、再び闘技場の光の中へと押し戻された。




