5. 森の奥で、少女の叫び
木漏れ日が差し込む静かな森に、乾いた悲鳴が響いた。
小さな影が必死に木々の間を駆け抜けていく。
息は荒く、手には割れた籠。中の薬草は地面に散らばっていた。
その背後で、四つの影が唸りを上げて迫ってくる。
緑の肌、濁った瞳、錆びた刃。ゴブリンだ。
少女が転び、棍棒が振り上げられた瞬間――
「離れろッ!」
鋭い声とともに、銀色の閃光が森を裂いた。
棍棒が弾かれ、木の根元に突き刺さる。
木陰から現れたのは、ショートソードを構えた少年――レン。
◆◇◆◇◆
「レン!? 勝手に突っ込むな!」
背後からカイの怒声が飛ぶが、レンは止まらない。
少女の前に立ち、ショートソードを構えた。
「大丈夫、下がって!」
さっき棍棒を弾かれた一体が再び迫り、
その背後からさらに三体が合流して、レンと少女を取り囲んだ。
ゴブリンたちが唸り声を上げ、同時に襲いかかる。
「チッ…… ミナ、右へ回れ!」
「了解!」
カイの詠唱が響く。
「《ファイア・スパーク》!」
火球が走り、正面の一体が炎に包まれた。
焦げた匂いと悲鳴が森に響く。残り三体。
「ゴルド、前へ!」
「任せろ」
盾が棍棒を受け止め、鈍い音が森を震わせた。
ゴルドはそのまま体をひねり、片手剣を振り抜く。
喉を裂かれたゴブリンが崩れ落ちる。
「二体目、落とした」
短く告げて、すぐに次の敵へ向き直る。
その横でレンも踏み込み、ショートソードを突き上げた。
刃が腹を裂くが浅い。腕が痺れ、呼吸が乱れる。
「レン、下がれ!」
「今は……無理だ!」
ゴブリンの刃が迫る。
その瞬間、ゴルドの盾が間に割り込んだ。
「無茶をするな。俺が受ける」
「……助かる!」
二人の息が重なり、刃と盾が交錯する。
ミナが背後からもう一体の足を切り払い、カイの炎がその背を焼いた。
残る一匹――最初に少女へ棍棒を振り下ろした個体が、怯えて後退する。
森の奥へ逃げようとした瞬間、ゴルドが前へ出た。
「逃がすか」
短く呟き、片手剣を横薙ぎに。
刃が背を裂き、ゴブリンが地面に沈んだ。
――静寂。
森に再び、風の音だけが戻った。
「……ふぅ、やっと片付いたな。」
カイが息を吐き、炎の残光を消した。
ゴブリンの死骸が四つ、地面に横たわっている。
森に漂う焦げた匂いと血の臭いが、戦いの終わりを告げていた。
「レン」
カイが名を呼ぶ。
「次からは、勝手に飛び出すな。リーダーの指示を無視するのは命取りだ」
「……分かってる」
「けど、今回はお前が動いたおかげで助けられた。……ありがとう」
カイは苦笑しながら、手を差し出した。
レンは少し戸惑いながらも、その手を握り返した。
そのすぐ後ろで、ゴルドが静かに声を上げる。
「彼女は気絶しているが、呼吸は安定している」
そう言って、ゴルドは少女を抱き上げた。
「……さて、証も持って帰らねぇとな」
カイが倒れたゴブリンたちに近づき、腰のナイフを抜く。
無駄のない動きで、四体の右耳を切り取っていく。
血の匂いが、焦げた森の空気に混じった。
レンはその光景を見つめ、息を飲んだ。
命のやり取りのあとには、こういう現実がある――
それが、冒険者として生きるということ。
カイは淡々と袋を縛り、立ち上がった。
「これで証拠完了。討伐分は追加報酬が出るはずだ」
「……そうだね」
レンは短く頷いた。
ミナが壊れた籠を拾い上げ、散らばった薬草をひとつひとつ丁寧に集める。
「せめて、これくらいは返してあげないとね」
その指先が泥で汚れても、彼女は気にしなかった。
陽の傾き始めた森を、四人は歩き出した。
木漏れ日の中、静かな風が背中を押していた。




