表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/107

43.決闘と言うにはあまりにも

 午前の座学が終わり、教室の空気が少し緩んだ。

 教師が黒板を軽く叩き、短く告げる。


 「次は剣の実践練習だ。訓練場に集合するように」


 それだけ言うと、紙束を脇に抱えて教室を出ていった。


 ルデス王子が席を立つ。

 「レン君、まだ学園に慣れていないだろう? 本当は僕が案内したいところなんだけど――あいにくこのあと用事があってね」

 そう言って微笑むと、周囲の生徒たちが自然に姿勢を正す。

 「代わりに……リーナ、頼めるかい?」

 「ええ、もちろん!」

 リーナが明るく返すと、ルデスは軽く頷き、教室を後にした。


 扉が閉まる音がして、静寂が一瞬落ちる。

 そのあと――空気がわずかに変わった。


 「なあ、リーナ」

 声をかけてきたのは、派手な制服を着た貴族の少年。

 その後ろに二人の取り巻きが続く。

 彼らはこのクラスで“貴族三人衆”と呼ばれている。

 常に群れで行動し、教師の目がないところでは好き放題。


 「また新入りの案内? 王子のご指名とはいえ、庶民の世話までとは大変だね」

 リーナは淡々と返す。

 「頼まれたのよ。文句ある?」

 軽い調子だが、目だけは冷えていた。


 だが三人衆の一人が、わざとらしく笑ってレンの机に手を置いた。

 「おい庶民。次の実践練習で俺と戦え」

 「……は?」

 「庶民なんだから、拒否権なんてないよな?」


 周囲がざわつく。

 リーナが「やめなよ」と口を開きかけたが、レンは手で制した。


 「……めんどくさいな。わかった、相手するよ」


 あっけらかんとした口調に、三人衆は顔を見合わせて笑う。

 「へぇ、言ったな。後悔すんなよ」

 そう言い残し、三人は訓練場の方へ出ていった。


 残された教室に、わずかな沈黙。

 リーナが小さくため息をつく。

 「ほんっと、あの人たち、懲りないんだから……」


 レンは肩をすくめ、立ち上がった。

 リーナが立ち上がり、手を叩く。

 「じゃあ、レン。軽く学園案内しよっか!」

 「……頼む」


 二人は廊下に出た。

 高い天井、磨かれた大理石の床。窓から差し込む光が静かに反射している。

 外のざわめきが遠くに聞こえるだけで、まるで別世界のようだった。


 「ここが一年棟。講義はこの辺りが多いかな。

 ほら、廊下の奥が図書室で、右に行くと温室があるよ」

 リーナの説明は軽やかだ。

 言葉に詰まることもなく、学園のすべてを知っているようだった。


 レンは時折うなずきながら、周囲を見回す。

 壁には歴代の王族や英雄の肖像が並び、学生たちの服装も整然としている。

 どこを見ても“貴族の学び舎”という言葉が似合った。


 「それと、あっちが訓練場。剣の授業とか、模擬戦はあそこでやるの」

 リーナが窓の外を指す。

 中庭の先に、広い石壁に囲まれた広場が見えた。

 生徒たちが木剣を振るっていて、陽光を受けた砂塵が舞っている。


 「立派なとこだな」

 「見た目だけね」

 リーナは肩をすくめて笑った。

 その言葉に、レンは思わず笑い返す。


 「それと、寮は朝来る時に説明したわね。門限は日没、気を付けて

 食堂は共同だけど、女子寮のほうがちょっと豪華」

 「そんな違いあるのか」

 「うん。世の中って不公平でしょ?」


 冗談めかした声が、白い廊下に響いた。

 ほんの少しだけ、昨日までの緊張が和らぐ。


 ――そして、鐘の音が鳴った。


 「っと、もう次の授業の時間。剣の実践、訓練場で集合ね」

 リーナが言い、軽く手を振って走り出した。

 レンは深呼吸をひとつして、その後を追う。


 白い塔の先、太陽の下。

 昼下がりの陽光が、石造りの訓練場に斜めに差し込んでいた。

 広い土のフィールドを囲むように観覧席が設けられ、そこに生徒たちが集まり始める。

 木剣の打ち合う音、金属靴の擦れる音、教師の号令が響く。


 リーナは周囲の空気にわずかに肩をすくめる。

 「……あの人、手加減しないから気を付けてね」

 「手加減できるほど器用じゃないからな、俺も」

 そう答えたレンの声は淡々としていた。


 訓練場の中央では、すでに教師が点呼を取っている。

 「次の対戦はそうだな…―― レン・ヴァルド」

 「と相手は…」

 「先生僕が行ってもいいですか?」


 「庶民がカイルと?」「すぐ終わるな」

 小声の笑いが広がる。


 カイルは長身の少年だった。

 金髪を後ろに流し、青い瞳が冷たく光る。

 貴族の名家フェルナー家の跡取りで、学院内では小隊長格として知られている。

 その傍らには、彼の取り巻き二人――昨日の“貴族三人衆”が腕を組んで見ていた。


 「怖じ気づいたか? 庶民」

 カイルが笑う。木剣を軽く振り、土を鳴らした。

 「言っとくが、泣いても止めてやらないぞ」


 「じゃあ、泣かせないように気をつけるよ」

 レンの声は静かだった。


 教師が片手を上げる。

 「両者、構え――」


 その瞬間、観覧席の上段に新しい影が現れた。

 ルデス・リステア王子だ。

 彼は何も言わず、ただ腕を組んで二人を見下ろしている。

 その姿に、周囲の生徒たちは自然と背筋を伸ばした。


 「――始め!」


 号令と同時に、カイルが踏み込む。

 速い。

 だが、次の瞬間――彼の木剣が空を切った。


 レンの姿が消えていた。

 いや、動いたのだ。目で追えない速さで。


 次に見えたのは、レンが後ろに回りこみ、剣先がカイルの喉元すぐ手前で止まっている光景だった。


 静寂。

 風の音さえ聞こえた。


 「っ……!」

 カイルの頬を汗が伝う。

 「そこまで!」教師が声を張る。

 「勝者、レン・ヴァルト!」

 レンは軽く息を吐き、木剣を下ろす。


 歓声もどよめきもなく、ただ驚愕の沈黙だけが広がる。

 観覧席のルデス王子が、ゆっくりと目を細めた。


 「――なるほど。これが、君の“速さ”か」


 彼の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ