4.静かな森と、薬草の香りの中で
昼下がり。
リステアの冒険者ギルドの扉が開き、四人の新人冒険者が姿を現した。
カイ、ミナ、ゴルド、そしてレン。
ギルドでの初依頼――薬草採取のクエスト票を手にしている。
「よし、初仕事だ。気を抜くなよ!」
カイが声を上げる。
「了解!」
三人が一斉に応じた。
レンは腰のショートソードを確かめる。
それは、旅立ちの前に父と一緒に磨いた剣。
まだスキルの反応はないが、
握ると、不思議と心が落ち着いた。
◆◇◆◇◆
街門へ向かう途中――背後から声が飛んだ。
「レン!」
振り返ると、《ねこのしっぽ亭》の女将が息を弾ませながら駆けてくる。
手には布包みにくるまれた小さな籠。
「これ、持って行きな」
「これ……?」
「サンドイッチさ。あんたが作ったごはん、あれが美味しくてね。
見よう見まねで作ってみたんだよ。
味は保証できないけど、腹の足しにはなるだろ」
「え……ありがとうございます!」
レンは思わず頭を下げた。
「帰ってきたら味の感想を聞かせておくれ。
うちの厨房、いつでも空けて待ってるからね」
「……うん、必ず戻ります」
レンが笑うと、女将も満足そうにうなずき、
「気をつけておいで」と手を振った。
◆◇◆◇◆
街道に出ると、昼の光が四人の影を伸ばした。
風が頬を撫で、遠くで鳥が鳴く。
「いい人だな、あの宿の女将さん。
ああいう人がいる店は、きっと繁盛してる」
カイが感心したように言う。
「うん。料理も人柄も最高だよ」
「なるほどな。そういう“温かい飯”を作れるようになりたいもんだ」
カイの言葉に、ミナが笑う。
「珍しいわね、真面目なこと言うなんて」
「たまにはな!」
そんな軽口が、初仕事の緊張をやわらげていく。
◆◇◆◇◆
「じゃあ俺から自己紹介するか」
先頭を歩くカイが振り返り、にかっと笑った。
「改めてって言っても、もう知ってるじゃない」
ミナが少し笑いながら言う。
「まあまあ、気分だよ気分。こういうの、初仕事っぽくていいだろ?」
カイが肩をすくめ、三人に笑いかけた。
「俺はカイ・レイノルズ。火魔法使いで、このパーティのリーダーだ。
派手に見えても、意外と堅実派なんだぜ」
「どの口が言うの?」
ミナが即座に突っ込む。
「言っとくけど、俺がいなきゃ依頼書もまともに読めないだろ?」
「それは確かに」
ミナが苦笑し、ゴルドも小さく笑った。
「次は私ね」
ミナが腰の短剣を軽く叩く。
「ミナ・エヴァンス。短剣使い。スピードにはちょっと自信あるわ」
「こいつは口より足が速い」
カイが冗談めかして言うと、ミナが肘で小突く。
「うるさい」
次に、低く落ち着いた声が続いた。
「ゴルド・バーンズ。盾役兼前衛。片手剣も使う」
その一言で、空気が引き締まる。
「口数は少ねぇけど頼れるやつだ。俺が突っ走ると、だいたいこいつが止めてくれる」
「それも仕事だ」
ゴルドが淡々と答え、腰の片手剣の柄に手を添える。
◆◇◆◇◆
カイが少し歩調を緩め、レンの方を見た。
「俺たち三人は、ギルド登録前から何度か森に入ってたんだ。
小型の魔物を追い払ったりな。
そのおかげで多少は連携ができてる。だからレン、お前は無理せず採取に集中してくれ。
危なくなったら、俺たちがすぐ前に出る」
「……分かった」
レンは素直にうなずく。
自分だけが“新入り”だという実感が、少し胸に残った。
◆◇◆◇◆
「じゃあ俺か」
レンは少し照れながら口を開いた。
「レン・カーディアス。剣使い……だけど、スキルはまだ詳しくは、
今日は薬草採り、精一杯やるよ」
カイがにやりと笑う。
「大丈夫だ、模擬戦で見てたからな。お前、動き悪くなかったぜ。」
その一言に、レンの表情が少しだけほころぶ。
「スキルなんて飾りだ。大事なのは、ちゃんと動けるかどうかだろ?」
「……ありがとう」
「礼はいらねぇよ。ほら、行くぞ!」
(スキルなんて飾りだと言われたものの、その一言は少し刺さるな…)
◆◇◆◇◆
やがて森の入口が見えてきた。
木々の隙間から涼しい風が吹き抜け、昼の光を細かく刻む。
森の中は静かで、鳥の声と草のざわめきだけが響いていた。
湿った土の匂い。
木陰には薄紫の花をつけた草――依頼書にあった薬草が群生している。
「これだな」
カイがしゃがみこみ、慎重に摘み取る。
「気をつけてな。根っこまで抜くとすぐ枯れる」
レンはその言葉に頷き、手慣れた動作で茎の下を押さえ、
すっと刃を滑らせた。
切り口は滑らかで、草の香りがふわりと広がる。
ミナが目を丸くした。
「……レン、慣れてるの?」
「うん。村じゃ父さんとよく薬草採りしてたから」
「へぇ、頼もしいじゃない」
カイが笑う。
「俺たち三人も何度か来てるけど、そこまで丁寧じゃなかったな」
「力任せに引っこ抜くからだ」
ゴルドが淡々と呟き、三人が同時に笑う。
四人はそれぞれの範囲を分担し、袋が徐々に膨らんでいく。
森を渡る風は心地よく、陽射しも柔らかい。
初めての依頼とは思えないほど、落ち着いた時間が流れていた。
◆◇◆◇◆
しかし、静寂の中――
遠くで何かが、はじけるように崩れる音がした。
「……今の、聞こえたか?」
ゴルドが低くつぶやく。
次の瞬間、木々の向こうから――
か細い、しかし確かに届く少女の悲鳴が聞こえた。
「……助けを、呼んでる?」
ミナが顔を上げる。
カイの表情が一瞬で引き締まった。
「全員、武器を構えろ!」
リーダーの声が、森の中に響いた。
ショートソード、短剣、片手剣。金属音が重なる。
「助けに行くぞ! この辺の魔物はそんなに強くないはずだ!」
その言葉に、ミナとゴルドがうなずく。
レンも息を整え、剣を握り直した。
――緊張と鼓動が重なり、風の音が遠のく。
四人の影が、木々の間を駆け抜けた。




