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14.昇格試験とリーナの誘い

 柔らかな朝の光が、木枠の窓から差し込んでいた。

 鳥のさえずりと、かすかに漂うパンの焼ける香り。

 静かなぬくもりの中で、レンはぼんやりと瞼を開けた。


「……レンさん、朝ですよ」


 耳元に、控えめな声。

 振り返ると、リーナがカーテンを開けて立っていた。

 昨日よりもずっと元気そうで、頬には柔らかな血色が戻っている。


「おはようございます。昨日はぐっすり眠ってましたね」

「……ああ、おはよう。リーナ、もう大丈夫なのか?」

「ええ、もう体もすっかり。昨日、お父さんもお母さんも嬉しそうでした」


「そっか……それならよかった」

 レンは布団から体を起こし、寝癖のついた髪を手で整える。

 リーナは少しだけ頬を染めて、視線を逸らした。


「朝食、もうすぐできるので……下に降りてきてくださいね。

 それと、みんなも来てます。カイさんたちはもう準備してて」

「……もうそんな時間か。助かる、すぐ行くよ」


 リーナは軽く会釈して部屋を出る。

 扉が閉まる寸前、ほんの一瞬だけレンの方を振り返り、

 どこか照れくさそうに笑った。


 朝の陽が差し込む食堂では、焼きたてのパンとスープの香りが漂っていた。

 テーブルではカイとミナが地図を広げ、軽口を交わしている。

 ゴルドは相変わらず無言でパンをちぎり、ゆっくりと噛み締めていた。

 カウンターの向こうでは、リーナが軽やかに皿を運んでいる。


「元気になってよかったな、リーナ」

「ええ、皆さんのおかげです。本当にありがとうございました」

 リーナは軽く頭を下げ、照れくさそうに笑った。


「さて、今日の予定はどうする?」とカイがパンをかじりながら言った。

「ギルドに顔出して、新しい依頼でも探そうか」

「うん、僕もそろそろ動きたい」レンが頷くと、

ミナがいたずらっぽく笑った。「ようやく冒険者っぽくなってきたじゃん」


 4人は食後の支度を済ませ、ねこのしっぽ亭を後にした。


◆◇◆◇◆


「おはようございます!」

 ギルドに入ると、受付嬢が顔を上げて微笑む。

「あら、カイさんたち。ちょうどよかったです。ギルド長が呼んでいます」

「ギルド長が?」カイが眉を上げる。

「はい。依頼ではなく、お話があるそうで」


 奥の扉をくぐると、石壁に囲まれた静かな部屋。

 机の奥には、灰髪の男が腕を組んで座っていた。

 左目に古い傷。短く刈られた髪。

 その視線だけで、場の空気が締まる。


「来たか。――座れ」

 重低音の声が響いた。

 彼こそ、ギルド長ガルド・ブライアン。

 元は王国軍の戦士として名を馳せた男だ。


「お前たち、ゴブリン救出の件、報告は見た」

「ありがとうございます」カイが背筋を伸ばす。

 ガルドは短く頷き、地図を指で叩いた。

「通常、EランクからDランクへの昇格は五件の依頼達成が条件だ。

 だが……お前たちは例外だ。推薦で試験を受けてもらう」


 4人は息を呑む。

「試験、ですか?」

「《クレスト洞窟》。街から半日南西、5層構造の地下迷宮だ。

 目的は5層のボス――トロルの討伐だ。

 討伐の証明として、右耳を持ち帰れ。

 実力・連携・撤退判断、すべてを見させてもらう」


 重い言葉。だがその奥に、期待の色がわずかに宿っていた。

「……無理だと思えば撤退しろ。生きて帰ることも実力のうちだ」


 カイが静かに頷く。「はい、肝に銘じます」

 レンも視線を上げ、短く息を吸った。

「……やってみます」


◆◇◆◇◆


 ねこのしっぽ亭の一角。

 地図を広げ、4人は静かに向かい合っていた。


「まず移動経路だ」カイが地図を指で叩く。

「街を出て南西の丘を越える。洞窟までは半日。途中で一度休憩を入れる」

 ミナが頷きながら書き留める。「入り口に着くのは昼過ぎくらいね」


「夜の野営は避けたいけど、5層構造だ。日帰りはまず無理だな。

 余裕を見て三泊分の準備をしておく」

「了解。食料は俺が用意する」

 レンが即答すると、カイは短く頷いた。

「任せた。無駄に豪華にする必要はないが、腹は満たせるものにしてくれ」

「わかってる、三泊分だな」


 ゴルドが腕を組みながら低く言った。

「野営地は三層付近が理想だ。開けた場所を選ぶ」


「了解」カイが頷き、次に視線を全員へ向ける。

「それと、俺はギルドで情報を集めてくる。

 最近の討伐記録、出入りした冒険者の情報、何でも仕入れておきたい。

 ミナ、装備の補修を。ゴルドは荷物と武器の点検。レンは買い出し。

 それぞれ今日中に済ませること。いいな?」


「了解!」

 三人の返事が重なる。


 会議が終わり、席を立つ空気が流れる。

 そのとき、リーナがカウンターからそっと顔を出した。

 少しだけ緊張した面持ちで、レンに声をかける。


「……レンさん」

「ん?」

「もしよかったら、このあと少し……時間ありますか?

 明日の準備、食材とか買うんですよね?

 ――私、少し安くていい品が揃う市場を知ってるんです。

 地元の人しかあまり行かない場所なんですけど……」


 リーナの瞳は真っ直ぐだった。

 レンは少し驚いたように目を瞬かせ、それから静かに頷いた。


 お昼の光が店の窓を染める。

少年の心に、次の挑戦への静かな火が灯っていた。


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