100.新たな決意
観客席の歓声が、少しずつ遠ざかっていく。
最後のエキシビジョンマッチ――
勇者リアムと、イオン・グラントの一戦が終わり、
人の波が外へと流れ出していくのを、俺たちはスタンドの上から見送った。
そのあと控え室に戻ってきて、ようやく静けさが戻る。
「……疲れた」
ベンチに腰を下ろした瞬間、どっと力が抜けた。
今日は朝からずっと戦い続きだったうえに、
最後は“とんでもない試合”を目の前で見せられたせいで、
頭も体も、いい感じにぐったりしている。
肩の奥がじんじんする。
エルンとの試合で痛めたところに、
イオンとの一撃がとどめを刺した形だ。
「でも、かっこよかったよ、レン」
目の前の椅子に、リーナがどさっと座る。
「あのイオンさん相手に、ちゃんと剣を交えたんだから」
「結局、最後は負けたけどな」
「それは相手が悪い。っていうか、あれは反則クラスでしょ」
リーナが頬をふくらませる。
「ブロック決定戦も、そのあとの優勝決定戦も、
なんか“やる気なさそうなのに強い”って一番タチ悪いやつだったよね」
「……分かる」
俺は苦笑した。
最初の一合目から、
イオンの足さばきは、完全に“見切っている側”の動きだった。
速さそのものは、正直、俺の方が上だったと思う。
でも、あっちは一度たりとも焦っていない。
攻撃を見てから、最小限の動きで紙一重にずらす。
“読み”と“経験”で、それを全部やってのける。
(……ああいうタイプ、父さんをちょっと思い出すな)
控え室の扉が、こん、と小さく叩かれた。
「入るぞ」
ルデスとリアムが顔を出す。
リアムは、さっきのエキシビションマッチからほとんど休まず来たらしく、
まだ鎧も完全には脱ぎきれていない。
「お疲れ。レン」
「リアムこそお疲れ、その…」
「それ以上、言うなよ。さっきの試合は余裕で俺の負けだったよ」
「…」
リアムは笑いながら、俺の肩を軽く叩いた。
「勇者になったからって、強くなった訳じゃないんだって、格上相手にすると嫌でも味わうよ」
(……俺も味わった、明らかな格上、あいつは本当に何者なんだ)
心の中でだけそう思った。
「イオン・グラント、か」
ルデスが少し真面目な顔になる。
「王都の登録上は、確かに『グラント家の遠縁』ということになっているが、
王城側では、あの男の話はほとんど聞いたことがない」
「王族って、親戚多いからなぁ」
リアムが頭をかく。
「家名としては筋は通ってる。
でも、少なくとも俺の知ってる“親戚”の誰とも雰囲気が違う」
「本人も、話す気なさそうでしたしね」
リーナが小さく肩をすくめる。
「代表決定戦も、優勝決定戦も、
勝ってるのに全然うれしそうじゃなかったし。
最後の勇者との試合なんて、途中で帰っていったし」
「勝ち負けはどうでもよかったのかもな、ただ“確かめに来た”って感じだった」
ルデスが苦い顔をする。
「自分がどこまでやれるかより、
こっちの“実力”を量っていたような目だった」
(やっぱり、そう見えるよな)
レンは試合の感触を思い返す。
(こっちが全力出して、ようやく“少し本気を出したかな”ってくらいか、せめて肩さえ良ければ…)
「とりあえず」
リアムが、話を切り替えるように手を叩いた。
「大剣術祭は、これで一区切りだ。
レン、本当によくやったよ」
「……ありがとな」
「俺から見ても、“ショートソード振り回してた幼馴染”の頃より、
だいぶいい顔してる」
リアムは少しだけ真面目な眼差しになる。
「守りたいものが増えた分だけ、剣も変わる。
……そういう意味では、イオンも、ルデス殿下も、
もちろんリーナも、みんなそうなんだろうな」
「リアムの剣は、何を守るためのやつなんだ?」
ついでに聞いてみる。
「そうだなぁ」
リアムは、少しだけ考えるように天井を見て――
すぐに、いつもの調子で笑った。
「とりあえず今は、“全部”ってことでいいか?」
「欲張りだな」
「一応、勇者だしな」
その軽口に、控え室の空気が少し和らぐ。
「……そろそろ行くか」
ルデスが立ち上がる。
「細かい式や挨拶は運営に任せるとしても、
王族として顔だけは出さないといけない」
「俺も城側から呼ばれてるから、しばらく抜けるな」
リアムも立ち上がり、こちらを振り返る。
「レン、大剣術祭が終わっても――ここからが本番だぞ」
「分かってる」
自然と、その言葉には力が入った。
「次会うときは、今日よりもっと強くなるよ
「楽しみにしてる」
リアムがそう言って笑い、ルデスと一緒に部屋を出ていった。
控え室に残ったのは、俺とリーナだけになった。
しばらく、何も言わず、天井を見上げる。
「……肩、どう?」
リーナが、そっと聞いてきた。
「動かす分には、まあ大丈夫」
「また、あの先生のところに行こっか」
白衣の治癒士――生物学も教えている先生の顔が頭をよぎる。
『竜の血か、リヴァイアサンの血から作ったエリクサーなら、
もしかしたら癒せる“かもしれない”』
そう言って、渋い顔をしていた。
(普通に暮らしてたら、一生縁がないやつだよな)
でも――
「竜を探すのは嫌いじゃないかも」
思わず口から出た自分の言葉に、少し驚く。
リーナは目を瞬かせ、それから笑った。
「うん。じゃあ、私も付き合う。
セイルの分まで、ちゃんと無茶していこう」
「それ、フォローになってる?」
「なってる。多分」
二人で、どうしようもない会話で笑い合う。
その笑いの奥で、肩の奥の鈍い熱だけは、静かに燃え続けていた。
100話達成しました(⑉>ᴗ<ノノ゛
これからもまだまだレン、勇者、その他のみんなも共に強くなっていきます。
皆さんの応援がこれからのストーリーに大きく影響してきます。
これからもショートウェポンマスターをよろしくお願いします。




