1.小さな村の二つの剣
赤ん坊が生まれた瞬間、その瞳の奥に小さな光が灯る。
その光が言葉となって浮かび上がり、やがて薄く消える。
――それが、この世界における「スキルの授かり」だった。
レン・ヴァルドが生まれた夜。
父ウィル・ヴァルドは、産声を上げた小さな命を抱き上げた。
赤子の瞳に、淡い光が揺れ、文字が浮かび上がる。
《ショートウェポンマスター》
その言葉を見た瞬間、ウィルは静かに息をのんだ。
そして、かすかに笑った。
「……短い武器の達人、か。いいじゃないか」
外では夜風が木々を揺らしていた。
焚き火の明かりに照らされる小さな命。
ウィルはその額を指でなぞりながら、そっと呟く。
「お前の道は、お前が選べ。たとえどんな武器でも、使いこなせば本物になる」
その夜、小さな村トルネアに一人の少年が誕生した。
◆◇◆◇◆
――それから十四年。
空気の冷たい朝、木のぶつかる音が響く。
成長したレン・ヴァルドは、父の庭で一本のショートソードを握っていた。
刃渡りは短いが、幼い頃から使い続けている馴染みの剣。
それは、父から最初に渡された武器だった。
「“ショートウェポンマスター”なんだ。まずは“短い剣”からだな」
ウィルのその言葉に、レンは素直に頷いた。
そうして、このショートソードで鍛える日々が始まった。
木がぶつかる音が、村の朝に響く。
小さな体で、何百回もショートソードを振り下ろす。
刃の重みが腕に響き、手のひらが赤くなる。
父ウィルはその姿を黙って見守り、時々、短く指摘を入れる。
「肘が上がってる。肩の力を抜け」
「はい!」
息が荒くなっても、レンは止めない。
だが、《ショートウェポンマスター》が反応することは一度もなかった。
スキルは1度たりとも発動の兆しは見えない、それでも剣を振り続ける。ただただ愚直に剣を振り続けた。
昼は畑を手伝い、夜は夕飯を作る。
母の代わりに、六歳の頃から台所に立ってきた。
包丁を握ると、なぜか手がしっくり馴染む。
切る、刻む、捌く。その一連の動きが自然すぎて、自分でも驚くほどだった。
「父さん、肉が固い。どうやって切るんだっけ?」
「刃の先で押すように、滑らせてみろ」
「こう?」
「おお、悪くない。……お前、包丁の扱いは筋がいいな」
「剣より上手くなったら笑わないでよ?」
「料理も立派な戦い方だ。人を生かす武器ってやつだ」
二人の笑い声が小さな家に響く。
その何気ない時間が、レンにとって何より大切だった。
◆◇◆◇◆
丘の上で風が吹く。
同い年の親友、リアム・グラントが木剣を構えていた。
金色の髪に澄んだ瞳、スキルは《ブレイブソード》。
光をまとう剣士――勇者の家系に連なる少年だ。
「おーい! レン! 今日も手合わせだ!」
「またか。昨日もやっただろ」
「昨日より今日の方が強いに決まってるだろ!」
「……理屈になってないけど、まぁいいか」
レンは腰に吊るした練習用のショートソードを抜き、構えを取る。
リアムの剣は力強く、豪快。
レンの剣は冷静で、正確。
勝負のたびに結果は変わらないが、彼らはいつも楽しそうだった。
試合が終わると、二人は草の上に寝転がる。
空が青く、雲が流れていく。
「リアムはすごいよな。剣を振るだけで光るんだから」
「光っても勝てるとは限らないよ。レンは動きがきれいだし、俺より冷静だ」
「……褒めても何も出ないぞ」
「じゃあ、晩飯でも奢ってくれ」
二人は笑った。
どちらが先に立ち上がるかを競うように、剣を握りしめる。
◆◇◆◇◆
数日後。
夕暮れの丘で、リアムは少しだけ真剣な顔をしていた。
風が冷たく、空が赤く染まる。
「なぁレン。……俺、王都に行くことになった」
「……ついに、か」
「うん。でも、一人で行くのは嫌だ。
一緒に来ないか? レンも冒険者になれるように、父上に頼んでみる」
「え? 俺が……王都に?」
「レン、スキルが発動しないだけで、剣の扱いは俺よりかも1枚上手だよ。正直、頼りたいくらいなんだ」
リアムの瞳は真っ直ぐで、少しだけ不安げだった。
勇者の名を持っていても、彼はまだ十四の少年。
その不安を隠すように、強く笑う。
「……ありがとう。でも俺は、もう少し父さんと修行してから行くよ」
正直自信がなかった。いや、ただ剣の腕だけで勝てるとは思っていなかった。
スキルこそ全てな世界で、スキルが使えない俺はとても無力だった。
「そっか」
リアムは頷き、空を見上げた。
月が昇り、風が草を揺らす。
「じゃあ約束だ。強くなったら、王都でまた会おう」
「ああ。次は並んで戦えるようになってる」
二人は拳を合わせ、笑い合った。
その笑顔の奥に、互いへの信頼と少しの寂しさがあった。
◆◇◆◇◆
夜。
レンは父と並んで夕飯の準備をしていた。
鍋の中でスープが静かに煮立ち、外から虫の声が聞こえる。
父は椅子に腰を下ろしながら、レンの包丁さばきを見守る。
「リアムが旅立つんだ」
「そうか。いい友を持ったな」
「俺もいつか、いつか王都に行きたい」
「焦るな。力は積み重ねた分しか育たない。
お前が歩いた分だけ、お前の剣は鋭くなる」
「……うん」
レンは包丁を手に取り、肉を切った。
その手の動きは滑らかで、音も一定。
いつものように淡々と。
けれど、心の奥で何かが静かに動き出しているような――そんな気がした。
2025/12/15 12:36:27
エピソード加筆&書き方の修正




