34 実験
「すみません、そこの騎士の方、そのお水、飲まないでいただけますか?」
「なんでですか……」
「実験のため、その水場を封鎖することになったんです。申し訳ないですけど、あちらの水場を使ってください」
黒髪の騎士は水場を指さされて、渋々と水場を替える。今日は普段より日光が鋭く、訓練で体を動かしでもすれば、すぐに汗をかくだろう。
午前は騎士たちの葬儀に出席する者も多かったため、訓練をしている者は少なかった。午後になって人は増えて、騎士たちは訓練に力を入れた。亡くなった二人を悼み、その理不尽な死への怒りを、訓練に吐き出すような厳しさだ。一際厳しい演習に、何度も膝を突いていた。
頭から水を浴びて、打たれた腕を水で冷やす。喉も乾いただろう、水をがぶ飲みした。
「おーい、オレリアさん、そっちじゃねーぞー。実験したのは、こっちの水場。あ、あんた、もしかして、その水飲んじゃった?」
「は?」
「すみませーん。実験したのって、こっちの水場じゃなかったんですか? え、じゃあ、この水って」
オレリアが騎士を見遣って、口を開けたままディーンを見上げる。ディーンは、まじかよ、と呟きながら、体調悪くないか? と騎士に問うた。
「なんの話……」
「毒の検証してて、同じ毒使って、水に入れたんだけど」
「え、同じ毒じゃないですよ!? あの、ポットの水です!」
「あのポットの水って……」
ディーンが最後まで言わず、口を閉じて、騎士を見下ろす。騎士は途端真っ青になって、自ら口の中に手を突っ込むと、今飲んだ水を吐き出そうとした。
「や、そこまでしなくて、大丈夫だって」
「大丈夫なわけないだろ! ふざけんな! ポットの水って!!」
「なんだと思うんだ?」
後ろから、セドリックと他の騎士たちがやってくる。
黒髪の騎士の男は、何が起きているのか一瞬考えただろう。しかし、何かを察して、カタカタと震え出した。
「ポットの水はポットの水だ。吐き出す必要あるか? なあ、オレリアさん」
「ただの水ですよ。ポットの水って言っただけですし、水以外のなんでもないです。薬湯だと思いましたか?」
「な、なんのことだよ」
「お前が毒を入れたのか。仲間を、殺したのか?」
「隊長。何言ってるんですか。なんで俺が、そんなこと」
「お前が、医務室に見舞いに行ったことは知っている。他のやつらも見舞いに行ったが、お前だけが二度訪れていた」
隊長と呼ばれた男が握り拳をつくりながら、静かに告げる。黒髪の騎士の男はさっと顔色を悪くさせた。
「水場に細工をしたこともわかっている。何度も水場にやってきて、落ち着かないように、辺りをうろついていたそうだな。仲間の休憩中、お前だけそこで水を飲まなかったことも証言された。水場に毒を入れたのも、薬湯の入ったポットに毒を入れたのも、お前だ!」
「なんのことですか。ふざけるな! そんなこと知らない! お前が殺したんだろう! お前が入れた薬に、毒が入っていたんだ!!」
騎士隊長が男に指摘すると、男はワナワナと震え出し、オレリアを指差して怒鳴り散らした。
「この期に及んで、オレリアに罪を着せる気か。呆れたものだな。部下の愚行だ。そちらでしっかり調べてくれ」
「ありがとうございます。こちらで預かります。そいつを連れていけ!」
「なんで、そうなるんだ。俺は、悪くない。悪いわけない。悪いのは、お前だろおお!」
「オレリア!?」
男が逆上して、短剣を手にして突っ込んできた。セドリックがオレリアの腕を引っ張ると、一瞬で男が地面に吹っ飛ばされる。気を失ったか、身動き一つしない男に、他の騎士たちが覆い被さるように取り押さえた。
「局長! 大丈夫ですか!?」
「……っ、大丈夫だ」
男が持っていた剣に血がついている。セドリックの腕にかすったか、セドリックは腕を押さえた。
短剣を手にした男は、意識を失ったまま連れていかれる。オレリアはセドリックの腕にしか目がいかない。セドリックは大したことはないと言うが、出血で服が滲んでいく。
「手当をしないと、血が止まらな、局長!?」
セドリックの体がぐらりと傾いだ。そうして、そのまま地面に力無く倒れ込んだ。腕を刺されただけなのに。
「局長!!」
「どけ! 毒の可能性がある!」
ディーンが駆け寄って、セドリックの服の袖を勢いよく破る。そこに青黒く染まった、セドリックの腕が見えた。




