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第97話 語りたくとも話せない



「お兄~! 秋兄~! ……うわっ、まだ寝てるし! ねぇ起きてー!」

「……うぅ~ん……」


 モゾモゾ


「今日から新学期でしょー!? 起きないと遅刻しちゃうよー!」

「……く~……」

「……すぐに起きないとちゅーしちゃうよー!?」

「…………」

「あー、そう。起きないのね? ……えーと、カメラカメラ。あ、あった。ちゅーしてるところを撮って日菜子お姉さんに送っちゃおっと。ん~~~」

「ん゛ん゛!? やめんか! アホ春乃!」


 すんでのところで跳ね起き、眼前に迫った我が愚妹、春乃の頬を両手で挟み押しのける。

 キス顔が1秒でひょっとこに変貌した。


「むぎゅ~~! か、かわいい妹になんてことするの~~!」

「それはこっちのセリフだっ! 人が寝てる隙になにしてんの!?」

「え? ちゅーだけど? いつもしてるじゃん」

「ちょっとは悪びれろよ! さも当たり前のように言うな! ってか、したことねぇ!」

「え~? お兄が知らないだけでいつもしてるよ~?」

「嘘ォ!?」

「あははは! 冗談だよ~ん。でも目が覚めたでしょ?」

「心臓に悪いわ!」

「たまにしかしてないから安心してねー」

「どっち!?」


 ケタケタと笑いながら妖怪じみた動きで部屋を出て行く春乃。

 我が妹ながら人をからかう天才だと思う。


 ちょっと待て。

 起きないと遅刻するっつったか?

 今は何時なんだ……はい、やべぇ!

 これガチで遅刻するヤツだ!


 歴代新記録となる5秒で着替えを済ませ、F-1レーサー気分で廊下を走り、角をアウトインアウトで攻める。

 もつれる脚を必死に回転させて階段を降り、洗面所へ駆け込んで洗顔と歯磨きをクリア。


 お次は────朝飯だ。


「夏姉おはよー! あぐあぐ」

「おはよう秋乃くん遅かったね……ってもう食べてるの!? いただきますはちゃんとした!?」

「いふぁふぁきまふ! もがもご」

「も~、ちゃんと早起きしないとダメだよ。ほらほら、そんなに慌てて食べないの。口にソースが付いてるよ。ふふっ、子供みたい」


 なぜか嬉しそうに微笑みながら俺の口元をタオルで拭う夏乃姉。

 俺や妹の世話をするのがそんなに楽しいのだろうか。


 あれ?

 夏姉の目が赤いな。

 もしかして夏姉も夜更かししたんじゃね?

 なんだか眠そうだし。

 まぁ、それでもちゃんと早起きして俺たちの朝食まで作ってくれてるんだから頭なんか上がるはずもないんだけどさ。


 おっと、いかん。

 悠長に味わってる場合じゃないな。


 ヒナはもう待ち合わせ場所にいるはずだ。

 大事な彼女を男どもの目に晒しておくのは忍びない。


「んじゃ、行ってきまーす!」

「秋乃くん、忘れ物はない? ハンカチは持った?」

「うん、持ったよ」

「そっか。車には気を付けてね! いってらっしゃーい!」

「秋兄、いってらー!」


 夏姉と春乃の声に送られて家を飛び出す。


 小学校のほうが遥かに近いぶん、のんびりな春乃が少し恨めしい。

 もっと羨ましいのは未だ夏休み中の夏姉だ。

 大学生ってずるい。




「あっ、あきのんせんぱーい!」

「おー、おはよーヒナ!」


 いつもの場所で、いつもの可愛い笑顔を浮かべる日菜子ヒナ

 ああ、マジで新学期が始まったんだな、と妙な感慨にひたる。


 そしてこれまたいつものように二人並んで学校へ向かいつつ、とりとめのない会話を繰り広げた。


「おはようございます。遅かったですね」

「寝坊しちまったよ。お陰で朝から焦りまくった。ふわぁぁぁ~……クッソねみぃ~……」

「くぅぅ……あくびが移るからやめてください。正直にいうと私もすっごく眠いんですから」

「昨日も遅くまで頑張ったしなぁ」

「そうですねぇ」

「今日は始業式だけだっけ?」

「ですね。午前中で終わりです」

「ラッキー。じゃあお昼はどこかで食べようか」

「あ、いいですねーそれ! 私、行きたいお店があるんですよ! そこはパンケーキが美味しいって評判でー」


 あれ……?

 なんか変だな。


 会話自体におかしなところはない。


 ただ、話の切り替わりがほんの少し唐突なだけだ。


 俺は『昨日も遅くまで頑張ったしなぁ』の後に、もうちょっと【OSO】の話をしようとしたはず。

 不思議なのはヒナも『そうですねぇ』の一言にとどまったところである。

 普段のヒナならばもっと会話を広げようとするだろう。

 今しているお店の話題のように。


 そういえばリアルで【OSO】の話はほとんどしてないよな。

 チュートリアル中にマスコットAIの『ラビ』から他言無用と確かに忠告はされたけど、誰が守るんだそんなもんとも思っていた。

 しかし実際、俺もヒナもなんでか話題には上らない。

 出たとしても具体的なプレイ内容にまでは及ばないのだ。


 ……それっておかしいよな?

 この俺が他のゲーム好きな男友達に自慢してないなんてさ。

 ましてや一緒にプレイしてるヒナともリアルでは【OSO】の話をほぼしないんだぞ?

 あり得ねぇだろ?


 まさか口外しないように俺たちの脳みそが弄られてるとかじゃないだろうな……

 あの運営ならやりそうだから困る。


 しかも、この仮説ならあれだけのプレイ人口を誇る【OSO】が現在まで秘されているのも説明が付くんだよなぁ。


 そもそも運営運営言ってるけど、どんな会社が運営してるのかすら知らないんだよね。

 あー、親父さえ帰って来れば調べてもらえるかもしれないのに……

 一応あんな放蕩親父でもIT企業の役員だし、顔もそれなりに広いと思う。


 ただ俺の仮説が正しいとしてだが、なぜ運営はそこまで【OSO】の存在を秘匿しようとするのかがさっぱりわからない。


 俺が以前、躍起になって【OSO】を追っていた時の噂では、『極秘開発中』であるとか『国が関わっている』などといった不穏なものが散見された。

 それらが本当ならばある程度納得もいくが、果たして……


 そういや掲示板に【OSO】の情報を書き込んだヤツが消えた、なんてのもあったよな。

 ガチなら超怖ぇよ。

 やっぱ、ヘタに喋らんほうがいいのかもしれんな。


 それに国が関わってるなら余計に首を突っ込んじゃヤバいだろ。

 いらん好奇心でBANされたくねぇもん。


 よし。

 一旦このことは忘れておこう。



「あきのん先輩聞いてます? 私のこと嫌いになっちゃいました?」

「なっ!? 聞いてるし! 嫌いになんてなるわけねぇし!」

「えへへー、冗談ですよー」


 全くもう。

 ヒナも春乃も朝っぱらから俺の心臓を止めようとしやがって……



 などと心中で溜息を吐きながら、まだまだ残暑が残る9月の坂道をのぼる俺なのであった。




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