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第157話 単独行動



「……よし……っと。こんなもんかな?」


 姿見の前で、くるりと回ってみる。

 舞い上がるスカート。

 そして、ぽよよんと弾む胸……


 ……なんか段々大きくなってない?

 最近肩凝りもひどいし……

 ……それにしても……でっかいな……こうして見ると、やっぱり俺は夏姉の兄弟(姉妹?)なんだなぁと実感するね……

 ま、まぁ、いいや。

 あまり深く考えないようにしよう。

 とにかく準備はできた。


「おやおや~? チェックに余念がないようですなぁ~。かわいい格好してるし、さてはお出かけですかな姉上」

「!?」


 妙な声音が聞こえ、慌てて振り返るとドアの隙間から妹の春乃が覗いていた。

 この愚妹は一体何のつもりだろうか。


「誰が姉だよ」

「そんなスカート姿で立派なおっぱいをお持ちの美人な兄がいるわけないじゃん」

「ぬぐっ!」


 わずか1秒で論破され、ぐうの音も出ない俺。

 小学生の妹相手に負けるとは……

 全く、口が達者なのは誰に似たのやら。


「で、秋姉。どこか行くの? そんなおめかししてさ」

「おめかしじゃねーし。夏姉がわたしのズボンとか全部洗っちゃったから着るものがないだけ」

「ふーん。でも、姿見で念入りに確認してたよね?」

「!? どこから見てたんだよ」

「えーとね、『よし……っと。こんなもんかな?』とか言ってたあたり?」

「最初からじゃん!」

「その後、自分の胸をジッと見つめてたねー」

「がふっ!」


 いかん。

 これ以上話してても墓穴を掘るだけだ。

 俺はコートを手に取り、無言で部屋を後にする。


「って、やっぱり出掛けるつもりじゃん! 私もいきたーい!」


 すかさず俺の脚にすがりつく春乃。

 こうなるのはハナから読めていた。

 だからこっそり家を出るつもりだったのだが。


「だめだめ! 今日は大事な用があるの!」

「えぇ~! なんでぇ~! ……秋姉のふともも、もちもちですべすべー! このニーソックスとの絶対領域、たまりませんな~!」

「どこ触ってんの!?」

「あれ? 秋姉、普通のパンツじゃん。色気ない~! もっと派手なの穿いたら?」

「覗くなぁ! 色気なんていらないし! ほっといて!」


 ええい。

 埒が明かん。


 俺はまとわりつく春乃を引っぺがし、足早に家を出た。

 そして予定通り駅に向かい、都内へ直通の超高速モノレールに乗り込んだ。


 ふぅ。

 やっと一息つける。

 だけど結構混んでるなぁ。

 ……なんだあの野郎どもは。思い切り俺にガンを付けてないか?

 あ? やんのかコラ?

 なんつってな。あー暇。

 昔は都内まで数十分かかったとか親父が言ってたけど、さぞや暇を持て余しただろうな。

 今や10分で着くのに、それでも結構長く感じるもん。


 あれ?

 あそこの女の子たちも俺をメッチャ見てる。

 ……知り合いじゃないと思うんだが……もしや同じ学校の子かも。

 無愛想だと後で変な噂になるかもしれんし、一応愛想よく笑顔笑顔。

 ……おい、『キャー!』はないだろう。

 俺の笑顔がキモかったのか?

 多少引きつってたような自覚はあったけど。


 お、着いたか。


 目的地の駅で降り、雑踏の中へ躍り出る。

 流石は都内、人いきれが半端ない。


 街中はリースやモールなどの色とりどりな装飾品で飾り立てられ、あちこちから流れるこの時期特有の音楽が耳をくすぐった。

 夜になれば、電飾で彩られた並木を目的にカップルたちが押し寄せるのであろう。


 そう、年末の風物詩。

 恋人たちの祭典。

 クリスマスが近いのである。


 ある意味、日本独自の祭りになっちまってるよね。

 本来の『降誕祭』はどこ行っちゃったの。

 とか言ってる俺も、人のことは言えた義理じゃないんだけどね。


 なんせ俺は、ヒナへのクリスマスプレゼントを買うためにわざわざ都内まで来たんだから。


 地元だと知り合いに見られたり、ヒナ本人に露見する恐れもある。

 なので遠方に出向いたのだ。

 やはりこういう物はこっそり用意しておくのが粋だろう。


 買う品もお店も事前に目星は付けておいた。

 問題は購入資金だが、最近は【OSO】にかかりきりで、新作ゲームも買っていない。

 そこに、以前のバイト代と月々の小遣いを貯めてある。つまり潤沢とまではいかないが、資金はそれなりにあるのだ。

 とは言え、俺はしがない高校生。

 故にそれほど高価な物は買えないのが少しばかり切ない。

 後は溢れる愛情で埋め合わせするとしよう。


「そこの綺麗なおじょーさん、一人?」

「良かったらお茶でもしませんか?」


 ああ……立ち止まっていたのが失敗だった。

 年齢的に俺と同じくらいの男子二人が声をかけてきたのである。

 無論同級生などではない。

 いわゆるナンパだ。


 俺の前の席の前園バカに聞いたことがある。

 女の子が一人でいると無防備で与し易く見えるそうなのだ。

 その点では、俺も迂闊だった。


 ただ、この二人は一応敬語らしきものを使っているところをみるに、ナンパは不慣れなのであろう。

 もしくはフェミニスト気取りなのかもしれない。


 それにしても中身が男な俺に声をかけるなんて、なんともアホな連中だ。

 見た目が女だからって舐めるなよ。


「通行の邪魔。どいて」


 この場合はきっぱりと断るのがミソだ。

 あやふやな態度では相手に付け入られる。

 ただ、あまりきつく言うと激昂される恐れもあるが。


「ゾクゥッ!」

「び、美人に叱られた……! ハァハァ」


 なんだこいつら。

 新手の変態か?

 そういや、片割れのツラはどこかで見たことがあるような、ないような……


「も、もっと罵ってください!」

「お、おい、やめとけ。もう行こうぜ(周りの目がやばいって!)」


 ハァハァと息の荒い男をもう一人が引き摺りつつ去っていった。

 一体なんだったのだろう。

 いや、明確にナンパではあるのだが、どうにも腑に落ちない。

 まぁいい。俺も暇ではないのだ。



 ウィーム


「ありがとうございましたー!」


 店員の声に送り出されながら自動ドアをくぐって外に出た。

 なんとか目的物を手に入れた俺は、溜息と共にギュッと紙袋を胸に抱える。


「ヒナ、喜んでくれるかなぁ」


「へ? 私がどうしました?」

「ふえっ!?」

「あれっ!? あきのん先輩!?」

「な、なんでヒナがこんなところにいるの!?」

「私は……え、と、パパのお付き合いですよ! あきのん先輩こそ、今日は用事があるって言ってたじゃないですか!」

「う、うん。わたしの用事はもう済んだから、ウィンドウショッピングしてたとこ。へへへ」


 まさかの展開にドギマギする。

 背中に隠した紙袋を、持ってきた鞄にコソコソと収めた。

 こんなところで計画を頓挫させるわけにはいかない。

 お楽しみはクリスマス当日なのだ。


「(くぅ~! あきのん先輩可愛いです~!)だったら、先輩とご一緒してもいいですか?」

「え、わたしはいいけど、お父さんはどうするのさ?」

「さぁ? どこかいっちゃいましたし」

「はぁ!?」

「まぁまぁ、いいじゃないですか! それより、美味しいケーキのお店が近くにあるんですよ」

「ぐっ! ズルい……そんな誘惑に耐えられるわけないじゃん……」

「あははは、じゃあ行きましょー!」


 ヒナの甘美な誘いに、あっさりと陥落する俺なのであった。




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[一言] そのうち心の一人称も変わるかな?
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