第156話 海と言えば水着です
「わぁーーっ! これが海なのーーー!? すっごーーーい! きれーーーい!」
夕日に照らされた大海原に負けぬほど目を輝かせるクレオ。
つないだ俺の手をブンブン振って、その感激ぶりをアピールしている。
これほど感動してもらえるなら案内した俺も大満足であった。
「喜んでもらえてよかったー」
「だって、ずっと見たかったんだもの! ありがとうアキ!」
「どういたしまして。じゃあ、準備しようか」
「準備?」
「うん。さっきのプレゼント、あれに着替えて」
「え、ええ。いいけど……」
そう、俺がクレオに渡したプレゼントとは、水着であるっ!
せっかくの海で遊ばない手はないっ!
「着替え!? 美幼女二人の生着替え!? ちょ、ちょっと近くで見せなさいよ!」
「あー、はいはい。たがねさんはあっちで着替えましょうねー」
「そもそもォ、プレイヤーはアイテム画面から直接装備できるでしょォ? アホねェ、たがねちゃん。でもクレオちゃんのために連行しとくわァ」
「ぐああああ! 後生でござる~!」
ヒナとハカセにズルズルと連れ去られて行くたがねさん。
その悲痛な魂の叫びは誰にも届くことなど無かった。
「ねぇ、アキ。これ、どうやって着るの?」
「あ、そっか(考えてみりゃクレオが水着の着方なんて知ってるはずないもんな)。うん、じゃあ建物の中で着替えよっか」
「ええ、わかったわ」
そこまでは良かったのだが、いざ着替える状況になって驚いた。
なんとクレオは、今着ている服の脱ぎかたすら知らないと言うのである!
……生まれつきの王族なんて、身の回りの世話はぜーんぶ侍女とかがやってくれるんだろうしなぁ……
だけど今日のクレオは単独……そしてこの場にいるのは俺だけ……
……つっ、つまり、俺がクレオを着替えさせるのか!
いくら女の子になったからって、いくら相手がNPCでツルペタ幼女だからって、それは流石にマズくない?
水着を着るには一度全裸になるんだぞ……?
「どうしたのアキ?」
「い、いや、なんでもないよ。うん」
「ふーん? なら、お願いするわね」
俺の葛藤を余所に、屈託のない顔で言うクレオ。
完全に俺を信じ切っている彼女を裏切るわけにはいかん!
無念無想!
そ、そうだ! クレオを妹の春乃だと思えばいいんだ!
さ、さぁ、脱がすぞ……!
うおぉぉお!
「なにこれー、可愛いー!」
「でしょ? クレオによく似合うんじゃないかなって思ったの(ぜぃぜぃ……)」
「アキが選んでくれたの!?」
「うん、そうだよ(なんとか無事に着替え終わった……)」
「すっごく嬉しい! とっても気に入ったわ!」
「ならよかった」
「アキも似合ってるわよ」
「そ? ありがと……と見せかけて、えいっ!」
「キャッ! 冷たーい! よくもやったわねアキー! えいっえいっ!」
「ぐはっ! 目を狙うとは策士だねクレオ! ……うわ、しかもちゃんとしょっぱい」
「え?」
「海の水ってしょっぱいんだよ」
「へー……ん~~! ほんとだー!」
エメラルドグリーンの水着はクレオによく映えた。
ワンピース型で胸の周囲に白いフリル。
俺のは水色のワンピースで腰回りにフリルが施されている。
これね、実は首都アランテルの怪しげな横丁の店で買ったんだ。
最初は親父に聞いたことがあるブルセラショップかと思ったくらいなんだが、幼女用水着なんて売ってるのがそこしかなくてね。
ただ、異様に品揃えが良くて余計に怪しさが増したよ……
まぁ、店員も店主も訪れる客も若い女性ばかりで二重に驚いた。もしやブルセラショップじゃなくて、コスプレショップだったのかも。
スクール水着なんかもあったけど、さすがにあざとすぎるので止めといた。
ちなみに────
「じゃーん! どうですかアキきゅん! 私の水着は!」
「あっ、ヒナのも可愛いー。ピンクのセパレートにしたんだ?」
「はいっ! えへへー(アキきゅんもすっかり女の子っぽくなって……!)」
「アキちゃんアキちゃん! アタシのはどーよ?」
「わっ! たがねさん大胆! 胸も背中も開きすぎじゃない!?」
「大人の色香を出さなくっちゃね~!」
「じゃあ、あたしはどうかしらァ?」
「……あー、うん。ハカセのもセクシーだと思う」
「でしょォ!? 流石アキちゃん、見る目あるわねェ!」
「あははは……(なんでこの人は女性用の水着を着ているんだッッ! タッパがあって痩せてる上に長髪だから似合ってないこともないんだけど、すっげぇモッコリしちゃってんじゃん! パレオ付けてる意味ないじゃん! さぞや立派なモノをお持ちに……!)」
────全員が水着に着替えていた。
これもクレオをもてなすための仕込みである。
コンセプトは『みんなで楽しく遊ぼう』だ。
「クレオは泳げるの?」
「小さい頃は川遊びとかしてたけど、あんまり自信ないかも……」
「ん、大丈夫だよ。わたしが泳ぎを教え……」
「こんなこともあろーかとぉぉ! 『自立起動型浮き輪』を開発しておいたのさー!」
「わっ! びっくりしたー!」
会話に割り込んできたのは勿論たがねさんだ。
ユニークジョブ【発明家】の開発スキルで、またわけのわからんもんを作ったらしい。
どうも制作したアイテムには内部確率で当たりハズレがあるっぽいんだよなぁ。
例えば同じナイフを二本作ったとしても、当たりなら切れ味が良かったり追加効果があったりとかね。
ハズレならナマクラだったりバッドステータスが付いてたりって感じに。
しかも結構な確率でハズレを引いてる気が……もしやLUKステータス依存なのかな?
まぁ、リアルでも運の無いたがねさん(本人談)だから、の一言で片づけられるし、今のところ他人に迷惑をかけるようなアイテムはないからいいけどね。
「って、なにこれ? 浮き輪……?」
たがねさんは、まるでドラ○もんの四次元ポケットみたいに、インベントリから巨大な物体を取り出し、俺たちの眼前にドンとそれを置いた。
その形状たるや、とても普通の浮き輪とは思えない。
「なんだっけこれ……どこかで見たような」
「あれじゃないです? えーと、ホバークラフト」
「それそれ! ナイスヒナ」
まるっきり軍隊で使ってるようなホバークラフトなのである。
確かにホバークラフトも基本的にはデカい浮き輪なのかもしれないが……
「だーいじょうぶだって! アタシが保証するよ! ほら、乗った乗った!」
たがねさんは胸を叩いてそう断言するが、逆に怖い。
クレオなど、既に不安そうな顔をしている。
「……アキー……」
「う、うん。わたしも一緒に乗るから」
「なら私も乗ります!」
「あたしも付き合うわよォ」
「当ー然、製作者のアタシも乗るって!」
結局全員でホバークラフトに乗り込んだ。
最早嫌な予感は最高潮に達している。
「じゃあ、いっくわよー! 浮き輪くん1号起動!」
『起動シマス』
うわ、しゃべった!
そういや自立起動型とか言ってたな。
世界観、仕事しなくて大丈夫か?
「微速前進! よーそろ!」
『発進シマス。皆サマ、快適ナ旅ヲオ楽シミクダサイ』
たがねさんの掛け声で、思ったよりもスムーズに動き出す巨大浮き輪。
これで海を走るのは楽しそう……と思った矢先。
ブオオオオオオ
「なっ、なに!?」
「きゃあああ! なんなのよー!」
「急加速してません!?」
「おっ、お助けェ!」
「あ、あれっ!? おっかしぃなぁ……こんなはずじゃ……浮き輪くん1号! 減速よ減速!」
『了解。加速シマス』
「えぇぇぇ!?」
やっぱりな!
どこが自立型なんだよ!
完全に欠陥品だこれ!
たがねさんを信じた俺がバカだったあああ!
「クレオ! わたしにしっかり掴まって! ヒナも!」
「アキーーー!」
「アキきゅん!」
三人でがっちりとお互いにしがみつく。
その間にも浮き輪はグングン速度を上げていた。
「ちょっと、たがねちゃん! なんとかしなさいよォォォ!」
「浮き輪くん1号! 緊急停止! 緊急停止よ!」
『ブッブー! オッシャル意味がヨクワカリマセン』
「あっははは、無理みたい」
「バ、バカーーー!」
浮き輪はドバンと大きな波に乗り上げ────俺たちを空中へ投げ出した。
「ギャーーー!」
「いやあああ!」
「ひぃいいい!」
「うぉおおおお!(重低音)」
「あっはっはっはー! 改良の余地ありだねこりゃ」
はい、見事なお約束ー!




