第155話 地獄のペナルティ
「わぁー! ここがアキたちの拠点なの!?」
「うん。そうだよ」
「へー! これ木……じゃないわよね? ……見たこともない建材だわ……だけど、とっても丈夫そう……アキたちの大陸ってすごいのね!」
「そう?」
「わっ!? 扉が独りでに開いたわ!」
「自動ドアだよ(たがねさんめ……勝手に改造したな?)」
「あ、ああー! じどーどあね!(なによそれー!?) も、勿論知ってたに決まってるわ! で、こっちのこれは……見たことあるけれど、忘れてしまったから教えなさいアキ!」
「はいはい(かーわいぃー)」
あっちを見ては驚き、こっちを見ては仰天するクレオ。
俺は彼女の質問に逐一答えながら拠点を案内した。
そう、俺は昨夜提案した通り、クレオを拠点に連れてきたのである。
一応の名目上は女王による拠点視察となっているが、実際は遊びに来ただけ。
普段は女王として多忙な日々を送るクレオへの慰労でもあるのだが、俺はひとつ仕込み、と言うかサプライズを用意しておいた。
どうせなら思い切り楽しんでもらいたい。
そして、そんな二人の幼女を見守っているのはダメダメな大人たちである。
メンツはヒナ、ハカセ、たがねさんの御三方。
それぞれがそれぞれの方向にダメであった。
「……はぅん……アキきゅんとクレオちゃん、可愛いですねぇ……」
「小さな子たちが遊んでいるのを見ているだけでこっちが癒されるわよォ……(あたしも幼少のみぎりに大好きだった子(男の子)と弄ん……ゴホン、遊んでたのを思い出すわねェ)」
「……ようじょヤバい……可愛すぎるわ……しかも金髪碧眼幼女とツンデレ褐色幼女の共演……尊い……! 養いたい……! 結婚したい……! ボテ腹にさせたい……ッ! ちょっとちょっとアキちゃん! なにあの子!? 無茶苦茶可愛いんだけど! ちゃんと紹介しなさいよ! 今すぐ! ハァハァ!!」
案内中の俺を呼び止め、両肩を掴んでガクンガクンと揺さぶるのは、言わずと知れたガチレズ鍛冶師たがねさんだ。
『ガチレズ』の二つ名は伊達ではなく、美少女には滅法弱い、真のダメ人間である。
「ほんとにあんな可愛い子が女王なわけ!? どうやったら仲良くなれるのか教えて! はよ!」
「う、うん、間違いなく女王さまだよ。(めんどくせぇ人に捕まったな……そうだ、イタズラしてやろ……ククク)彼女にはクレオパト子って正式名称があるの」
「クレオパト子!?」
「うん、そう呼ぶと喜んでくれるよ。好感度アップ間違いなし」
「マジ!? いい情報持ってるじゃないのアキちゃん! おーい! クレオパト子ちゃーん! アタシ、たがねって言うんだけどさー!」
「誰がクレオパト子よっ! ふざけてるのあんた!? 無礼者は処すわよっ!」
「あっ、あれぇぇ!? 好感度めっちゃ下がってるんですけど!?」
「アホねェ、たがねちゃん」
「アホですね。アキきゅんの策略にまんまと引っかかってます」
ものすごい形相で振り向き、ギロッとたがねさんを睨みつけるクレオ。
クレオの発するオーラでタジタジとなるたがねさん。
その顔は半泣きだ。
だーっはっはっは!
いいぞクレオ! よくやった!
たがねさん! ナイスリアクション!
たまにはこうやって報復しとかないと、すぐ調子に乗るからなこの人。
だって、今日クレオがここに来るからと聞いて、わざわざ有給休暇取っちゃうような社会人なんだぞ?
あり得ねぇだろ?
キンさんも『その手があったか!』とか抜かしてたけど、全力で止めたよ。
むしろキンさんは養生する意味で休んだほうがいいと思ったけどね。顔が腫れすぎてるし。
まぁ、そんな感じで、第一大陸の文化に驚いたり、出したおやつに感激したりのクレオだったのだ。
そして俺は、満を持して(?)サプライズを繰り出す。
「ねぇ、クレオ」
「なぁにアキ?」
「ちょっと一緒に行ってほしい場所があるんだよね」
「ええ、いいわよ」
即答でした。
それほどまでに俺を信頼しているのだろうか。
一国の女王にしてはノリが軽すぎない?
ともあれ、俺とクレオは手を繋いで歩き出す。
当然のようにヒナたちも後ろからついてきたが、これは問題ない。
事前に俺の計画は話しておいたのだ。
ある程度歩を進めたところで、俺はクレオに取引要請を送った。
「???」
わけがわからぬ様子で戸惑いながら受諾ボタンを押し、取引画面を開くクレオ。
俺はとあるアイテムを画面に表示させ、譲渡ボタンを押下した。
元々この取引要請は、所謂『借りパク』防止のためにあるシステムだ。
昔のMMORPGでは、レアアイテムなどを借りたまま返さぬと言った事例が横行していた。
所詮、口約束には何の拘束力もないのである。ましてゲーム内であれば犯罪だと立証するのも難しい。
そこで【OSO】に搭載されたのがこの取引システム。
旧態依然としたシステムと思われがちだが、いま俺がおこなった譲渡を始め、物々交換、金銭授受、そして期限を設定可能な貸借にも対応しているのだ。
目玉は貸借機能で、貸す側が期日を設けられ、借りた側がそれを遵守しなかった場合、例えNPCに売却していようともアイテムは自動で貸主のもとへ返還されると言う便利なもの。
そして、きちんと返さなかったプレイヤーには、重いペナルティが課せられるのである。
そのペナルティがガチでヤバい。
なんと、10分置きに身体の変調、それも便意を知らせる『フィジカルエマージェンシー』が作動するのだ!
たかが警報と侮るなかれ。
もし本当に便意が迫っていて、どうせフェイクの警報だろうと思いそのままプレイしていればどうなるか……!
現実へ戻った時、大惨事になっているかもしれない! キャアアアア!(←効果音)
それだけではない。仮にプレイヤーがこのペナルティを無視し、お漏らししてしまった場合、ヘッドセット経由で感知され、アバターの頭上に大きなウ○コマークが掲げられることになる! しかも永久に!
何と言う屈辱!
何と言う地獄!
まぁ、そのお陰で借りパク被害はほぼ100パーセントなくなったらしいけどね。
って、そんな話はどうでもいい!
「!! ……こ、これ……!」
受け取ったアイテムを凝視するクレオ。
「ん。ささやかだけど、わたしからのお礼っていうか、プレゼント。あとね、もうひとつあるの。ほら、見てよクレオ」
俺が指差した方を見てクレオは目を剥いた。
「え……えぇ!? あれってもしかして……!」
打ち寄せる白波。
どこまでも続く砂浜。
夕焼けの中で輝くのは────
「うん。クレオがずっと見たがっていた海だよ!」




