第153話 突然のオフ会 2
「さぁさぁ、遠慮せずに食べておくれ! アキくん、ヒナさん。今日のきみたちは僕の救世主なんだからね!」
鬼気迫るような、ものすごい笑顔でキンさんはそう宣言する。
異様に機嫌がいいのはなぜだろう。奢らされてる立場だと言うのにこの顔は有り得ない。
ところで、屋内にいてもサングラスを外さないのはキンさんとタモさんくらいだと思うのだが。
それはともかく、テーブルにはズラリと並んだ肉、肉、肉。
高いお肉のオンパレードである。
予定通り、俺は滅多に入れぬような高級焼肉店に予約を入れておいたのだ。
そして躊躇することなく、片っ端から高いメニューを注文してやった。
女子高生二人(?)が顔バレ覚悟でオフ会に出席しているのだから、これくらいの報酬は貰ってもよかろう。
目の前にはサーロイン、カルビ、ハラミ、ヒレ、ミスジ等の高級部位!
どいつもこいつもキラキラとピンク色に輝き、俺に食べられるのを今か今かと待ち構えていやがる!
当然全てA5ランク牛!
うっひょー、もう我慢できねぇ! あ、記念にお肉の写真撮っておこっと。パシャ。
「んじゃ、遠慮なくいただきまーす」
俺は充分熱せられた網の上に、トングでつまんだカルビ肉をそっと寝かせた。
途端にジューと良い音が耳をくすぐる。
もう一枚、ヒナの分も隣に横たわらせておく。
片面を長めに焼いて、裏面はサッと軽めに。
「はい、ヒナ」
「わぁ、ありがとうございます(アキきゅん優しい~! 大好きですー!)」
二人でパクリ。
「ん~~~~っ!」
「とろけますねー!」
流石高級肉、最高だ!
一瞬で肉がほどけ、甘い脂と共に拡散し、口内で儚く消えてしまう。
残されたのは確かな旨味と至福感。
あぁ~、美味い! よーし、ジャンジャン焼こう!
次々に肉を焼いては喰らう。
美味い美味いと連呼しながら。
「いやぁ、美味しいねぇ。こんなお肉、僕もあまりお目にかかったことがないよ。あ、すみませーん、生ビールをひとつください」
「あれ? キンさん、昼間から飲んで大丈夫なの?」
「うむ。今日は移動だけで、明日の仕事を終えたらそのまま直帰なのさ」
「ふーん。社会人は大変だね」
「ああ大変だとも。きみたちも何年かすればこうなるよ」
「えー、やだなぁ」
「ははは、大丈夫。嫌でも慣れるさ」
そう笑い飛ばすキンさん。
なんだか急に立派な大人っぽく見えてくるから不思議だ。
普段はあんなに仕事行きたくないってボヤいてるのにね。
「(むー! 何か変な雰囲気です!)アキきゅん、お肉焼けましたよ!」
「うん、ありがとヒナ……ムグッ!? ぐはっ! あっっっつ!」
「だ、大丈夫かい?」
焼き立て熱々のハラミをいきなり口に突っ込まれてはたまらない。
某三人組芸人のコントか!
「しかしアキくんとヒナさんは本当に仲がいいね。おっと、アキさんと呼ぶべきかい? それともアキちゃんかな」
「やめて! いらないから。今まで通りでいいから。絶対元に戻るつもりだし」
「ふむ。『アキちゃん』も女の子らしくて可愛らしい呼び方だと思うがね」
「そ、そう? へへへ」
なんて感じに食事を堪能した後、店を出る俺たち。
レジの前で消し炭のように真っ白な燃えカスとなり、立ち尽くすキンさんには大いに笑わせてもらった。
チラッとレシートを見たが、流石高級店。請求金額も半端じゃない。
明日からのキンさんは、きっと粗食の毎日になるだろう。少なくとも給料日までは。
「あっはっはー、ごめんねキンさん。ごちそーさま」
「ごちそうさまでしたー」
「……いや、気にしないでくれたまえ。明日からモヤシだけの日々になろうとも、今日が楽しかったからそれでいいのさ。はは……」
口ではそう言ったものの、乾いた笑い声と引きつった顔をしているキンさん。
確かにあの金額は笑えない。
なんだか本気で気の毒になってきた。
なので、お詫びと言うわけでもないが、ひとつ提案してみる。
「キンさん」
「なんだい?」
「どこか行きたいところがあったら言って。案内してあげる」
「アキきゅん!?」
「まぁ、行ける範囲に限界はあるけどね。わたし、あんまりお金持ってないし」
「ほう! それは嬉しいが、僕とて見知らぬ土地で遠出するつもりはないよ。都内ならいいかね?(美少女女子高生二人とデートするチャンスを逃すわけにはいかない!)」
「うん、いいよ」
「アキきゅん……」
「どしたのヒナ? もしかして何か用事あった? 先に帰っとく?」
「(ああもう! どうしてこの人はこうも無自覚なんですかっ! でもその無邪気さがたまらないんですけど!)いえ、最後まで私も付き合いますよ」
「うん、ありがと。わたしもヒナとまだ一緒にいたかったし」
「~~~!(アキきゅん好き好き~!)私もです!」
「(くっ、この百合たちめ……彼女のいない僕に見せつけるとは……しかしデートの確約は取った! むひょひょひょ!)ならば決まりだね。では僕のリクエストなんだが……」
そうして俺たちはキンさんの行きたい場所へ向かった。
とは言ってもそのリクエスト自体は、ありきたりと言うか有名どころばかりであったが。
タワーとかツリーとかね。
あとはなんちゃらカスカスとか言う商業施設でお茶したりキンさんがお土産を買ったり。
俺も便乗して夏姉と春乃のためにお菓子を購入。きっと狂ったように喜ぶだろうなぁ。
そのうち夕刻も近付き、俺たちは最寄り駅へ並んで歩き出した。
適当におしゃべりしながら。
「えっ、キンさんもあのゲームやってたの?」
「うむ。僕が始めた時は既に末期でね。やたら過疎過疎してたよ」
「わたしたちがやってた頃から過疎ってたし、やっぱ運営がダメだったんじゃない? ね、ヒナ」
「(なんだか二人の立ち位置が近くなってません? もしや心の距離も……?)えっ? あ、はい、そうでしたねー。システムは悪くなかったんですけど」
「確かに。あのシステムは勿体なかったかもね。戦闘が斬新すぎて……あれ、もう駅に着いちゃった」
夢中で話してるうちに到着していた。
やはり同じ趣味を持つ者とは話が弾む。
「いやぁ、二人とも今日は本当にありがとう。心から感謝しているよ」
「ううん。わたしたちこそ楽しかったし、ご飯もごちそうになっちゃったから。ありがとねキンさん」
「(ぐっ、アキくんなのになんでこんなに可愛いんだ……! このまま返してしまっていいのか僕! ……いや良くない!)ははは、僕たちの仲じゃないか」
「あははは、そうだね」
「(ここだ!)アキくっ」
「あ、あら? 秋乃くん?」
「ん? えぇっ!? 夏姉!?」
突然背後から声がし、振り返って見るとそこには姉の夏乃がいた。
しかもなんだか焦ったような困ったような不思議な顔で。
「どうしてこんなところにいるのさ?」
「あー、うん、あのね、同じゼミの子に誘われて買い物に来てたの。でもその子とはぐれちゃって……あっ、こんにちは日菜子ちゃん」
「夏乃お姉さん、こんにちはです」
「ふーん、そういうとこ夏姉らしいねー。だったら一緒に帰ろうよ。ちょっと待ってて、キンさんに挨拶だけしとく……から……?」
再度振り返った時、何故かキンさんの姿はどこにもなかった。
まるで掻き消えたように。
電車が来ちゃうから急いだのかな?
挨拶くらいしていけばいいのに。
せっかちなヤツめ。
「キンさん、もう行っちゃったみたい」
「あれ? ほんとにいませんね。お腹でも壊してたんですか?」
「あっはっは、それありそう! バクバク食べてグビグビ飲んでたもんね。ま、いいや。帰ろうか」
「そうしましょー」
「うん~」
こうして俺たちはオフ会を終え、帰路につくのであった。




