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第142話 愛撫



「アキきゅーん! ただいまですー! 急いで食べてきましたー……って……な、な、何してるんですかぁ~!」

「あうぅ~ん! アキィ~!」

「……やぁ、お帰り。ヒナ」


 食事を終えログインしてきたヒナがいきなり絶叫するのも無理はない。

 俺は今、クレオから熱烈な愛撫を受けているのだから。

 まぁ、実際には頬と頬をこすりつけたり、時々ほっぺにチューされたりする程度なのだが。

 傍から見れば、それはもう誤解を招きまくっていることだろう。なんせ金髪幼女と褐色幼女のくんずほぐれつ。

 俺はされるがままだけど、その手の変態どもからは大絶賛を受けると思う。

 ……そもそも最初はお互いの髪を結って遊んでたりしてただけなのに、どうしてこうなった……


 輪をかけておかしいのはクレオのお付き連中だ。

 誰一人として彼女を諫めることもせず、ただただ微笑ましそうに、うんうん頷きながら眺めているだけ、と言う無能ぶりである。

 しかもその視線は『またお嬢さまの我儘が始まったよ……』と言った残念な感じではなく、『お嬢さまが本当に楽しそうで良かった』的な、子を見守る親っぽい目だった。

 クレオの奔放さゆえに、周囲の者から疎まれているのではなかろうかと危惧していたが、特にそんなこともなさそうだ。


「ちょっと、クレオちゃん。アキきゅんから離れてください。ダメですよ……こら、離れなさい……って……ふんぎぎぎぎぎ……小さいのにすごい力! 全然離れません!」

「ふぎぃーっ! きしゃーっ!」


 ヒナは必死に引き剥がそうと試みるが、クレオは四肢をガッチリと俺に絡みつかせている。

 この細い身体のどこにこんな力が。ってか猫か。


「……何をやっているんだいきみたちは……(アキくんめ……羨ましいぞ!)」

「ただいま戻りました。はうっ!?(アキさんとヒナさんとクレオさんがじゃれあっています!? わ、私も出来ることならあの中に……!)」

「酒池肉林……!! アキお嬢さま、私もそこに加わってよろしいでございましょうか? ハァハァ」


 続々と戻ってきたキンさんたちもこの痴態に呆れてている……のだろうか?

 一人シーナさんだけ欲望丸出しだが。いや、全員かも。


「取り敢えずみんなでクレオの相手をしててくれる? 私もご飯を食べてくるから」

「了解したよ。ゆっくり食べるといい」

「お任せを」

「アキお嬢さま、いってらっしゃいませ」


 揉み合っているヒナとクレオを余所に、キンさんたちは快く応じてくれた。

 いくら絡み合っていようが、ログアウトすれば俺の肉体アバターは消えるので問題ない。

 これ以上こじれないうちに、俺はさっさとボタンを押した。

 どんなに懐かれても所詮はNPC、所詮はゲームだと、きっちり割り切れるのが俺の良いところである(自画自賛)。


 のめり込んじゃうタイプの人には危険なゲームだよなこれ。

 NPCに感情移入するようになったら終わりだぞ。

 さーて、メシメシ。腹減ったー。


 現実へ戻り、キッチンに顔を出すと、妹の春乃がテレビを見ながら食事中であった。

 几帳面な姉は、きっちりと俺の分まで食事の準備をしておいてくれたようだが、夏乃の姿は無い。


「あれ? 春乃だけ?」

「あ、秋姉」

「……姉じゃないけど」

「そんなおっぱいして何言ってんの?」

「む、胸は関係ないでしょ!」


 春乃に指をさされ、バッと胸を隠す俺。

 羨ましそうな視線が痛くてたまらない。

 こんなもん、邪魔だし重いしでちっとも良いことなんかないのに。

 欲しいならもぎ取ってくれてやりたい。

 やはり一刻も早く男に戻らねば、兄としての尊厳が失われてしまう。そう決意を新たにする俺なのであった。


「夏姉なら食べてすぐ部屋に引っ込んじゃったよ。食器の片付けお願いって」

「ふーん。夏姉にしちゃ珍しい」

「今日は二人とも朝からずっと部屋にこもりっぱなしじゃん」

「あー、うん。まぁね(夏姉も……?)」

「お姉ちゃんたちが構ってくれないから、わたしつまんなーい」

「悪かったよ春乃。今度甘いものでも奢るから」

「ほんと!? わーい秋姉とデート! 絶対忘れないでね!」

「うん。約束する」


 などと会話をしつつ、モリモリご飯を食べた。

 夏姉の作る煮付けはやはり美味い。

 そして春乃と一緒に食器を洗い終え、ついでにトイレや風呂、歯磨きも済ませておく。

 ゲーム終了時にそのまま眠れるよう、寝巻にも着替えて準備万端ベッドイン。


 再び【OSO】世界へ戻ると、みんなはお茶を飲みながら穏やかに談笑していた様子。きっと、ヒナあたりがインベントリからお茶や菓子を出したのだろう。

 クレオが大人しい理由もすぐにわかった。

 ツナの缶詰さんに思い切りホールドされている。いかな力持ちとて、あの魔手からは逃れられないのだ。勿論俺すらも。


 だけど最近のツナ姉さんは、ようやく『手加減』と言うものを覚えたらしくてね。

 皮膚が剥がれそうなほどの可愛がりはしなくなったんだよ。

 だからクレオも大人しく撫でられてるってわけさ。

 兜で顔は見えないが、ツナ姉さんは天にも昇る心地っぽい。クレオの性格が猫っぽいだけに余計嬉しそうだ。


「お待たせー」

「お帰りですアキきゅん」

「お、ご帰還かい」

「アキさん、お帰りなさい」

「お帰りなさいませ、アキお嬢さま」

「アーーーキーーーー!」

「うわっ、と」


 俺を見るなりドゴンと体当たりをしてくるクレオ。

 いや、これは抱き着いているのか。

 親愛表現が激しすぎるだろうに。


 絡みつく褐色少女と共に、再びラクダへ騎乗する。

 流石にそろそろのんびりしている時間はなくなってきていた。

 夜更かしは翌日に響くのである。


 と言うわけで、予想通り極端に冷え込む砂漠をエッチラオッチラと進むこと数時間。


 日付も変わろうかと言う頃、ようやく街の灯りが見えたのだ。




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