第140話 謎(?)の幼女
ラクダに乗った人々とすれ違い、止まることなくそのまま駆け去っていくのを『ナイス判断』と賞賛した後、俺たちは砂鮫と向き合った。
あそこで立ち止まられると、モンスターのターゲットが俺たちへ移りにくくなってしまうからだ。
なにやら小さな女の子もいたようだし、巻き込まれぬためにも遠く離れたほうがいいので『ナイス判断』と評したのだ。
「しかしでっかいね」
「そうですねぇ。映画で見たジ○ーズより大きいです」
「ところでアレに弱点はあるのかい?」
「ハカセさんのデータによれば氷結系のようですが」
「あっ、私得意です! いぇいっ!」
「フカヒレ……じゅるり」
「食べる気なの!?」
シーナさん、恐ろしい子!
まさかこんなモンスターを食べたがるとは。
いや、まぁ、せめて加工してあるならまだしも……
ニードルボアだって切り身の肉になっていたからなんとか食べられたようなもんだし……
好みは人それぞれだからいいんだけどさ。
「じゃあ、取り敢えずヒナの魔法で牽制しとく?」
「そうですねぇ。モンスターレベル65ならそんなに強くないですもんね。では、撃ちまーす! 【アイスジャベリン】!」
「えーと、待ってくださいアキさん、ヒナさん。注釈が書いてありました。氷結は確かに有効なのですが、攻撃されるとサンドシャークの体表に寄生している無数のサンドマンが分離して戦闘に加わるそうです」
「えぇ!?」
「ちょっ!? もっと早く言ってくださいよ!」
のんきすぎるよツナ姉さん!
……いや、良く確認もしなかった俺たちが悪いんだな。
「って、うわっ! なにあれ!?」
「どこがサンドマンなんです!?」
「砂の塊に目鼻と口がついてるだけじゃないか!」
「なんとも大変な数です」
「サンドマンは食用でございますか?」
嘘でしょシーナさん!?
悪食にもほどがあるよね!
「うへ……何十匹もいる……」
「いくらなんでも多すぎません?」
「囲まれると厄介だね」
「はい。回避率がガタ落ちになりますので」
「確かに、あまり美味しそうではございません」
「(本気で食べるつもりだったのかよ……)とにかく、数を減らさないと!」
「アキさん。サンドマンはプレイヤーに砂を纏わりつかせ、【鈍足】の状態異常を与えるそうです」
「えぇ~……」
鈍足効果は俺にとって厄介な状態異常だ。
AGI半減と回避率が3割低下に加え、走る速度まで落とされてしまうのだ。
かなりAgiに偏重した俺にはきつすぎる。羽を毟り取られた鳥にも等しい。いや、どちらかと言えば足をもがれたダチョウか?
だが、当たらなければどうと言うことはないのも事実。
「了解ツナ姉さん。こっちで対処するね。戦女神よ! 【姫騎士】たる我に魔を討つ力強き意思を授け給え! 【勇猛果敢】!」
ゴオッと全員が炎のエフェクトを纏う。
パーティーメンバーに状態異常無効と高揚効果を付与する姫騎士スキルだ。
「す、すごいじゃないか……!」
「まるで全身が燃えるようです……!」
「身体の一番奥が熱ぅい! ……でございます」
一人だけ変態みたいな感想だが、そう言えばヒナ意外にこのスキルを使うのは初めてだった。
普段の俺は、なるべく意識的に姫騎士スキルを使わないようにしているからだ。
ぶっちゃけると、プレイヤーたちには概ねモロバレ状態である。しかし姫騎士の存在を知らない者もいるはずだ。いや、いてくれ!(願望)
大多数の連中はそれを知ってか知らずか、わざわざ詳細を尋ねてきたりはしない。きっと空気を読んでくれているのだろう。
それは非常にありがたいのだが、俺の努力は無駄ですよと遠回しに言われてるようで、ちょっとだけ切ない。
なんてことを考えた時、ヒナの嬉しそうな……サ○エさんみたいな笑い声が聞こえた。
「うふふふー……行きますよー! 【絶対零度】!!」
満面の笑みで大魔法を放つヒナ。
これはビートエイプ戦でも見せた俺とヒナのコンボ技だ。
【勇猛果敢】に付随する高揚効果がヒナの大魔法ゲージを上げたのである。
バキバキバキピキィン
一瞬にして辺り一面が凍結した。
哀れ、モンスターどもは全て氷の彫像と化している。
勿論既にHPはゼロ。お陀仏だ。
まさかの全員出番無しであった。
「……さすがヒナー。かっこよかったよー」
「えへへー! そうですか? ……アキきゅん、ホントに褒めてます? 棒読みに聞こえますけど」
「当たり前じゃん。わたしのヒナは強いなーってね。うわー冷たくて気持ちいいー!」
「……氷に抱き着いて喜んでるようにしか見えませんけど……ちょっ! みんなもですか!」
俺の様子にハッとしたみんなが群がるように氷へダイブ!
大魔法のエフェクトが消えるまでの短い間、功労者のヒナをそっちのけで涼む俺たちなのであった。
砂漠にも一服の清涼剤を、ってね。あー、最高。
そして結局ヒナも加わり、氷に全身を押し付けていると。
「あ、あのぅ……」
おずおずとした声をかけられたのである。
見れば先程すれ違ったラクダの人たちが、戦闘も終わったとみて戻ってきたようだ。
救けに入ってくれた俺たちを見捨てて逃げるわけにはいかなかったのだろう。
ラクダは5頭。騎乗者も5名である。
ちなみにフタコブラクダだ。背中の大きな二つの瘤には水ではなく脂肪が詰まっており、砂漠でも長期間行動可能なのだ。
そのラクダから降りてきたのは男性が3人、女性が2名。
うち1名が……どうやら俺の見間違いではなかったようで、幼女と同じくらいの年齢と思われる、褐色の肌をした女の子であった。綺麗な黒髪は二本の太いおさげだ。
そして幼女は声をかけてきた男性を押しのけ、ズイと前に出てきた。『偉い人は私よ』とでも言うかのように。
「助けてくれたことは礼を言うわ。私はクレオパ……え、えーと……ク、クレオよっ!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「な、なによその顔はっ! 疑ってんじゃないわよー! ……でも、感謝はちゃんとしているのよ?」
『絶対偽名だぁ~!! しかもツンデレだぁ~!!』と心の中で叫ぶ俺たちなのであった。




