第125話 トリックオアトリート
「……」
「ほらアキきゅん、いつまで仏頂面してるんですか。みんな待ってますよ」
「……やだ」
「えー。アキきゅんが音頭を取らなきゃいつまでたっても始まりませんよ?」
「……うぅ……なんでこんなことにぃ……」
「(ふふふ、悩んでる悩んでる……可愛い! さて、あと一押しって感じですね!)そもそも子供がお菓子をもらうための……」
「あーもう! わかったよヒナ! やればいいんでしょ! ト、トリックオアトリ~トォ~! お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうゾッ☆」
ウォオオオオォォォオオオ
首都アランテルに怒声のような大歓声が巻き起こる。
大半がNPCを含めた野郎どもの野太い声ばかりなのは業腹だが、女性陣の黄色い声もかなり耳に届いていた。
まぁ、『かわいいー!』だの『ちっちゃーい!』だのと言われたところでちっとも嬉しくないけどな。
それでも男どもの『好きだー!』だの『結婚してくれー!』だのよりは遥かにマシだよ。
む?
一際大きく『罵ってくれー!』って叫んでるのは変態騎士さんか?
マジでブレねぇな、あの人。
イベントマップをクリアし、意気揚々と帰還した俺たちを待っていたのがこの乱痴気騒ぎだ。
なんでも、やはりハロウィンパーティを盛り上げるには子供たちによる練り歩きが必要だと言う、全く意味不明な理由だった。
そうとくれば、サーバー随一の美幼女であるこの俺に、子供代表としてパレード開始の音頭を取って欲しいと言う白羽の矢が立つのは当然のことだろう、とは涙ながらに熱く語る主催者一同の談だ。
同様にヒナを始めとした、大人よりは幼く見えるプレイヤーも前面に押し出されてパレードの列に加わった。
……正直迷惑な話ではある。
こちとら好きで幼女をやっているわけでもないのだ。
だが、いい歳した大人に目の前で泣かれてみろ。
とても断れるような雰囲気じゃねぇぞ。
しかもヒナが俺をジト目で見るもんだから、余計にいたたまれなくなって思わずOKしちまったよ。
そしてそのダメな大人組はと言えば、通りの沿道に立ち並び、ものすごい形相で目を血走らせ、可愛い衣装を身に纏った子供たちにお菓子をあげる気満々なのである。
これではどっちがイタズラをする側なのかわからない。
現に女の子たちはそんな鼻息の荒い連中に若干ドン引き気味だ。
ちなみにハロウィンイベントのボスモンスターだが……まぁ、うん。
登場シーンからして強ボス感満載だったんだけど……
屋敷の外に待機していた我が団員たちを突入させたら……あっさりと、ね。
はっきり言って過剰火力だったよ。
よく考えたら、こっちは全員が高レベルかカンストしてるんだもんな。
イベントボスには可哀想なことをしちゃったかも。
ものすっごいフルボッコだったし……
あまりにも哀れすぎて、そそくさと撤収してきちゃったよ。
ともあれ、俺の号令で望んでもいない練り歩きは開始されてしまった。
先頭の俺が歩み出さねば列のみんなも進めまい。
小っ恥ずかしいのを我慢しながら仕方なく歩き出し、これまた仕方なくフリフリと手を振って、ついでにニコニコと愛想も振りまいておく。
後続の連中も俺に倣ってぎこちない笑みを浮かべながら精一杯はしゃいでいた。
ただし、ヒナだけは普段と変わらず楽しんでいるように見受けられる。
我が彼女ながら、どう言った思考回路をしているのか今ひとつ掴めないが、どんなことでも楽しもうとするその前向きなスタンスは見習うべきであろう。
ところで、このパレードのコースは西大門から大通りを東進し、中央噴水大広場を一周してから東大門に至ると言う結構な長丁場だ。
プレイヤー有志による独自イベントは他のゲームでも割とよく目にしたが、ここまで大規模な催しは初めてかもしれない。
他ゲーの個人イベントなんてもっとひどいよ。
引退式と称して自分の持つ高価で貴重な装備やアイテムを集まった人々に配ったりバラ撒いた挙句、数日後には素知らぬ顔で復帰し、『装備返して!』とか臆面もなく言ってのけちゃうアホがよくいたもんな。
結局は我慢できずにログインしちゃうくらいなら、最初から引退するとか言わなきゃいいのにね。
そもそも本気で引退する気があるヤツは黙って居なくなるぞ。
『あれ? そういやアイツ、最近見ないな』
『引退したんじゃね?』
ってな風にさ。
「トリックオアトリートー!」
「イタズラとお菓子、どっちがい~い!?」
どこからともなく流れてくる軽妙な音楽に乗せて行進しつつ、後続のみんなが大声で呼ばわる。
同時に沿道からは、やんややんやの大喝采。
「みんな可愛い~!」
「私、いっぱいお菓子あげちゃう~!」
「お、おれはイタズラされるほうが……」
「馬鹿っ! BANされたいのかてめぇ!」
「そーそー、可愛い子は愛でるためにいるんだぞ」
「Noタッチ! の精神を忘れた者には制裁を!」
「うぉぉぉぉ! ツンデレ幼女さまぁぁぁ! 罵ってくださいぃぃぃぃ!」
「あたし……アキ姫ちゃんを持って帰りたい……」
「目を覚まして! 気持ちはわかるけど、それは犯罪よ!」
「なぁ……幼女ちゃん、ますます可愛くなってないか?」
「オレも思った」
「……好きだ……」
「おめぇも目を覚ましやがれ!」
「いてぇ! 恋するのは自由だろ!」
「そりゃ『※ただしイケメンに限る』だ! キモ男にそんな権利は無ぇ!」
「なにぃ!?」
「落ち着けバカども」
「はーい、揉め事はご法度でしゅよー。隔離部屋にご案内しゃれたい人はいますかー?」
「げぇっ!? 噛み噛みちゃん!?」
「誰だGMコールしやがった野郎は!」
「なんで運営が個人イベントに絡んでるんだよ!」
「あんたたちみたいなのがいるからでしょうに」
「そうよそうよ!」
大騒ぎの中、まさに雨あられと俺たちに降り注ぐ大量のお菓子。
とてもじゃないが拾い切れない量を大人連中が嬉々として撒きまくっているのだ。
これぞ飴の雨ってか?
つ、つまらん。
ってか、いくらデータだからって食べ物を粗末にするなよ。
……ちょっ、レア装備品まで投げてるバカは誰だ!?
ああああ!
誰も拾わないから消えちゃったじゃないか!
勿体ない!
こんな風にハロウィンの夜は更けて行くのであった。




