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第121話 おもちゃ



「はぁぁぁ~……」


 魂魄が抜け出てしまいそうなほどの長い溜息。


 我ながら無理もないことだと思う。

 頭を悩ませる事案が盛りだくさんだからだ。

 今も必死になけなしの脳みそをフル回転させているが状況は芳しくない。


 勿論、いの一番に考えねばならないのは、如何にして第二大陸を席巻する邪神アポピスに対抗するかであった。

 あの幻魔ゲンマが復活させてしまったクソ邪神を突破せぬことには、近々実装予定の第三大陸へ行くこともままならぬのだ。


「これもいいよ~」

「うんうん!」


 そして第三大陸へ到達できないと言うことは俺にとって死活問題に等しい。

 なぜなら、やはり近日実装予定となっている『アバター変更施設』が、その第三大陸に設置されるのではないかと予想したからだ。

 その施設こそ、俺のアバターも肉体も女から男へ戻してくれる神域であると信じている。

 って言うか、そう信じないとやってられないほどに俺の精神は疲弊しているのだっ!


「ねぇねぇ、これも良くない?」

「あ~ん、素敵~」


 だがしかし、あの(・・)運営チームや開発陣が、そんな重要施設をおいそれと首都アランテルあたりの誰でも到達できるような場所に据え付けてくれるはずもない。

 俺は気付いたのだ。

 【OSO】を作った連中は、極めて底意地が悪いと言う事実に。

 むしろプレイヤーに負荷ストレスをかけ、それを見て楽しんでいるような節すらある。

 そうでもなければ、俺が再三に渡ってバグ報告メールを送っているのに黙殺するのはおかしな話だろう。

 つまり、ヤツらは間違いなく嫌がらせのために第三大陸へ実装するはずだ。

 そんな風にハカセへ俺の見解を述べたところ、手の平を素早く両耳に当てたり離したりしながら『ヒェェ~! あたしにはなにも聞こえないわァ~!』と現実逃避にいそしんでいた。


「これなんてどうかなぁ?」

「きゃー、セクシー!」


 で、肝心の邪神対策だが、そのハカセらとも話し合った結果、やはりプレイヤー全体の底上げを図るのと、俺の提示した『強力なNPCを勧誘しちゃおう大作戦』がそのまま採用された。

 作戦自体は既に発動済みで、俺が送り出したモーちゃんたち以外にも、神話に詳しい高レベルの連中が大陸全土へ放たれたのだ。


 相違があるとすれば、俺のはNPCがNPCを勧誘する形だが、ハカセたちの案はプレイヤーが直接NPCを口説くと言う部分であろう。

 どちらの成功率が高いのかは未知数だが、いざとなれば俺たち自ら探索に出ることも視野に入れている。


 取り敢えず今のところは結果待ちだな。

 モーちゃんたちがまた暴走しないか心配だけどね。

 ま、俺にも当てがないわけじゃないしさ。

 本当にヤバい時はあの人に御出陣を願うまでだ。

 ククク……引っ張り出すためのネタはいくらでもあるからな……


「やーん! これも可愛い~!」

「何でも似合っちゃうねー!」

「…………」


 次に浮かび上がる問題は、ヒナとの関係だ。

 九割がた女の子になってしまった俺を、いとも容易く受け入れてくれたのは嬉しかった。

 だが、俺としては複雑な気持ちにならざるを得ない。

 だいぶ慣れてきたとはいえ、やはり(ほぼ)女の子であると言うのは良い面も悪い面も多い。

 体育の際に着替える時や、トイレ問題などが最たるものだ。


 何よりも懸念されるのは、このまま男に戻れなかった場合、将来どのツラ下げてヒナのお父さんに『娘さんをください!』と言えばいいのか。

 『女子に娘をやれるか!』と一喝されるのは想像に難くない。

 やはり一刻も早く男に戻らねば。

 せめて気持ちだけでも男らしく保とう。


秋姉アキねえー、次はこれ着てみてー」

「もー、秋乃くん。あんまり動かないの」

「……」


 そしてもうひとつ、の案件。

 我々で立ち上げた団のことがある。


 団の結成までは問題などなかったんだよ……

 ……だけど、あまりにも入団希望者が殺到しちゃってね……


 原因は団長となったキンさんの人望やカリスマ性……であるはずもなく、どうやら彼らの目当てはヒナと俺らしいのだ。


 美少女と美幼女が所属している団と言うだけでとてつもない価値があるのだ、とキンさんがその反響ぶりにニヤニヤしていた。

 あのいやらしい顔はきっと良からぬことを考えていたに違いない。

 例えば入団条件として金品を貢がせよう、とか。


 なので、ヒナと一計を講じ、最初に俺たちが育てたプレイヤーや他の有能な連中を見繕って、さっさと入団させたのだ。

 野望が潰えたキンさんは四つん這いになってさめざめと泣いてたっけ。

 その後姿……具体的には尻を見ながらハカセが舌なめずりしていたのは余談である。


 ただ、それでも入団希望を訴えるものは一向に減らぬため、分団を増やすべきかと悩んでいるのだ。


「秋姉……夏乃お姉ちゃんほどじゃないけど、おっぱい大きくなったね……負けた……」

「春乃ちゃんはこれから大きくなるから大丈夫よ」

「うん! ……じゃあさ、夏乃お姉ちゃん。せっかくだから秋姉にもっときわどいの着せちゃおうよ」

「そうねぇ、ちょっと春乃ちゃんに見せるのは早いかもしれないけれど……じゃ~ん!」

「いやぁぁ! すっごくエッチ! 夏乃お姉ちゃんそんなの持ってたの!?」

「……………………ッ」


 ワナワナブルブルと握りしめられた俺の拳が震える。

 いい加減そろそろ我慢の限界を迎えていた。


 ぐんぬぬぬぬ……

 人が大人しくしているのをいいことにこのアホ姉妹ときたら……!


「そしてそして~、最終兵器はこれ~!」

「ひぃぃぃ! それなに!? ただの紐!? 隠せる部分ほとんどなくない!?」

「貰い物なんだけどね~……」

「……捨てちゃったほうがいいんじゃない? そんなのくれる人って絶対変態だよ」

「でも秋乃くんなら着こなせるかなーって」

「あっははは! 紐に着こなしとかあるの? あははは!」


「…………ダァッ! ダァーーーーーッ!!」

「キャーーー! 秋乃くんがキレたー!」

「秋姉ー! 落ち着いてー! 遅れてきた反抗期みたいになってるよ!」


 無茶苦茶に両手を振り回して威嚇する俺。

 とうとう堪忍袋が膨張に耐え切れず、木っ端微塵に爆散したのだ。


「ふしゃーーー!」

「やーん! 秋乃くんがにゃんこみたい! 可愛い~!」

「夏乃お姉ちゃん……この状態の秋姉にも萌えるって、どんだけ……?」

「春乃! 俺は姉じゃないもん!」

「ヒッ!? 矛先がこっちに!? あ、でも口調は女の子っぽいね。オレっ子? いっそボクっ子にすれば?」

「するかっ! そもそも俺をおもちゃにするなっ!」

「秋姉~、そんな甲高い声で言っても迫力ないよー」

「そうそう、秋乃くんはお姉ちゃんたちに可愛がられるのが運命なの~」

「ぐっ!」


 夏姉と春乃の色んな服を着せられて遊び倒されるのが俺の運命だと!?

 冗談じゃない!


 しかもマジでなんだこれ!?

 ガチで紐じゃん!

 こんなのが水着なの!?

 清楚な夏姉がこんなに危ない代物を!?

 ってかもう秋本番だから寒いわ!

 へっくしょん!




 ────しかしこの日、ついに俺のアレはその姿を消したのである。




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