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第115話 第二次性徴(?)



 バサササッ



「…………」



「うわっ、今日もですかアキきゅ……あきのん先輩」

「…………」


 ヒナには答えず、無言で床に散らばったものを拾い集める俺。


「すごい量ですね。私なんかより全然多いですよ」

「……しく……ない……」

「はい? なんて?」

「嬉しくねぇよこんなもん!」

「びっくりしたー。いきなり大声出さないでください。ふふっ、可愛い声ー」

「ぐっ!」


 ここは昇降口の下駄箱前。

 と来れば、この散らばった紙片の正体もすぐに察しが付くだろう。


 そう、中傷ビラだ。


 じゃなくて。


 ナニを隠そう、ラブレター(?)だっ!


 それもアホな野郎と腐女子が半々!

 なに考えてんだ変態どもめ!


「あきのん先輩、休み時間はやっぱり避難ですか?」

「あ、うん……」

「じゃあゲイム部室で待ってますね」

「お願い……」

「了解です!(く~っ! ヘコんでる先輩もかわいいです!!)」


 ヒナは何が嬉しいのか、ものすごいニコニコ顔で手をピラピラと振りながら1年棟へ去っていった。

 俺は衝動的に破り捨てたくなる封筒の群れを、鞄へ無造作にそして強引に突っ込んでから溜息をつく。


 はぁ~……やだなぁ……

 今日もどうせ山崎さんたちにいじり倒されるんだろうなぁ……


 鉛入りの上履きを履いたようにトボトボと果てしなく重い足取りで2年棟へ向かう。




 変異の兆候を自覚してから三日。

 事態は悪化の一途を辿っていた。


 ヒナの言った通り、身体全体が丸みを帯び、柔らかくなり…………

 そして…………言いたくもないが……む、胸が少し膨らんできた気がする……


 顔つきもシュッとしていた頬だったのに、触ればもちもちぷにぷにと成り果てた。

 こういう時、女子と言うのはなんの遠慮もなくいじってくるから困る。


 『なにこれすっごいスベスベ!』

 『私よりもよっぽど女の子らしいんですけど……火神カガミちゃんうらやまー!』

 『や~ん! ずっと触っていたい~!』


 じゃねぇっての……

 お前ら俺の気持ち考えたことある?


 不用意に触って来ないだけまだ男どものほうがマシだよ……

 いや……俺をジッと見つめてはポッと頬を染めるのが異様に気持ち悪いけどな……

 あいつらが手出ししてこないのは単に以前の俺を知ってるからだろうよ。


 ただ、こうやって手紙を下駄箱に入れてくるのは、なんでかうちのクラスの連中が異様に多くて解せないんだが……

 しかも、『好きです』とか『付き合ってくれ』なんて一文字も書いてないんだぜ?

 ただただ『可愛い』だの『ずっと見ていたい』だのと延々褒め(キモい)言葉だけが連なってるんだ。


 逆に女の子からの手紙は……怖い。

 マジキチかよってくらいおっかねぇ。

 『好き好き』とか『愛してる』なんてのは序の口。

 しまいには『飼いたい』とか『一緒の墓に入りたい』みたいな完全に病んでるとしか思えないのもあった。


 やむ!

 むしろこっちがやむ!


 ってかホント、お前らなに考えてんだ?

 そろそろマジでブン殴っていい?



 ガラガラガラ


 ザワッ


「おい、来たぜ」

「……シーッ」

「くそ、なんなんだこの変な気持ちは……」

「旦那……そりゃ恋ですぜ」

「やめろぉ、オレは男に恋するほど堕ちちゃいねぇ!」


「ちょっと、秋乃アキノちゃんが来たわよ」

「ううっ……刻々と可愛くなっていくわね……」

「私……胸がドキドキする」

「あんたレズっ気あったの?」

「待って。この場合、レズじゃなくない?」

「あ、そか。一応男の娘だから正常……いやいや、やっぱ倒錯の世界よ、それ」


 これだ。

 この教室に入った途端に聞こえるヒソヒソ話が一番堪えるんだ。


 そして────


「おはよう秋乃ちゃん」


 俺の前に立ちはだかったのは────


「……おはよう山崎さん」


 最早宿敵とも言える、山崎さんをはじめとした腐女子グループであった。

 それと同時にざわめく教室内。

 今日はなにをするのだろうかと、彼女の一挙手一投足に期待と注目が集まる。


 ちなみに昨日は……無理矢理ファンデと口紅を塗られた。

 屈辱……!


 バサッ


 しまった!

 余計なことを考えてるうちに頭へなにか被せられたぞ!


「演劇部から借りてきたウイッグよ! 思った通り、とてもよく似合うわ!」

「!?」


 バシャシャシャシャッバシャシャシャシャシャシャ!


 途端に乱舞するフラッシュとシャッター音。

 全員が一斉にスマホやらデジカメやらを俺に向けたのだ。


 やめろ!

 こんな姿を撮るなぁ!

 しかも連写すんなぁ!

 お前ら嫌いだぁ!




 昼休み。

 ゲイム部室。


「ヒナ~~~~!」

「おー、よちよち。怖い目にあったんでちゅか~?」


 部室で待っていたヒナの胸に、泣きながら飛び込む俺。

 苦痛に満ちた授業時間を乗り越えた後に訪れる至福の時。


 我が女神ヒナは俺を優しく抱き止め、慈母のような微笑みで頭を撫でてくれた。


 だが、次に放った一言が俺を現実という名の地獄へ叩き落とす。


「あれ……? この感触…………あきのん先輩、そろそろブラしたほうがいいんじゃありません?」

「ブラ!?」

「はい。ブラジャーです(この初々しい反応……可愛すぎですよぉ!)」

「なんで!?」

「なんでって、膨らんできちゃってますし、走るとこすれて痛くなりますよ?」

「やだぁ!」

「絶対したほうがいいですって。重要なのは形ですよ、形。私も一緒に行って選んであげますから」

「余計にやだよ!」

「じゃあ病院に行きます?」

「……それもやだ……」

「────!!」


 堪らなくなったのか、ギュウと思い切り抱きしめてくるヒナ。

 護身術なんかをやってるだけあって思ったよりも遥かに力強い。

 いや、俺の身体が華奢になったからそう感じるのだろうか。


 病院、なぁ。

 本来ならば真っ先に行くべきなのかもしれん。

 俺の身体に起こった変異はどう見ても尋常じゃない。

 だが、こんな身体を見られるのはもっと恥ずかしいのだ。

 たとえ相手が医者だとしても。

 『珍しい奇病ですね! ぜひモルモットに!』なんて言われたらたまったものではない。


 ……そもそもこんなことになった原因は【OSO】だと思う。

 だったら解決策も【OSO】の中にあるんじゃないか?

 くそ、なんとしてもそれを見つけねぇと、俺は一生いじられ人生になっちまう!



 ヒナに猫可愛がりされながら新たな目標を見出みいだす俺なのであった。




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