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第106話 末路



「……っ! 貴方は反論すらなさらないおつもりなのですか……っ!」

「待ってくださいツナお姉さん!」


 尚も幻魔ゲンマへ詰め寄ろうとするツナの缶詰さんを、後ろから羽交い絞めにするヒナ。

 流れるような動きで両腕を脇の下から通し、華麗に肩の関節をめていた。

 きっとこれもヒナが習っているという護身術のひとつであろう。

 大の成人男性でもこれ(・・)から脱け出すのは至難の業だと俺は見抜く。


 現実なら、ね。


「あれぇ!? アキきゅん! ツナお姉さんが全然止まってくれません!」


 そりゃそうだ。

 なにせヒナのSTRはたったの1!

 対してツナの缶詰さんはカンスト!

 なので、ずるりずるりと引きずられてしまうのも仕方がない。


 俺もちょっと気付いた事柄があるんだよね。

 幻魔(あいつ)がブッ倒される前に止めないとな。

 今のツナ姉さんは容赦なさそうだもん。

 よっしゃ、待ってろよヒナ。


「ツナ姉さん! ストップストップ! どうどう! 良くあいつを見てよ! 明らかに様子がおかしいでしょ!?」


 高AGIを活かして素早くツナの缶詰さんの前へ回り込み、ガッシと腰にしがみついた。

 幼女姿でなければ首にチョークスリーパーでもかますところなのだが、悲しいかなこの身長差よ。


 しかし俺のSTRも既にカンスト済みであり、多少押し返されて軸足の踵が地面に潜ったものの、どうにか重機の如き前進を食い止めることができた。


 うむ。

 見事な怪力幼女ぶり。

 一部の界隈に属する皆さまには大ウケしそうだ。


 ともあれ、半ば力尽くではあったが、なによりもツナの缶詰さんが反応したのは俺の言葉にこそある。


「……確かに彼の様子が変です……同じところをグルグルと歩いてばかり……」

「でしょ?」

「ですよね……あれじゃまるで……」


 ヒナに釣られ、俺たち三人は同時にこう言った。


「NPCみたい」



 そう、幻魔は古いRPGによくいる、決められた言葉しか返せないNPCと非常に似ているのだ。


 試しにかわるがわる何度か話しかけてみるも────


「ようこそ。ここはニブルヘイムです」


 ────の一点張りであった。


「……これはいったいどういうことなのでしょう……?」

「うーん……まだなんともいえないけど、取り敢えずここがニブルヘイム? ってことらしいね」

「しかし、ニブルヘイムとは北欧神話における……」

「ふっふっふー。もうひとつ判明してることがあるじゃないですかー」


 首をひねる俺とツナの缶詰さん。

 そこへ何故かドヤ顔で首を突っ込むヒナ。

 それも『早く聞いてください!』と言わんばかりに。


 これは聞き返してあげないといじけてしまうパターンであろう。

 鼻っ柱をへし折るには無視が一番効果的なのだが、恋人に対してそんな鬼畜の所業が俺には出来るはずもなかった。

 それでもドヤ顔の部分だけはスルーしてごく普通に尋ねる。


「判明って、なにが?」

「フフーン! 告知によると幻魔(かれ)は永久BANに処されたはずです! つまりあの幻魔さんは偽物ですっ!」

「……」

「……」

「あ、あれっ? 反応薄いですね!?」


 わかりきったことを鼻息も荒く語っちゃうヒナかわいいっ!

 ……じゃなくて。


 処されたっていわれてもなぁ。

 俺もツナ姉さんも、そんなことは知った上で頭を悩ませてるんだけどね。

 むしろ、なんで処されたはずのヤツがこんな場所でウロウロしてんのさ?


 ん?

 向こうでも、似たようなのがボーッと突っ立ってら。

 衣装からすると盗賊(スカウト)系かな?


 ……んんん?

 こりゃもしかして。


「ツナ姉さん。あっちにも人がいるっぽいけど、見覚えとかない?」


 俺の指差す先、赤い霧にまみれてはいるが人影は確かにあった。

 兜の下で目を細めているのか、ツナの缶詰さんは首を伸ばす。


「……!! ……!?」


 自分の見た物を疑うように驚いて視線を外し、二度見して再度仰天するツナの缶詰さん。

 どうやら本当に見覚えがあるらしい。


「……か、彼は半年ほど前、隠密系スキルを駆使して女性プレイヤーたちのあられもない姿を多数撮影した挙句、ゲーム内掲示板に独自のスレッドを立てて写真をアップ! そして男性プレイヤーの大人気を博し、ついたあだ名が『助平王エロキング』! その悪名がワールド全体に広まった頃、ついに盗撮された被害者のプレイヤーから訴えられてあっけなく永久BANとなった『ミスターD』さんです! ちなみに『D』は『ドスケベ』の『D』だと聞き及んでいます!」

「!!!???」

「…………へ?」


 ツナの缶詰さんからもたらされた早口なうえ膨大な情報に、どこからどうツッコミを入れていいのかわからず、頭の中が真っ白になる。

 ヒナなど脳内で処理し切れなかったらしく、目を超高速で白黒させていた。



 アイテムを故意に複製するduplicate(デュープ)や、その他のバグ利用などに続いて最もBANされやすいのがハラスメント行為だ。

 昔はそれほど厳しくなかったと聞くが、昨今では当然の如くどのネトゲにおいても規約への記載があるほど。

 更には他人のアカウントを使って悪さをしたりするケースもあるが、こちらは『不正アクセス禁止法』に引っかかる立派な犯罪なので、良い子のみんなは決して真似しないように。


 ともあれ、現実と遜色がないほどリアルすぎるこの【OSO】ならば、そう言った類の変態が現れたとしても納得は行く。

 当然、厳しい措置が即座に取られることも想像に難くない。

 永久BANになるのは当たり前で、自業自得もいいところである。


 いやそれよりもさ、ツナ姉さんの情報で最重要項目なのは、その『ミスターD』なる人物が元プレイヤー(・・・・・・)だったってことだろ。

 そして永久に追放された。

 幻魔と同様に、な。


 ……それって、つまり────


「……ひょっとしたら、なんだけど。このニブルヘイムとやらの住人は、全員がBANされたプレイヤーなのかもしれない……」

「……!」

「あっ……!」


 息を飲むヒナとツナの缶詰さん。

 その気持ちも良くわかる。

 俺の仮説が正しいとするならば、あまりにも【OSO】の運営チームは悪趣味と言わざるを得ないからだ。

 これでは死体蹴りもいいところである。


「BANされた人のスタイルデータを残してるのは……見せしめ、ということでしょうか?」

「うん、その可能性は高いかもね」

「……だとしてもこれが末路とは酷すぎます……彼らはBANとワールド告知によって、もはや制裁されていると言うのに……」


 優しいツナの缶詰さんは、苦し気に言葉を紡いだ。


 俺個人としては、こんなプレイヤーも滅多に訪れなさそうな僻地で晒し者になったところで、さしたる見せしめにはなっていないような気もする。

 ちらりと見れば、ヒナも俺と同じような表情をしていた。


 つまり、『この程度はよくあること』と考えてしまうくらいには、良くも悪くもゲーム慣れした俺たちのほうがよほど鬼畜だということだ。


 いやぁ、別ゲーなんかもっとひでぇ晒しが一杯あるもんなぁ。

 可哀想なのになると、そいつの家まで特定されてたりするし……



「……おぉ~い……みんな~……早く助けておくれぇ~……なんだか変な場所に連れ込まれてしまったよぉ~……」



 途切れ途切れに遠くから聞こえる不気味なうめき声……ではなく。



「!! キンさんのことすっかり忘れてた!」

「そういえばそうでした!」

「……すぐに追いましょう!」


 慌てて声の聞こえた方向へ駆け出す俺たち。

 血のように赤い霧が視界を遮るが、それをかき分けて進む。



 その途中、残してきた幻魔へと憐れむように振り返るツナの缶詰さんを俺は目にしたのであった。




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