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080:戦士・シュトーレン・麒麟

 秋も終わり、冬の気配が一層強くなってきたある日のこと。

 とある街の喫茶店には大変珍しい顔ぶれが揃っていた。

「お知恵をお貸しください」

「え、えっと……」

「…………」

 セーターの上からでもガタイの良さがはっきりと浮き上がっている男が両膝に手を当て、テーブルに額を擦り付けんばかりに低頭する。

 反対側には、低頭する男ほどではないががっしりとした厚めの体つきの男が困惑の表情を浮かべ、隣の席に視線を向けた。その先にいるのは顔の左側に十字の傷を拵えた中年の男。サングラスで目元を隠してはいるが、右目側には火傷のような痣が広がっている。

 傷の中年男――羽黒は腕を組みながら「まずは」と呆れながら低頭する男に声をかけた。

「こうしてツラ合わせるのは久しぶりだな、竜胆」

「お久しぶりです、竜胆さん。……あの、顔上げません?」

「……うす」

 低頭していた男――竜胆に姿勢を戻すよう促したのは、羽黒の経営する雑貨屋(何でも屋)の従業員の裕。その場の三人が控えめに言ってカタギ離れした体格と風体をしているため周囲の視線が集まりそうなものだが、待ち合わせ場所に竜胆が一人ガチガチに緊張して待っているのを見つけた瞬間、羽黒が結界を起動したため不要な注目はされていない。

「香宮からの定期報告って体で呼び出されたと思ってたんだが、何で直接関係ないお前が来てんの?」

 まずは至極真っ当な疑問を羽黒が口にする。

 魔法士協会の瓦解から羽黒の死亡、その後の劔龍騒動にかけてさらに曖昧になっている羽黒及び月波守護四家に対する接触禁忌扱いだが、実態としては羽黒の元には多方面から依頼が舞い込んでいる。その中には「貸しを返せ」と言わんばかりの最低賃金で紅晴守護の統括家からの物も混じっており、たまにこうして面と向かっての打ち合わせを取り交わすこともあった。

 そして竜胆と言えば冥府に籍を置く鬼狩りである。その契約者は紅晴市在住の曰く付きの呪術師であり、件の依頼元とは腐れ縁ではあるが、本来は無関係だ。むしろ率先して羽黒との接触は回避すべき肩書である。

「当主補佐に代理を頼まれました。まずは仕事の話を。こちらの契約完了の項目に印をお願いします」

「…………。ユウ」

「あ、はい」

 竜胆が差し出してきた茶封筒を受け取り、中身を確認する。

 内容を確認すると、不動産の賃貸契約書――に見せかけ、先日請け負った魔術研究施設の襲撃及び危険魔導具の回収、破壊に対する報酬の支払いについて記されていた。

「……あれ?」

「どうした」

「いえ、問題ありません」

「ん」

 一通りチェックをした裕が書類を差し出すと、羽黒はポケットから印鑑を取り出して無造作に押印した。すると書面全体に契約完了を示す魔法陣が浮かび上がり、端から白い炎を上げて灰も残さず燃え尽きる。

「それで、何かご用ですか?」

 燃えた契約書を確認しながら裕が訊ねる。

「この書類はいつも郵送で済ませてるので、ぶっちゃけ竜胆さんに来てもらってまで持たせるほどでもないというか」

「わざわざ仕事の代理ってことでねじ込んで俺とユウを呼び出したってことは、どーしても俺たちにしか頼めない用があるんだろ?」

「……はい」

 羽黒がニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべながら促すと、竜胆は苦渋……というか、羞恥を表情にしながら用件を口にした。


「その……あ……梓、が……喜びそうなプレゼント……教えてください」

「「…………」」


 この世の終わりのような沈黙が数秒流れた。

 店内の穏やかなジャズ系のBGM、客たちの談笑、食器を動かす音がやけに響く。

「……ぷっ。だはははは!! ははは、はははははは!?」

 そして堪えきれず、ついに羽黒が腹を抱えて笑い出した。流石は羽黒が張った結界だけあって、それでも周囲の視線は三人の座るテーブルには向けられない。

「は、羽黒さん、笑いすぎです。……ふ、ふ」

「……必死に堪えるくらいなら笑ってください」

「い、いや……そ、そういうわけじゃ……ふふ……!」

「はははははははは! は、はははははははははは!!」

「…………」

 無遠慮にテーブルに突っ伏しながら破顔する羽黒と、それでも必死に体裁を保とうと顔を背ける裕の対比が一層いたたまれない。竜胆はぐっと拳を握りしめながら耐え、二人が落ち着くのを待った。

 しかしそのまま数分。このままでは埒が明かないと裕が卓上呼び出しボタンを押し、店員の召喚をもってコーヒーのお代わりを対価にようやっと笑いを治めた。

「はー、はー……苦し」

「……もういいですか?」

「おう、満足」

「敬語じゃなくていいですよ、竜胆さん。あ、僕のこれは癖なんでお気遣いなく」

「はい。……いや、分かった」

「当ててやろうか」

 運ばれてきたコーヒーで口の中を湿らせながら、羽黒は改めて竜胆に視線を向ける。

「鬼狩りの任務中に考え事してたら、あいつに見抜かれて『集中できねえなら近しい奴に直接聞いて来い』って仕事を押し付けられたんだろ」

「くっ……」

「図星か」

「やりそう」

 もちろんこの場合の「あいつ」とは竜胆の契約者ではない方の相方である。契約者の方はワンチャン気付いていないまである。

「んで、うちの愚妹の喜びそうなプレゼント?」

「そういやクリスマスまで一か月ですもんね」

「あー、もうそんな時期か」

 つい昨日まで二人で海外の戦場を飛び回っていたため忘れかけていたが、平和な日本では今年も平和にクリスマスを前に浮かれ始める時期だった。そしてそんな浮かれた雰囲気は、表向きには同じ職場で最近仲のいいと噂の教師と校務員にも訪れているらしい。

「つってもな。あいつが人からもらったモンにケチつけるように見えるか?」

「それはそうだが、けど、少しでも喜んでもらいたいってのが根っこにあるんだ……」

「ドストレートに指輪でも送ったれ。あいつもいい歳だろうが」

「そ、それはまだ早いというか……!」

「おい嘘だろまだ決定打ないんか」

 でかい図体できゅっと肩身を狭め、首元をほんのりと赤らめながら俯く竜胆。

 流石の羽黒もこの反応は予想外で、呆れるしかなかった。

 梓から羽黒に直接近況報告が送られることはあまりないが、それでも裕や真奈、白羽といった親しい面子経由で何となくそういう雰囲気は察していた。羽黒も羽黒で、竜胆という知れた相手ならばと黙認していたところだが、まさか一歩手前でお互い足踏みが続いているとは思わなかった。

「ユウ、今お前いくつだ」

「35です」

「…………」

「…………」

 羽黒の視線にいたたまれず、竜胆はさらに身を縮ませる。こういう話は男から、というのはいささか古い価値観かもしれないが、梓も梓で待ちの姿勢を今更崩せなくなっているのではないかと邪推する。

「うーん」

 裕は腕組みしながらかつて机を並べた学友時代を思い出す。

「まあ指輪以外を候補に挙げて欲しいというなら、僕が知る限り、梓はアクセサリみたいな形の残る物より、その場でぱっと楽しいイベントとかの方がウケがいいですよ」

「ああ、そうだな。身につける物より明日己の血肉になる食い物を喜ぶタチだ、あいつは」

「古の戦士か」

「似たようなもんですよ」

 戦士というより蛮族の類いである、とは流石に口が裂けても言えない。昔であれば容赦なく跳び蹴りが飛んできて地面に転がされたものだ。

「せっかくですから、ちょっと凝った物作ってみたらどうですか?」

「お、俺が!? 料理を!?」

「最低限の自炊はできんだろ?」

「そ、そりゃ……野菜切って煮て味噌溶かした味噌汁を飯にかけて食うくらいなら……でも鍋とフライパンとレンジくらいしかねぇよ」

「実家はどうです? 伊巻の」

「あー……」

 なんとも言えない表情を浮かべる竜胆。察するに、件の中西家の問題児入学から多忙を極め、卒業後の今に至るまで長いこと世話になっていた実家に顔を見せる暇もなかったようだ。

「反応がアレだな? 何か帰りにくい事情でもあんのか?」

「いや……俺自身がどうこうってのはないんだが、瑠依が自立という名の強制退去させられてから、なんだか行きにくくて。俺が帰っていいものなのか……」

「帰りゃいいじゃねえか」

 羽黒が呆れながらカップのコーヒーを口にする。

「日本にゃ盆暮れ正月は実家に帰る文化があるだろうが。親子仲が悪いとか、追い出されたとかならいざ知らず、同じ市内なんだから顔を見せてやれ」

「そうですよ。今となっては、羽黒さんなんか未だに酒飲みに来いって月一で呼ばれて律義に帰ってるんですから。勘当されてた頃が懐かしいですね」

「……俺の場合は業務報告と、()が頻繁に出入りしてるからってのが前提だがな」

 特に先日、白羽の双子の娘と息子が生まれてから紫の瀧宮家訪問の頻度が段違いに上がっている。今では白銀家と行燈館、瀧宮家をローテーションで寝泊まりしているくらいだ。しかも深夜に双子がぐずり出すと白羽や使用人たちが察知するよりも早く行動を開始するため、普通に助かっているらしい。

 前々から子供好きのきらいがあったが、最近はいよいよ妖怪染みてきている。

「まあ久々に顔見せるついでに相談すればいいんじゃないですか?」

「だな。俺たちから言えるのなんざ、これくらいだ」

「後は……そうですね。今どうかは分かんないですけど」

 裕がくいとカップを煽る。残りわずかだった飲みかけのコーヒーはそれでなくなり、いつでも席を立てる状態となった。

「あいつ、そもそも料理そんな得意じゃないんですよ。なんでもすぐ焦がすし。で、なんでかなーって調理実習の時とか見てたら、砂糖どばどば入れるんですよね。目分量で」

「……そういや、香宮の当主とか、悠希……中西病院関係者とも昔はよくスイーツ食べに行ってたな」

「ね、かなりの甘党なんですよ。だから何か作るなら、がっつり甘いケーキとかのが喜ぶと思いますよ」



          * * *



「ク~リスマスが今年も~やぁてくるぅ~。へい、ただいま!」

 いつもよりテンション高めに梓が玄関の扉を開け放つ。すると手にしていた赤と白がイメージカラーのフライドチキンチェーン店の空腹を刺激する香りが家中に侵食を始めた。

「お、お帰り」

 その声と香りに家主の帰宅を察知し、リビングから竜胆が顔を出す。

「えっと、邪魔してるぞ」

「おー、いらっしゃいいらっしゃいー。いやあ、帰ると暖房がついてるって最高ね。はいこれ」

 竜胆にフライドチキンの入った袋を渡す梓。

 クリスマスイブと言えども日本では暦通りであり、冬休みで生徒はおらずとも学校での仕事は普通にある。それは校務員である竜胆も同じだが、退勤時刻が早い竜胆が梓から合鍵を借りて先んじて自宅に到着し、暖房をつけて待っていた。

「チキン買ってたのか。混んでなかったか? これ、鍵」

「予約してたからそんなじゃなかったわ。ん、ありがとー」

 冬用の作務衣コートをもたもたと脱ぎながら差し出された合鍵を受け取る。それを鞄に突っ込むと、自室へ向けてくるりと振り返った。

「じゃあ着替えてくるね。お酒出しておいてー」

「ああ」

 コートを腕にかけ、出勤用のジャージから着替えに自室へ向かう梓。その間に、竜胆はキッチンの冷蔵庫を開けて冷やしておいた小さめのシャンパンボトル取り出した。

 これは鬼狩りの相棒――当然、契約者じゃない方――経由で羽黒から贈られてきた一本だ。

 梓はそれほど酒に強い体質ではないし、竜胆は人外ゆえにほとんど酔うことがない。そのため互いに酒を飲む習慣がなく、祝いの席だからと言ってそのまま放置するといつでもどこでも売っている麒麟のマークの缶ビールを飲んでいたことだろう。そもそもフライドチキンをクリスマスにありがたく食べているのは日本くらいと聞いたことがあるため、酒もそれくらいが調度良いのかもしれないが、今回はありがたく頂き物を開けることにした。


 チン♪


 オーブンから軽快なベルの音がする。

 蓋を開けると、ふわりとトマトとチーズの香りが漂ってきた。

「……あちち」

 天板の端を摘まんで外に引っ張り出し、平皿に移し替える。何ということはない業務用スーパーの冷凍ピザだが、ウインナーやサラミを足してボリュームを底上げし、さらに追加のチーズをどっさりと乗せて焼いた。どちらかと言うと濃い味付けを好む梓と竜胆の好みに合わせた、ちょっとした贅沢な一品となっている。

 ピザをリビングのテーブルに並べたら、続いてスープを大きめのマグカップに注ぐ。スープと言っても大したものではなく、ミックスベジタブルを水で煮て、インスタントのクラムチャウダーと混ぜただけだ。これが存外手軽かつ美味しくて、伊巻の実家で教わった時はもっと早くに聞いておけばよかったと思ったほどだ。

「…………」

 スープを並べたら再度キッチンに戻り、冷蔵庫の奥にしまっている物を確認する。

 梓が帰ってからまだ中身を見られていないため存在を感づかれてはいないだろうが、ほどほどのタイミングで取り出さなければならない。せっかく実家で教わりながら作り、今日までじっくり寝かせて仕込んできたというのに、ポカで気付かれてはいたたまれない気分になる。

「お待たせー。あれ竜胆くんまだキッチ――おぉ? なんかちょい豪華なんだけど!?」

「……よし」

 最初のインパクトは上々のようだ。

 シャンパン以外は冷凍食品やインスタント食品のアレンジだというのに、「ちょい豪華」と喜んでくれる梓が、竜胆にはたまらなく嬉しかった。



          * * *



 2人だけのささやかなクリスマス会は緩やかに進んだ。

 チェーン店のチキンは間違いない美味しさだし、その他の簡単な料理も安定の味だった。羽黒が贈ってくれたシャンパンも梓の口に合わせて甘みの強い飲みやすいものだったこともあり、いつもよりも酒が回るのが早かったらしく、リアクションが大きくなっていた。

 以前から2人で見たいと言っていた映画をテレビで流し、コミカルな導入に笑い、ストーリー展開に熱くなり、そして感動のラストシーンでほっと息を吐く。それがびっくりするくらい重なって、梓と竜胆は思わず顔を見合わせてまた笑った。

「はー、いい映画だったわね」

「だな。最新作の3は年明け公開だったか?」

「そうね。それまでに2見とかないとね。どうせならこのまま見ちゃう?」

「ああ、それはいいな。……待った、その前にちょっと離席。飲み物とか持ってくる」

「はいはーい」

 思いのほか映画に見入っていたらしく、無意識に手が伸びていたシャンパンはとっくに空になっていた。念のためにとここに来る前に買っておいた缶のカクテルとソフトドリンクを冷蔵庫で冷やしていたし、追加のナッツ系の豆菓子も用意している。

 そして何より。

「……よし」

 こっそりと用意していたアレのお披露目のチャンスだ。

 カクテルを何本か手に取りながら冷蔵庫の奥のそれを取り出し、まな板の上で食べやすい大きさにカットする。小皿の上に一切れずつ置いてお盆に乗せ、リビングへ足を向けた。

「…………」

 ふとその前に、途中で買い物をした時に店頭で配っていた小さな赤いサンタ帽子が買い物袋に入れっぱなしだったのを思い出した。こんなものもらってどうしろというんだと受け取った時は苦笑するしかなかったが、酒が効いているわけでもないのに高揚している今がその時なのではと手が伸びた。

「お、お待たせ」

「はーい。……ぷははははははっ」

 次に見る映画をリモコンで選択していた梓が顔を上げ、そして顔を真っ赤にさせながら笑い転げた。その仕草が先月会った羽黒を彷彿とさせ、やっぱり兄妹なんだなあと何とも言えない気分になる。

「ど、どうしたの」

「いや買物した時についてきて。まあ、クリスマスだしな」

「いいね、最高じゃん」

「メリークリスマス」

 言って、竜胆は梓の前に小皿を差し出した。

「これ、シュトーレン?」

「ああ」

「こんなの用意してくれてたんだ! クリスマスっぽーい。見覚えないけど、どこのお店? この辺では見かけなかったけど」

 小皿を目線まで掲げながらしげしげと観察する梓。流石甘党と言うべきか、当たり前のように近隣の菓子店の商品は一通り把握しているらしい。

「その、実は作った」

「作った!? 竜胆くんが!? マジで!?」

「お。おお」

 想像通りのリアクションを想像以上のテンションで返す梓に、竜胆は若干気圧される。それと同時にほっと内心胸を撫で下ろす気分だった。

「先週、伊巻の実家でおばさんに教えてもらいながら作ったんだ。一週間寝かせるって聞いた時はそんなケーキがあるのかってびっくりしたけど。……あと、使った砂糖の量にビビった」

「そうそう、めいっぱい砂糖まぶして度数の高いお酒につけたドライフルーツを中に入れるから日持ちすんの。それに寝かせるとお酒の風味が少しずつ広がっていって味に深みが出るのよ。まああたしは作ったことないし、お店でその日に並んでる物しか食べたことないから聞きかじっただけだけど。ねえ、もしかして、一本ある感じ?」

「ああ」

「やったね! じゃあ毎日ちょっとずつ食べて味比べしよ! 楽しみー!」

「そうしてくれ。製作者冥利に尽きる」

「ん? なにちょっと他人事なのよ。竜胆くんも食べるのよ」

「え!?」

 全く予想していなかった誘いに動揺し、辛うじて髪に引っ掛かるように頭に乗っていたサンタ帽子が落ちる。それが面白かったのか、梓はさらに表情を崩しながら竜胆の肩を叩いた。

「当ったり前じゃん。作った人が一番美味しいところを食べなくてどうすんのさ」

「い、いや、流石にそんな毎日ケーキのために家まで押し掛けるのは気が引けるというか……」

「……クスクスっ。なぁに言ってんだか」

 小皿に取り分けたシュトーレンにフォークを刺し入れ、一口に切り分けながら笑う。

 その首元は酒が回っているからか――赤く染まっている。

「竜胆くんなら毎日だって来てもいいわよ。クリスマスが終わっても、正月でも、バレンタインでも、春も夏も秋も、また来年のクリスマスでも。今日だって、せっかく合鍵渡したのに律義に返しちゃうし」

「え、っと」

「んー、じゃあこう言い換えようか?」

 切り分けたシュトーレンを竜胆の口元まで運び、梓は笑った。

「今週末、指輪でも見にいこっか。お揃いの、薬指用」

「……っ!」

 流石にそこまで言われたら、竜胆だって何が言いたいかは分かる。

 差し出されたシュトーレンを口に含むと、砂糖の強烈な甘さと、ほろ苦い洋酒の香りが広がった。

「お、おねっ、がいします」

「……えへへ」

 きっと自分も、梓と同じように真っ赤になっていることだろう。

 そんなことを考えながら、お返しの一口をフォークで切り分けた。

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