077:数千歳・お雑煮・逆さの烏賊
「おや?」
「あら?」
「おん?」
早朝、月波市内の駅ホームにて、三柱の守護神獣たちが遠目からでもよく目立つものを見かけて声を上げた。
年末の帰省ラッシュでごった返す人々群れの中で頭一つ抜けて長身の金色の頭が、改札口でまごまごとしているのが遠目からでも見て取れた。
三柱はしばらく見守っていると、付き添いの白い着物の女性の手助けもありようやく改札を通過。その後に白い女性と、さらにその後ろから藤色の袴姿の龍が続いた。
「これは、これは。随分と時間ギリギリでの改札通過であるな」
「田舎者丸出しでクソウケるんですけど」
「あひゃひゃひゃひゃ! 改札すんなり通れないのダッセー!」
「やかましい!!」
ガラガラとスーツケースを引きずりながら近付いてきた金髪の狐――ホムラは炎を閉じ込めたような赤い瞳を不本意そうに歪めながら吐き捨てる。そして彼女の横に立つ小柄な白い着物の女性――ビャクは苦笑いを浮かべた。
「ほらあ、やっぱりもう少し早く出てきた方が良かったでしょ?」
「ホムラちゃん、ギリギリまで行きたくないって駄々こねて大変だったのよ~」
藤色の袴の龍――ミオは眉の端を困ったように下げて小さく微笑む。それを耳聡く聞きつけた三柱はぶっふぉ! と噴き出した。
「神無月に、神無月にあれだけ絞られたというのに懲りないお方ぞ……!」
口元を手で隠してはいるが、震える肩と口調を隠すつもりのない青年。犬を象った面をつけた長身痩躯に着流し姿の送り狼――大峰家守護獣イツキ。
「数千歳の大妖狐がお母さんにこってり絞られてたの思い出しただけでクソウケるんだけど」
セリフとは裏腹に表情を微動だにさせない、全身もこもこのコートで防寒対策ばっちりの少女。頭の後ろにほのかな光を放つ日輪を背負った八咫烏――隈武家守護獣スズ。
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ! どうせ正月の挨拶くらい顔出せってまた怒られたんだろ!」
スズとは対照的に真冬だというのに半そで短パンの少年。腹を抱え、耳に残る鬱陶しい爆音の笑みを浮かべた狒々――兼山家守護獣ガク。
三柱はひとしきりホムラをからかうと、満足したように視線を一段低くしてビャクへと向けた。
「それで、それでそちらさんは焔御前のお供かね」
「子供もまだ小さいのに大変ね」
「あひゃー、ビャクっち、無理すんなよ?」
「だ、大丈夫! 今年はお義父様たちが早めに帰ってきてくれたから」
「貴様ら、儂に対する態度と違いすぎやせんか?」
ホムラが赤い瞳を平らかにして不平を漏らすが、ミオが「自業自得でしょ~」とすっぱりと切り捨てる。先も言ったが、本当に出発直前、ビャクに無理やり防寒着に着替えさせられながら「嫌じゃ嫌じゃ、上司兼母親の説教つき会食など行きとうない!」とでかい図体をゴロゴロとさせて大変だった。行燈館をはいはい歩きで爆走する火里の方がまだ手がかからないほどだった。
「というか、神無月はともかく大晦日と元旦ぐらい自分の社で雑煮を貪っておってもいいじゃろうが。御主らも、自身の家の者たちが挨拶に来るというのに不在にしておって良いのか!?」
「これは、これは。異なことを」
「往生際が悪すぎてウケるわ。あたしたちはちゃんと事前に『今年の年末年始は出雲に顔を出す』って伝えているもの」
「うひゃひゃひゃひゃ、だから連中が挨拶に来るのは二日以降ってちゃんと計画立ってんだぜ」
「というか私たちは何年かに一回はそうしてるからね~。月波で正月に全く顔を出さない神獣ってホムラちゃんとビャクちゃんくらいじゃない~?」
「あれ、こっちにも飛び火が!?」
「ええい、小癪な!」
予想外のタイミングで自身の名を呼ばれて焦るビャクと歯軋りをするホムラ。
ちなみに、月波守護五柱の神獣が揃って不在となる今年の正月だったが、代わりに万物を識る神獣白澤が留守を守っている。守っているというか、白澤――白沢メイが「全員行ってきていいわよぉ」と送り出したということは、特に大きな問題は起こらないということだろう。
――パンポン♪
――間もなく 八番乗り場に 出雲大社 正殿行き
――神霊地 各駅停車 特別急行線が 参ります
――神格所有者の方々は どなた様も お遅れにならないよう お願いします
「お、来たわね~」
「あぁ、来てしもうた……」
ホームにアナウンスが鳴り響き、ミオは顔を上げてにこりと微笑み、ホムラは沈鬱に肩を落とす。そしてそれを傍目に他の守護神獣三柱は各々の荷物を漁って中身を引っ張り出した。
「さて、さて! 準備を始めようぞ」
「イツキ、何を持ってきたの? あたしは『さわ桜』よ。ちゃんと保冷材で冷やしておいたわ」
「あひゃー、さっすがスズっち、良い趣味してんじゃん! オレはホムラっちが来るって聞いてたから、じゃじゃん! イカ徳利だぜ!」
「なるほど、なるほど。焔御前の狐火で熱燗にし、逆さ烏賊の器でグイ……なんとも風情である。某はさらにそれを見越し、熱燗用に『酔いどれ鯨』を持参した」
「「最高じゃん」」
「おい」
仮にも自分たちが住まう土地の守護獣を熱燗のための熱源としか見ていない三柱に、流石のホムラも額に青筋を立てる。しかしそんなことはどうでもいいとばかりに、続いてミオも「私はね~」と荷物を漁って大きめのタッパーを取り出した。
「お酒のあてにお漬物~」
「お、もしかして卯月っちのお手製!?」
「素晴らしい、素晴らしい! 卯月殿の漬物の塩梅は筆舌に尽くしがたい」
「流石ねミオ。ウケること間違いなし」
「…………」
文句の出かかった口を渋々閉じるホムラ。自身の扱いはともかく、気心の知れた守護獣たちが持ち寄った酒と肴は一級の選出ばかりであった。ビャクだけは「せめて席についてから広げようよ……」と苦い顔をしていたが。
――ファーーーーーーーーン……
ホームに旧い汽笛の音が響き、自然とホームにいた人々の視線が八番乗り場に集まった。
しかし線路の先には何もいない。
否、正確には資格あるものが目を凝らすと、空間を歪ませながら何かが猛スピードで近づいてくるのが見える。
――シュウウウウウ……
それは慣れた様子でホームの乗車ラインに合わせ、霞を吐き出しながら大きなと共にぴたりと速度を落としながら止まった。重く黒い光沢を放ちながら、丁寧に手入れをされてきたことが分かる鉄の機関車だった。
「……来たのう」
「いや~、便利な時代よね~」
「然り、然り」
「蒸気機関車の付喪神。何十年か前まで自力で出雲まで行ってた時代が馬鹿らしくなってくるわね。ウケるわ」
「ぶひゃひゃひゃひゃ! アレはアレで、オレは好きだったけどなー」
「ほらほら皆、荷物まとめて、乗り遅れないようにね!」
パンパンとビャクが手を叩くと、気の早い酒と肴のお披露目会は迅速に撤収され、各々荷物をまとめ直す。車窓からは月波よりも遠方の地に住まう神々が早くも酒盛りしているのが見え、すでにどんちゃん騒ぎとなっていた。
「さーて、気は進まんが、行くしかないのう」
相変わらず口では文句を言いながらも、ホムラは自分で荷物を肩に背負い、月波の守護神獣たちの先陣を切って機関車の付喪神へと乗り込んだのだった。





