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070:料理人・海鮮丼・彗星

 私立月波学園第68回学園祭――中央通ステージ。

 大学と高等部が接することから平時から人通りの多いエリアだが、この日は異様な熱気と人込みで溢れ返っていた。


「お待たせしました! ただ今より! 特別イベント「月波市最強大食い大会」を開催いたします!!」


 ワアアアア! とステージを取り囲む観客から歓声が上がる。

 それをさらに盛り上げるように、一人のバニーガールがステージ上へ登場した。

「わたくし、今回のイベントの司会進行を務めさせていただきます、高等部生徒会会計3年E組普通科の佐山詩子です! よろしくお願いしますねー!」

『『『佐"山"か"わ"い"い"ー!!』』』

「うわ、めっちゃだみ声の声援もろたで。きもーい♡ ありがとー! あとで所属教えてね、来年の予算削っとくから♡」

『『『う"お"お"お"お"お"お"お"お"!!』』』

「予算削るって言ってんのに喜ぶな♡」

 けらけら笑いながらステージを闊歩し笑顔を振りまく詩子。一通り声援に満足した彼女は「さて」とバニー衣装の胸元のピンマイクを弄りながら改めて観客席に向き直る。


「このステージでは事前に募集し予選を勝ち抜いた精鋭たちによる大食い大会を開催するよん♡ ルールはいたって単純! とにかく食って食って食いまくれ! 優勝者には賞品として学園祭でも使える月波市商品券10万円相当が授与されます! そして今回は――」


 じゃん! と詩子が大きく腕を振る。

 その先には露店用の大型テントが設置されており、そこから観客たちの鼻腔が蕩けるような脂と炭の香りが漂っていた。

「月波大学農学部畜産科協力のもと、まだ試験肥育中で市場に出回っていない月波市産牛肉を使用しております! さらに熟成肉研究サークル及びBBQ愛好会、料理系サークル『肉を食らう会』も協賛! 最高に美味しい状態で一般販売もしておりますので選手に釣られて食欲爆発させろブタ共♡」

『『『う"お"お"お"お"お"お"お"お"!!』』』

 まだ始まってもいないのに客席のボルテージはマックス。その声援を薄いバニー衣装で全身に浴びて心地よくなった詩子はさらに声を張り上げた。

「さあお待たせしました! 今大会に挑戦する5人の選手たちを紹介するゾ♡ まず1人目――」


 ぱぁん! とステージ上にスモッグが噴射される。そしてその奥からずぅんと重い足音を響かせながら現れたのは、規格外の浴衣に身を包んだ見上げるほどの巨漢だった。


「身長197センチ、体重156㎏! 予選男子の部門で圧倒的吸引力でわんこそばのようにラーメン27杯を啜り上げたのはこの男! 高等部2年H組農学科、相撲部所属の石久保俊二選手!」

「どすこーい! 相撲部では伝統のちゃんこ鍋屋を開いてるっス! 皆さんも食べに来て欲しいっス!」

「お、いいですねぇ。相撲部のちゃんこ鍋屋は高等部第二グラウンドの露店エリアで出店してるので皆さんも是非お立ち寄りを!」

「ごっつぁんです!」

「続いて2人目はこいつだー!!」


 ぱぁん! と再びスモッグが炊かれる。それを掻き分けて登場したのは、こんがりと焼いた肌に金色に染め上げた髪の毛を盛りに盛ったギャルだった。

「ピスピース! 高等部1年D組、エミっちでーす!」

「彗星の如く大食い業界に降り立ったエミっち! 動画サイトフォロワー数10万人、総再生数は500万オーバーの超ド級新入生! 一番人気は『海鮮丼10人前ドカ食いしてみた』! まさか月波学園の生徒だったとは!! 堂々と学園の大食い大会に配信しながら参加してるけど、身バレとか大丈夫かー!?」

「いえーい、佐山パイセン、ピスピース! バニー可愛いっスね!」

「いえーい! あ、これ全く気にしてねーな! ネットリテラシーが不安になるけど全ては自己責任でヨロ! さあてお次はこの子だ!」


 ぱぁん! 三度、スモッグがステージを覆う。そしてそれを一刀に引き裂くような剣圧が一陣駆け抜けた。

 無駄に格好いいポーズと共に登場したのは――黒いセーラー服の少女。

「ここで登場! 我らが高等部生徒会から参戦! 高等部2年A組特進科、生徒会副会長! 白銀紫!」

「美味しいものが食べられると聞いてやって来ました!」

「なんで運営側の生徒会役員がその程度の認識なのか、先輩不安になっちゃうゾ♡ それにしてもちっちゃいなー、紫ちゃん。石久保選手と並ぶと四分の一くらいしかないんじゃない?」

「くっ……まだまだ伸びるつもりだったのに……!」

「生徒会が誇る悪食暴食娘がどれくらい食いつけるか見ものですね! 続いて四人目……恐れ戦け貴様ら! この方が来てくれました!」


 ぱぁん! とスモッグが弾け、中から出てきたのは――ほっそりとした女性だった。

 その姿を見て、一部一般観戦者の額にじっとりと冷や汗が滲んだ。

「かつてこの学園祭は数多の大食いチャレンジ系の出店が立ち並んでいました。しかし今やどこを探してもそう言ったお店は皆無――時代の流れか? 採算重視で日和ったか? 否! 否! 否! 全ては彼女が原因である! かつて5歳という幼き日に学園祭の大食いチャレンジを悉く制覇し、料理人たちの精神をケバブのように削り取り、骨の髄までしゃぶりつくしたのが彼女――市丸味香!!」

「お、お恥ずかしい……」

『『『ぎゃあああああああああああああ!?!?!?』』』

 観客席からかつてのトラウマを抱えるOBたちの悲鳴が上がる。それほどまでに彼女が、味香が残した凄惨たる轍は深いのだ。

「子供の頃は妖怪としての力が制御できてなくて、ご迷惑をおかけしました」

「おやや? それでは最近は食事量としては控えめな方で? 確かにスタイル良いですねー」

「ありがとうございます。普段はキープはするようにしています。ですが――こういう場に呼んでいただいたからには、ご期待に沿えるよう頑張りたいと思います」

 楚々とした微笑みの背後に、舌なめずりをする獣の姿が幻視した観戦者は一人や二人ではなかった。


「そして最後はこのお方!!」

 ぱぁん! と最後のスモッグが景気よく弾ける。

 現れたのは、高等部の制服を着てはいるが、顔をフルフェイスのヘルメットで隠した女生徒だった。

「名前や所属は一切不明! しかし女子予選の部で圧倒的実力で勝ち進んだ胃袋は本物! その正体はいったい何者なのか、勝負の末に我々はその素顔を見ることはできるのか!? こうご期待!!」

「…………」

 謎の女生徒はふりふりと小さく観戦者たちに手を振る。いったい誰なのか分からないが、その所作を見る限り愛想はいいようだ。


「さてさて!」と詩子の声がステージに響く。

「改めてルール説明! 今回皆さんに挑んでもらうのは――こちらのメニュー!!」

 詩子の目の前に運ばれてきたワゴン。そこに乗せられた一皿を覆っていたクローシュを持ち上げると、会場から「おお!」と歓声が上がった。


「シンプルイズベスト! ロースステーキです!! 見てくださいこの分厚さ! 私の握り拳くらいあるんじゃねーの!? その重量4.5キロ!! なんとびっくり10ポンド! 1ポンドステーキは聞いたことあるけど10て! 馬鹿じゃないの!? ちょいと一口試食!」


 詩子はナイフとフォークを手に取り巨大な肉塊に突き立てる。ソリソリと小気味いい音を胸元のマイクが拾い、会場にごくりと唾を飲む気配が満ちる。

「うっま! なにこれうっま! 噛むごとにお肉の旨味が溢れ出てきます! 味付けはド定番にんにく醤油ソース! ガツンと香りが効いてて食欲を爆発させます! ただ――」

 と、不意に詩子の表情が曇る。

「今回、サーロインではなく肩ロース! 蕩ける美味さというよりもしっかり噛み応えのあるガッツリステーキ! 脂というよりも赤身の『ザ・肉』って感じですね! 100g200gならともかく、この量となると大食い自慢の挑戦者もなかなか厳しい戦いになるのでは――」


「ああ、肉汁だけでご飯が1升いけそうっス!」

「肉汁の滝、映え映え~! めちゃ美味そうじゃん!」

「早く食べたいです!」

「あ、お腹が鳴っちゃった……」

「…………(パチパチ)」


「こいつら何なんだ! 誰一人として、この肉の塊を前にして臆していない! 皆さんには制限時間1時間以内にどれだけ食べられるかを競ってもらいます! もちろん無理な飲み込みは禁止! 万一の為に医学部のスタッフたちが待機していますがお世話にならないよう注意して食べるように!! それでは席について!!」

 詩子の号令と共に五人がそれぞれステージ上の椅子に腰かける。それと同時に全員の目の前に特注の巨大な丸鉄板に乗せられた肉の塊がじゅうじゅうと湯気と音を立てながら運ばれてきた。

 ごくり、と全員が唾を飲む。

 いざ目の前にすると百科事典のような大きさのサイズ感に圧倒され――


「こ、これは凄いっス!」

「コメント欄も大盛り上がりじゃ~ん! すぱちゃさんきゅ~!」

「は、早く! 早く!!」

「もう待ちきれない……!」

「…………(ナイフとフォークシャキーン)」


 ――ることは全くなく、齧りつくようにステーキに見入っていた。

「選手席が大型犬のオフ会みたいなことになって来てますねぇ! これ以上待てをさせると身の危険を感じます! 御託はもういらないでしょう! それでは――召し上がれ♡」


「「「「いただきます!!」」」」

「…………(ぺこり)」



          * * *



 開戦の合図とともに観客の注目を一手に集めたのは巨漢、石久保だった。

「ふんぬ!」

 大きな手で普通サイズのナイフとフォークを器用に握り、ざくりとステーキに突き刺す。そしてそのまま腕力に任せ、まるで相撲の立ち合いで相手の廻しを引き寄せるように、手前へ引いた。

 すぱりと肉が断ち切られ、それでようやく常識的な一人前相当の分量に切り分けられた。

「はぐっ! ……んん!! ()()(ふぁ)……ごくん。これは美味いっス!!」

 一切れと呼ぶにはあまりにも大きなそれを一口で半分ほども齧り付き、噛み切る。そして噛みしめながら顔を輝かせ、にこりと満面の笑みを浮かべて飲み込んだ。

「これは本当に一緒にご飯も食べたいくらいっス!」

「わかるぅ~!」

 と、横から同意の声が聞こえてきた。

 見ると、ギャルギャルしい見た目の金髪の少女が、気後れするほど上品なカトラリーマナーで小さくステーキを切り分け口に運んでいた。

「んま~い!」

「……そんなにゆっくりでいいのかい?」

「エミっちはこれでいいんですよ。いえ、これがいいんです」

 一つ挟んだテーブルからひょこりと紫が顔を覗かせた。石久保と同じくパワータイプでガツガツと食べ進めていた手を休め、何故か自分のことのように誇らしげに言う。

「エミっちはその派手な外見とは裏腹にめちゃんこ綺麗な食べ方のギャップで人気なんですよ! その分ゆっくりですけど淡々と、速度を落とさず最後まで食べきるのが気持ちいいんです!」

「え、白銀パイセンもしかしてウチの動画見てくれてる感じっスか? いやぁ、照れちゃうなあ」

「去年投稿したエビフライ二百本食べる動画が好きです!」

「あわわ、ガチのガチじゃん!」

 女子二人がにこにこと普通に食事をするかのような気軽さでお喋りする。しかしその手と顎は一切止まらず、巨大な肉の牙城が少しずつ崩れていくのが見て取れる。石久保も慌てて自分のステーキに向き直った。

「まあそれで言うと……」

 ちらり、と紫はエミっちとは反対の隣に座る女性に目を向ける。

 市丸味香――何年か前に退職した高等部教師の孫だという女性だが、今回の企画に彼女を招こうと発案したのは紫だった。過去の資料を調べていたらある年を境に大食い系の出店が激減していたのに気付き、ちょうどその年代であった面々に話を聞いて回っていたところ、八百刀流「隈武」の当主夫妻が揃って「あの子はヤバい」と真顔になったのだ。

 これは呼んだら盛り上がるですよ! とそこからコネを繋いでもらいオファーをかけたのだが、実は最初は断られたのだ。流石にこの歳で大食いで表舞台に立つのは恥ずかしいと。

 そこから紫はゴネにゴネて知り合いの知り合いレベルの人脈を使って彼女を説得し、ようやく出場を承諾してもらったのだ。

 しかしいざ見てみると、思った以上に食べるのが遅い。一口一口はエミっち並みかそれよりも小さい。とてもではないがあの「隈武」のクセ者夫婦が「ヤバイ」と口を揃えるような人には見えなかった。

「…………(かちゃかちゃ)」

 そしてもう一人――一番端のテーブルでナイフとフォークを動かす女子生徒も謎だった。


 彼女はステーキには一切口をつけず、ひたすら肉を細く切り続けていた。


 司会の詩子も言っていた通り、名前や所属は不明。顔を覆うフルフェイスヘルメットに認識阻害の魔術でもかけられているのか印象が薄く、いつの間にか予選女子部門にエントリーし、圧倒的な戦績で決勝に駒を進めた。聞いた話によると女子予選で出されたあんかけ焼きそばを、何故か参戦していた二位の咲に10皿以上の差をつけての勝利だったという。

 そんな大食い女子(しかもヘルメットに目が行きがちだが首から下は日本人離れしたびっくりするくらいのモデル体型)がいたら紫たちの耳に入っていそうなものだが、それすらない。一体何者なのかと横目で確認する。

「え?」

 紫たちがもりもりと食べ進めている間も一人黙々とステーキを細切りにしていた彼女は――ことん、とナイフを置いた。

 そして。


 ちゅるん!


 ステーキ肉を()()()

「な、なんと今までずっとステーキを細く細く切り分けていた謎の女子選手! ヘルメットの隙間から肉を啜り上げた! さながらきしめんのように!!」

「そんなに顔を見せたくないんですか!?」

 詩子の実況に思わず突っ込むが、彼女は止まらない。つるつると喉越しでも楽しむかのように肉麺が次々と消えていく。

「そ、そんなのありっスか!?」

「マジヤバ~!」

「ま、負けてられないです!?」

 思わず手を止めてしまった石久保と紫はペースを上げ、エミっちは速度は変わらず自分のステーキに向き直る。まだまだ時間はあるが、ステーキも三割ほどしか減っていない。


 局面は、制限時間が折り返した辺りで動き出した。


 ――ぐうううぅぅぅぅぅ……。


「へ?」

 お腹が鳴る音がした。

 隣の席――味香の方から。

「…………。お腹が空きました。もう我慢できない」

「……っ!!」

 確かに食べる速度は遅かったが、それでも食べながら空腹を感じるとはどういうことか。思わず紫は二度見した。

「すみません」

 と、味香が手を挙げる。

「ナイフとフォークをあと四セットいただけますか?」

「へ? はあ、別に構いませんが……」

 詩子が首を捻りながらステージ裏で作業していた学生ボランティアに呼びかけ、言われた通りカトラリーを用意する。

 それを味香はテーブルの上に並べると、今一度小さく手を合わせ「いただきます」と口にする。

 次の瞬間。


 ずずずずず、と。


 彼女の黒髪が触手のように伸び、ナイフとをフォークを持ち上げた。

「はえ!?」

「ふふふ、前半に我慢した甲斐があったわ。さあ、たくさん食べましょう」


 言うと、()()()と後頭部が横に割ける。

 そして前後の口から猛烈な勢いでステーキを口に運び始めた。


「も、もう一つの口!?」

「これが、これが二十年前に大食いチャレンジを文字通り総舐めした――二口女の姿!!」

『『『うわああああああああああ!?』』』

 観客席から悲鳴が上がる。彼女の奇異な外見に対してではなく、彼女が過去に植え付けたトラウマが一部の者たちの脳裏に沸き上がってしまったのだ。

「や、やめて……もう食べないで……!」

「材料が……材料がないよ……!」

「腕が、もう動かねえ……!」

「これは観客席が死屍累々! あちこちからゾンビのような悲痛な唸り声が聞こえてきます! しかしそんなことで彼女は止まらない!」

 詩子も若干笑顔を引きつらせながらも見る見るうちに消えていくステーキに歓声を上げる。前半の遅れをあっという間に取り戻し、既に石久保や紫の食べた量に追いつく勢いだった。

「うっぷ……」

 と、そこで石久保の手が止まった。一度ナイフとフォークを置き、丸太のように大きなお腹を揺らす。

「け、結構限界っス……!」

「おーっと石久保選手、ここでギブアップか!?」

「いや、まだっス!!」

 すくっと立ち上がり、石久保は一度ステージの下へと降りた。一体何をする気だろうと見ていると、彼は大きく股を広げ――片足を宙高く掲げた。

「く、来るぞ!!」

「みんな、衝撃に備えろ!!」

 それを見ていた観客の一部から声が上がる。

 次の瞬間。


 ド――――ッスン!


 衝撃が周囲を奔り抜けた。

『『『ぃよいしょー!』』』

 観客の一部から掛け声が上がる。

 そして再びの衝撃。


 ド――――ッスン!


「…………。ふぅ……!」

「な、なんという豪快な四股踏み! 力強く、それでいて繊細に打ち付けられた足の裏から凄まじい衝撃が放たれました!」

「四股とは、元々相撲という神事において地の底に眠る悪鬼を鎮めるために足を踏みしめたのが始まりっス。神様の力が土地に宿るこの街における相撲の四股は少しだけ意味合いが違うっスけど、それでもそこに込められた『感謝』の念は変わらないっス!」

 構えを解き再びステージに上がり、一度礼をしてから席に着く。

「いただきます!!」

 そしてナイフとフォークを持たず、野獣のように素手でステーキを鷲掴みにし、がっぷり四つに齧り付いた。

「し、四股踏みによる魔力放出で空腹状態に!? そんなのアリなんですか!?」

 いや、それを言ったら味香も妖怪としての本性を現して爆速で食べ進めている。この大食い大会はもはや何でもありのバーリトゥード状態だ。

「それなら紫も!! 昼間は眩しくてあまりやりたくないんですけど――変身!!」

 ぶわりと紫の体から魔力が溢れ出し、その質が変容する。

 黒く艶やかな黒髪は夜空に浮かぶ月のように白く、水のように深い青い瞳は血のように鮮やかな赤に変わった。

「ここで紫選手もついに本気に!! 何でも食べる悪食の鬼の力を解放して肉の塊に挑みます!! しかし! しかし! しかし!! それでも現状最も減っているのは――謎のヘルメット選手!!」

 最初にステーキを麺状に切り分けていた彼女は、食べ始めてから全く衰えない速度で肉を啜り続けている。スロースタート後の速度アップという点では味香もそうだが、それでも謎の女生徒には今一歩追いつけないでいる。

「ふんふ~ん♪ うまうまぁ」

 一方、エミっちはとことんマイペースに、上品に、淡々とステーキを口に運んでいた。

 傍らで白熱する勝負は、ついに終わりの時を迎える。

「謎ヘル選手、肉の麺ラスト一本!!」

 詩子の興奮した声音に、観客席からも歓声が上がる。

 絶対に食べきれないだろうと想定した「制限時間以内にどれだけ食べられたか」というルールに反し、完食がもう目の前まで迫っている。

 エミっちを除く他三人も凄まじい勢いで追い上げているが、それでも、圧倒的だった。


 ちゅるん!


「か、完食-----!! 謎の女子選手、10ポンドステーキをヘルメットを着けたまま完食です!! タイムは!? 49分39秒!!」

「…………(ぺこり)」


「ご馳走様です」


 そして隣から五セットのナイフとフォークが置かれる音がした。


「つ、続いて市丸選手も完食!! タイムは49秒58秒!! 残念ながらあと一歩及ばず――いや、そもそも完食が前提のルールじゃねえんだわ!?」


「うぷ……もう、きついっス……」

「紫も……ちょっと動くと色々危ないです……ご、ご馳走様です」

「ご馳走様っス……」


 かちゃんと反対側のテーブルからナイフとフォークを置く音がする。

 紫と石久保がほぼ同時に完食を宣言した。


「ま、まさかの完食四人!! 石久保選手、51分38秒! 紫選手51分42秒! 石久保選手大健闘!! 魑魅魍魎が跋扈する今大会において三位に食い込む活躍!!」

「もうしばらくステーキは食べたくないっス……」

「そして紫選手は惜しくも四位! あれ、でも紫ちゃんって食べた物魔力に還元できるよね?」

「流石にそれをやるとフェアじゃないかなって思ったので自粛したです……。でもそろそろ苦しいので、解禁しちゃいますね(ぷしゅん!)……ふう、すっきりです」

「おお、妊婦さんみたいだったお腹が一瞬でぺったんこに……」

 ついでに鬼の力と龍の力を反転させて変化を解く。白かった髪も一瞬で黒く戻った。

「さて、それでは予定と違って順位が早々に決まったわけですけど……」

 ちらりと詩子はエミっちを見やる。

 鼻歌混じりにステーキを食べ続けていた彼女の鉄板には、まだ半分以上の肉の塊が残っていた。

「あ、ウチに気にせず進行どーぞ? ウチはこのままあと二時間くらいかけて完食予定で~す♪」

「それでも完食予定なんかい……」

「タフですねー」

 ゆっくりとは言え変わらない速度で延々食べ続けるのもそれはそれで異能の部類である。詩子だけでなく紫も苦笑を浮かべ、未だに一口目のような笑みを浮かべてステーキを頬張るエミっちを眺めていた。



          * * *



「さてそれでは本企画は終了です! 優勝した謎ヘル選手には記念トロフィーと商品券10万円相当が送られます! 貴様ら盛大に拍手しやがれ♡」

『『『うおおおおおおおおおおお!!』』』

 一部から妙な熱気をはらんだ拍手と歓声が上がり、ステージに立つ女生徒が記念品の目録を手渡される。その時に至ってもなお、彼女はヘルメットを被ったままだった。

「いやあ、圧巻の食べっぷりでしたねー! でもせっかくですのでご尊顔お見せいただくことはできませんかね?」

「…………」

 うーん、とヘルメット越しに頬に指を当て、悩む素振りをする女生徒。詩子が「是非に是非に!」と懇願すると、彼女は一瞬肩を竦めた後に両手をヘルメットに添えた。


 そして次の瞬間あらわになる、夜空色の黒髪。


「へ?」

 ぽかんと間抜けな顔を浮かべる紫。やはりヘルメットに認識阻害がかかっていたらしく、普段であれば絶対に見間違うはずのない魔力が溢れ出す。


「第八十七代高等部生徒会長、白銀もみじです。20年ぶりに学園祭に来ちゃいました」


 美しいソプラノをマイクが拾い、中央通広場の隅々にまでその声を届ける。

 そしてステージを取り囲む観客――とりわけ、現役生の父母の年代が大気が割れんばかりの歓声を張り上げた。


『『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』』


『本物!? 本物か!?』『あ、俺に微笑んだ!』『イヤ俺だ!』『何を言っている俺を見ていただろう!』『だが心は俺の方を向いていた!』『もみじさーんっ! 俺だーっ! 結婚してくれーっ!』『『『ぶっ殺されるぞお前っ!?』』』『もみじさーん! 私よーっ! 結婚してーっ!!』『『『相変わらずだなお前っ!?』』』


 観客席は阿鼻叫喚の地獄絵図。引退したスターが電撃復帰したかのような一種殺気に近い熱気を発していた。

「あらあら、皆さん相変わらず元気ですねえ」

「色々ツッコミたい所あるですけど、なんでママ高等部の制服なんですか!?」

「これは紫が着てくれない制服をサイズ直ししたものです。まだまだ大きくなると思って少し大きめの物を買ったので私でも何とか入りましたね」

「そういう問題じゃないです!? 自分の母親が学園の制服着て目の前に立ってるって、結構精神的に来るものがあるんですが!?」

「あらあら」


 ステージの上も下も熱した鉄板に水滴を垂らしたような大騒ぎ。当然ながらこの後のステージのタイムスケジュールは遅れに遅れ、最終的に羽黒まで引っ張り出されて回収騒ぎになるまで発展したのだが、それはまた別の話。

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