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068:色違い・夏季休暇・こっくりさん

「ウチ、前から気になってたことがあるんだ」

 夏季休暇中で人気のほとんどない教室。

 いつになく真剣な表情を浮かべ、咲が机に肘をつき顔の前で指を組み、紫たちを見渡した。

「この街でこっくりさんを呼んだら何が来るんだろう、って」

「バカなこと言ってないでさっさと問題解くです」

 バッサリと咲の言葉を切り捨て、紫は手元の携帯ゲーム機の画面に視線を落とす。一体何を言い出すかと思って身構えたが、案の定しょうもないことだった。色違い厳選をしていた方が有意義だった。

「だってもう飽きたー!! あと何問解けばいいのー!」

「完答とはいかなくても部分点で七割くらいとれるようになるまでです」

 現在咲が取り組んでいるのは数学の補習だった。内容としては三次関数で、A3サイズのプリントの一番上に2行ほどの問題文が示され、後の余白は全部計算スペース兼回答欄といういっそ清々しい課題だった。紫たち特進科の数学担当は完答よりも回答を導くための過程に重きをおいているため、途中で計算ミスをしようがそれまでの解き方があっていれば部分点をくれる。そのためこのようなプリント構成になっていた。

「…………はい……また同じところで計算ミス…………」

 既に解き終わったプリントを陽菜が容赦なく赤ペンでチェックを入れる。その言葉に咲は「ひええええええ」と悲鳴を上げて突っ伏した。

 今のところ咲はかなり序盤で計算ミスをしがちのため、三割ほどの点数しかもらえていない。

「えっと、解けたと思う。白銀さん、採点お願いしてもいいかな」

「お、了解ですよ」

 ゲーム機を一旦置き、咲の隣の席で問題を解いていた樹希が顔を上げる。そして差し出されたプリントを眺めながら「おー」と頷いた。

「いいですね。大体あってるです。でも最後で計算ミスしてるので、さんかく8点ですかね」

「え、どこ!?」

「ここですここ」

 紫と共にプリントを覗き込む樹希。その姿を隣で眺めながら陽菜が深い深い溜息をついた。

「…………後から入ってきた更木くんの方が……よっぽど解けてる…………」

「うー! でも樹希ちゃんは色んな知識を持った状態で生まれてきたんでしょ!」

「……やっかまない……咲はやればできる子なんだから……」

「それに知識があってもそれの使い方が分からないと持ち腐れですよ。更木くんはどちらかというとその訓練中です」

「むー!」

 咲が机の上に突っ伏しながら駄々をこねるように顔を転がす。これは完全に集中力が切れたなあと紫と陽菜は顔を見合わせた。

「仕方ない、休憩するですか」

「やったー! 自販機でアイス買ってくるね! みんな何がいい?」

 がばりと立ち上がり、自分の鞄から財布を取り出して三人に確認する。

「紫、チョコ系の棒に刺さったやつがいいです」

「それじゃあ僕はソーダ味の齧るやつ」

「…………わたしは……お金ないから……水飲んでくる…………」

「陽菜はウチとちゅーちゅーするやつ半分こね! いってきまー!」

 紫と樹希から小銭を回収すると咲はダッシュで教室から走り去った。

 その後、さらに追加で大福のアイスを買ってきた咲はそれを陽菜に半分強引に押し付け、一休憩入れたのだった。



          * * *



「それで、どう思う!? こっくりさん!」

「あ、その話続くんですね……」

 陽菜と半分に分け合ったシャーベットアイスを吸いながら咲が話題を掘り返す。

「……そもそもこっくりさんって……科学的に証明されてなかった……?」

「そうなの!?」

「そこんとこ、どうなんですか、同じ都市伝説系の怪異として」

「え、僕?」

 棒に刺さった涼し気な水色のアイスをしゃりしゃりと齧りながら樹希がぎょっと目を見開く。

「えっと……そうだね。元々の起源は定かじゃないけど、レオナルド・ダ・ヴィンチがテーブルターニングっていう占いについて自署で語っていたから、少なくとも元ネタは十五世紀ヨーロッパには存在してたらしいよ」

「テーブルターニング?」

「何人かでテーブルに手を置くと勝手にテーブルが傾いたり移動したりして、それで占いをするんだ。多分それが日本に伝わって、今の紙に書いた五十音の上をコインが動くこっくりさんの形に進化していったんだと思う。だけどさっき神楽坂さんも言った通り、あるテレビ番組で科学的証明もされてるんだ。コインが動く条件としては大きく分けて二つあって、『質問に対する答えを参加者が把握していること』、『コインに指を置き続けることで疲労が蓄積すること』が挙げられる。要するに、質問の答えを無意識で目で追ってしまって、そこに腕に疲労が重なってそちらに向かってコインを動かしてしまったのが、こっくりさんなんだ。だから実験で参加者が答えを知らないことを質問したら要領を得ない動きをしたらしいよ」

「お、おお……」

 想像の十倍詳しい解説が返ってきて面食らう紫。これまでになく饒舌になった樹希は「あっ」とそれに気付いて恥ずかしそうに俯いた。

「ご、ごめん……! 喋りすぎちゃった」

「いえいえ、とても分かりやすかったですよ」

「ありがとう! でもそっかー、こっくりさんはやっぱりいないのかー」

「…………それは……どうだろうね…………」

 と、ようやく大福アイスを一個食べきった陽菜が呟く。そして咲に押し付けられたシャーベットアイスに遠慮がちに手を伸ばしながら言葉を付け加えた。

「……更木くんの例もあるし……こっくりさんの科学的証明とは別に……怪談……もしくは都市伝説としてのこっくりさんは……いるんじゃないかな……」

「うん、そうだね」

 樹希が頷く。

「僕は廃線という地形ときさらぎ駅という都市伝説が紐づいて生まれたわけだけど、それはこっくりさんでも同じことが起こりえると思う。むしろ、ここまで日本中に広まった都市伝説ならそこから生まれた怪異もいるんじゃないかな」

「しかもこっくりさんと言えば『絶対にやってはいけない』っていうのが決まり文句ですしね。そこから噂が噂を呼んで、相当強力な妖怪になってたりするんじゃないですかね」

「…………気になるのは……わたしたちは生まれてからずっとこの街に住んでるけど……『こっくりさん』という妖怪に会ったことがない…………」

「狐と狗と狸の妖怪ならたくさんいるんですけどねー」

「というかウチらってちっちゃい頃からそういうのに親しみすぎて、一周回ってこっくりさんやったことあるって子いないんじゃない?」

 はたと樹希を除く三人が顔を見合わせる。言われてみれば生まれて十七年、交友関係もそこそこ広いが誰かがこっくりさんを実践したことあるという噂は聞いたことがなかった。一学年でとんでもない児童生徒数が在籍しているというのに。

「……き、きになるぅ……」

「……紫も、さすがにちょっとモヤモヤしてきたです……」

「…………え…………」

 不穏な話の流れに陽菜が気持ち背を仰け反る。樹希も嫌な予感がしてきたのか、紫と咲の間をきょろきょろと視線を漂わせた。

「「…………」」

 無言で回答済みの数学のプリントを引っ張り出し、裏返す咲。

 そしてそこへ紫が鳥居のマークと「はい」「いいえ」、五十音を書いていく。

「……聞くまでもないけど……何してるの……」

「「こっくりさん!」」

「や、やめておいた方が……」

 と、言いかけて樹希は紫を見て溜息をつく。

 この半龍半鬼がいればよっぽどの怪異が湧いて出ても何とかなるのではと、諦めの念が湧いてきた。

「仕方ないなあ……」

「……更木くん……!?」

「むしろ僕らが知らないところでやって変なものが湧くより安全かなって……」

「……う……」

 確かに都市伝説型怪異である樹希がいれば同族ということで本物が引き寄せられてくる可能性は高い。さらに貧乏神である陽菜の〝不運〟の特性があればそもそも不発の可能性がある。安全性で言えばむしろ二人に任せる方が危ない。

「…………どうしてこうなるの…………」

「よっしゃ書けましたよ!」

「十円玉も準備完了!」

「ははは……」

 早速机の上に紙を広げて十円を置き、全く躊躇せず紫と咲が指を乗せる。さらに樹希が苦笑しながら指を出し、それを見てもう逃げられないと悟った陽菜も指を添えた。

「ではいきますよ! 『こっくりさん、こっくりさん、おいでください』!」

 もはや躊躇しないとかそういうレベルでなく、ワンフレームのラグもなしに紫がこっくりさんを招くおまじないを唱える。

 すると案の定というか、紫の言葉に籠った無意識の魔力にひかれたように――ズズズ、と十円玉を中心に魔力の渦が巻きあがった。

「え?」

「ん!?」

「……ちょっと紫……!?」

「魔力込めすぎじゃない!?」

 樹希の目論見、陽菜の存在による不発はとりあえず潰えた。これは間違いなくナニカを呼び寄せてしまったようだ。

 十円玉を中心とした魔力の渦はどんどん巨大化していく。

「こ、これ流石にヤバいですかね!?」

「ででで、でも指離すとまずいんだよね!?」

「そ、そうだね。既に何が来るか分からないけど、セオリー通り一度ちゃんと召喚してから無難な質問して、帰ってもらう方が安全かと……!」

「……もうやだあ……!」

 陽菜が泣きべそをかくが魔力の渦は止まらない。どんどん巨大化していき四人の頭上に滞留し――ぽん、と音を立てて弾けた。


「んあ?」


 四人の頭上にやたらと背の高い女が現れた。

 滝のように流れる金色の髪の隙間から獣の耳が覗き、腰からは九つの尾が零れている。さらに暑いからか襟が崩れ、豊満な胸元が半分ほどあふれ出ていた。

 彼女――土地神ホムラは、は涅槃像のように横になりながらスルメの足を齧って宙に浮かんでいた。

「「「「……………………」」」」

 四人はじっと目を合わせないよう十円玉を睨む。

 やっべえのを喚んでしまった。

「え、なんじゃ? ここは……学園? それに御主は……紫とその友か」

「えと……」

 名を呼ばれてしまい、恐る恐る紫が顔を上げる。

 炎をそのまま閉じ込めたような赤い瞳と目が合った。

「その……ご無沙汰してますです……ホムラ様……」

「うむ。それで――ああ、それが原因か」

 空中でふわりと姿勢と襟元を正したホムラがじっと四人が囲んでいた机に目をやる。そして自分がこの教室に召喚された理由が分かるとニコリと笑った。

「こっくりさんとはまた懐かしいものを。そのおまじないは外部から余計な物を引き込む恐れがある故、固く禁じておったはずだが……そうか、もうそれを知らぬ世代になってしまったか」

「え"……」

「とりあえず」

 ホムラが笑顔のまま拳を握りしめ――ごちん!! と落雷のような衝撃が四人の脳天に落下する。

「ふぎゃっ!?」

「くぺっ」

「……あう……!?」

「あがっ!」

 揃って机の上に突っ伏す四人。

 そしてホムラは全身に狐火を纏い――声だけを残して消えた。


『悪童どもよ、しっかりと伝えるのじゃぞ。こっくりさんはやってはならぬ、とな』



          * * *



 夏休みが開けた月波学園に、一つの噂話が広まった。


 曰く、こっくりさんは絶対にやってはいけない。

 やると狐の神様が現れ――バチクソ怒られる。


 噂の出処は分かっていない。

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