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065:市役所・杖・カツオノエボシ

 白い砂浜、青い太陽、青い海――九十九海岸、月波学園管轄の海の家。

 そこに水着に着替えた四人が満を持して降り立った。

「夏だ!」

 豊満なバストをたっぷりのフリルのあしらわれた水着でさらに膨らませた咲が叫ぶ。

「水着だ!」

 黒のシックな雰囲気の水着にホットパンツを合わせた紫がどどんと渚を指さす。

「か、海水浴だ!!」

 最後に砂浜におっかなびっくり足を踏み入れた樹希がパラソルを肩に担ぎながら二人の後に続く――が。


「……残念ながら……遊泳禁止です……」


 学園指定水着から覗く病的に白い肌とやせ細った体をパーカーで隠しながら、陽菜がその辺で拾った流木を杖代わりにつきながら深い深い溜息をついた。

「「なんでだあああああああああああ!?!?」」

 紫と咲ががっくりと膝から崩れ落ちた。

「せっかく生徒会伝統の海の家学習合宿を復活させたのに、なんで初日から遊泳禁止なんですか!?」

「ごめんねー、流石にこの状況じゃ解放するわけにいかなくてねえ」

 打ちひしがれる二人に苦笑を浮かべながら、海の家管理人の奥田雅音が近付いてくる。手には立て札が握られており、そこには地元の市役所の名義で「カツオノエボシに注意! 触らないで!」と書かれていた。

「この前の台風で珍しくこの海域にまで流されてきたらしくてねえ。一応湾口に網張ったからこれ以上入ってくることはないだろうけど。旦那の安全管理が終わるまで我慢しておくれよ」

 現在、もう一人の海の家管理人の奥田俊之が主導になって同行している教員たちがカツオノエボシ駆除を進めていた。奥田夫妻の手によってほとんどは紫たちが到着するまでに取り除くことが出来たそうだが、まだたまに見つかるためとりあえずの措置として遊泳禁止となったのだった。

「ちなみにどれくらいかかる見込みです……?」

「今日は無理さね。早くても明日以降になるよ」

「まあそれなら――」

「ふにゃああああああああああああああ」

 納得して立ち上がる紫と、対照的に砂浜に五体投地する咲。何事かと雅音が一歩下がると、陽菜は呆れながら、樹希は苦笑を浮かべながらパラソルを設置する。

「……気にしないでください……その子アホなので……移動日の今日を逃すと……午後の補習で遊ぶ時間がないだけなので……」

「だ、大丈夫だよ旭さん! 一教科くらい補習パスできるよう午前中頑張ろう!」

「……この子、一応特進科なんだよね?」

「やればできる子なんですがねえ」

 ちょいちょいと咲の水着の端を突きながら紫が苦笑する。一応これでも「紫と陽菜と同じクラスになりたい」と二年から特進科に転科してきた異例の経歴の持ち主なのだが、転科してからはまた成績が急降下していた。

 流石に普通科に戻されることはないだろうが、このままでは評定にも関わるため海水浴を餌に夏合宿に連れてきたのだった。

「まあ砂浜なら遊んでも良いからさ。今日はとりあえずそれで我慢しておくれよ」

「了解です」

「アタシはこの看板向こうに立ててくるから。何かあったら誰か先生に知らせておくれ」

 言って雅音は看板を担ぎ、手を振りながら四人の元から離れていった。

 その逞しい背中を見送り――信じられないことに、紫の父親をかつて顎で使っていたらしい――さてと砂浜を見渡す。

「他の人たちは皆釣りに行った感じですかね?」

「そうみたいだね。まだ何人か海の家に残ってたけど」

 パラソルの下にレジャーシートを敷きながら樹希が相槌を打つ。今回の夏合宿には紫たちの他にも10人以上の参加者がいた。彼らは雅音から遊泳禁止の状況を伝え聞くと「ならば」と各々釣り竿と仕掛けを借り、ダッシュで防波堤に釣りをしに向かった。遊びに対する貪欲さと逞しさを、是非とも早速パラソルの下で膝を抱えて一息ついている陽菜には見習ってもらいたい。

「それで、ウチらはどうする?」

 と、ようやく遊泳禁止ショックから立ち直った咲が顔を上げた。

「ビーチバレーでもします? 砂浜でなら遊んでいいらしいですし」

「さんせー!!」

「四人ならチームも分けられるね」

「……えー……」

 と、不満げな声を上げたのは虚弱貧弱な陽菜。レジャーシートの上でテコでも動くものかという気概と共に、信じがたいことに参考書を開いていた。

「こんなとこまで来て勉強!?」

「陽菜、さすがにそれは紫もどうかと思うです」

「神楽坂さんらしいと言えばらしいけど……」

「……本当は海の家で勉強してたい……でも私一人の為にエアコンつけるのは……居心地が悪い……」

 貧乏神というかただの貧乏性だった。

「お? なんだ、お前らも砂浜で遊ぶのかー」

 と、背後から声がかかる。

 振り返ると、見上げるほどの身長の青年が全身に何かを巻き付けてこちらにやって来た。

「あれ、悠太郎じゃないですか」

「おっす」

 夏合宿参加者の一人で大峰家次期当主の悠太郎だった。紫とは父親同士が親しく、また同学年ということでクラスは違えど話す機会が多く、この夏合宿にも紫が声をかけたため参加することになった。

「とっくに釣りに行ったと思ってたです」

「そのつもりだったんだけど……ほらこれ」

 先ほどからずっと気になっていた全身に巻き付いている赤い物体――巨大な蛇のようなものがぎっちぎちに締め上げていた。ガタイがいい悠太郎は平然と笑っているが、これが陽菜だったらへし折れていそうだなあと紫は頭の片隅で考えていた。

「フルルー、そのままだと遊べないぞー」

「いや!」

 悠太郎の背中の方から声が聞こえた。回り込むと、ラミアの少女――フルルが絶対に離すまいと悠太郎にしがみついていた。

 フルルは悠太郎にとても懐いており、彼が海に行くと聞くや否や絶対に自分もついて行くと駄々をこねた。ラミアであるフルルはその体質上、街の外に出られる機会は少ない。悠太郎と紫としても夏休みくらいはのびのびと過ごしてもらいたいと考え、彼女の両親が信頼する高等部教師の風間昇平の参加を条件に同行の許可をもらったのだった。

「フルル、どうしたですか?」

「行きのバスではあんなに楽しそうだったのにー」

 咲がこてんと首を傾げると、悠太郎が代わりに苦笑しながら答えた。

「砂浜で遊びたい欲と、初めて見る海が思ったよりでかくてビビったのがせめぎ合ってる。あとカツオノエボシの説明が怖かったらしい」

「あー……」

「……ユータロ、海で遊んじゃ、メ! いたいクラゲに刺されて死んじゃう!」

「あらあら」

 紫の頬が思わず緩む。

 初めて目の当たりにした海にしり込みしつつも悠太郎を守ろうと必死のようだ。なんとも勇気ある愛らしさに紫だけでなくその場の全員がほっこりとしていた。

「大丈夫ですよー、フルル。海の中に入らなければこわーいクラゲに刺されませんよー」

「……でも、たまに打ち上げられてるって言ってた」

「きちんと聞いててえらいね! でも波がかかる場所から離れてたら大丈夫じゃないかなー」

「……ほんとう?」

「……ちゃんと気を付けながら遊べば……大丈夫……」

 紫たちの言葉でようやく顔を上げるフルル。そしてしゅるしゅると悠太郎に巻き付けていた蛇の尾を解き、初めて触れるさらさらとした砂浜に「ひゃあ!?」と小さく声を上げた。

「あはは、びっくりした? 僕も初めて海に来たけど、すごいよね」

「おね……お兄ちゃん? も海、はじめて?」

「うん。おそろいだねー。でも初めてだからどう遊べばいいのか分からないんだー」

 樹希が視線を合わせて腰をかがめながら笑いかけると、フルルはにぱっと笑みを浮かべた。

「ウチ砂浜でどう遊べばいいか知ってる! おしろ作るの!」

「おお、砂のお城ですか! いいですね、作りましょう!」

「よっしゃ! それじゃあ釣り組が帰ってくるまでにビビるくらいでかいの作ろうぜー」

「うん!」

 興奮のあまり尾の先をビチビチさせながらフルルが元気いっぱいに頷く。

 そして六人は一度海の家にバケツを借りに戻った後、宣言通り、釣りから戻ってきたメンバーが度肝を抜かすほどの大きさの砂の城を作り上げたのだった。

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